57 みちかの異空間③
巨人達は尚も襲い掛かってくるが、既に私の敵では無かった。殴られようが踏まれようが、私にはノーダメージ。ステッキで巨人の腕を切り飛ばし、足を粉砕し、腹に風穴を空けて一体ずつ着実に減らしていく。クロモが呆然としながら言った。
「もしかして、良子って無敵?」
「いや、そうでもない……」
段々と自分の魔法が接近戦の攻防力においては異常な力を持っていることが分かってきたが、致命的な弱点は変わっていない。
私の身体能力が人並み以下であることと、一体ずつしか処理出来ないこと。遠距離攻撃と範囲攻撃を持たないこと。つまり、あれだ。
だんだん疲れてきたよ……
既に10体以上は減らしている。でもまだまだ残っている。RPGでいうとスライムを閃光魔法で一掃せずに、ひたすら攻撃のコマンドのみでぷちぷち一体ずつ潰すような作業。不毛だ。疲れた。
そして減らしているはずなのに、敵の数は減ってない。むしろ増えている。遠方を見ると、地面からにょきにょきと新しい巨人が生えていた。
無限湧きかよ……
「クロモ、本体はどこ?」
「うーん、わかんない!」
「役立たずなマスコットね!」
私は周りの風景を見渡す。学校がある。うん、学校の敷地内だね。でも、この学校は私の通っている床野見高校ではないことに気付いた。ここは、何処なんだろう?
「異空間は悪魔の生み出す心象風景でもあるよ。もしかしたら、学校の中にいるのかもね」
「ええ、私もそう思ってた」
じゃあ行くか。こいつらといつまでも遊んでやる義理はない。私は巨人に背を向けて、すたすたと校舎の入り口を目指して歩いて行った。後ろから巨人が追いかけてくる。
「良子、後ろ!危ない!」
「もう危なくない。いくら攻撃しても無駄だから」
「いや、ボクが危ない!」
「お前がかい!」
私はふよふよ浮いてるクロモを掴んで胸元に抱き寄せる。
「これでいいでしょ」
「うん。薄いクッションだけど我慢しておくよ」
「あのさ、その邪魔なツノ折っていい?」
巨人が腕を振るって私の頭を叩く。ノーダメージだけど、とてもうっとおしい。走るか。
私が走って逃げ出すと、不思議ともう追ってこようとはしなかった。
「……追って来ないね」
「はぁ……もしかして意味無かったのかも」
最初からあいつらを倒す必要無かったのかもしれない。私が攻撃したから反撃を受けただけで。そうだとすると、ただの時間の無駄だった。
私が校庭まで出ると、ぞっとする光景が待っていた。そこにいたのは大量の巨人。さっきの場所にいたのよりずっと多い。目算だけど、100体以上もいる風景は圧巻だ。
「うげ、まだこんなにいたのか。新参悪魔の癖にどんだけ魔力無駄に持ってるんだか」
「こいつら全員向かってきたら、あっという間にミンチになるわね。クロモだけが」
「ボクは良子が守ってくれると信じてるよ!」
「それはお前の心掛け次第だ」
だけど巨人達は私に気付かずに、皆一様にグラウンドの方を見ている。
「何かあるのかなぁ……」
「ちょっと覗いてみるか」
私は巨人達の間をすり抜け、グラウンドを見渡せる位置にきた。
「ちょっと、堂々と行動しすぎじゃない?キミ」
「別にいいでしょ。どうせノーダメージなんだし」
「むぅ、良子の癖に調子のって。ボクから見れば良子なんて魔力1YSKの最弱魔法少女なんだからね!」
「測定方法が間違っているんじゃない?あと変な単位作るのやめろ」
まだ私の魔法には謎がある。どうして魔力探知器のクロモには私の魔法が感知できないのか、そもそも私も魔法を使っているという感覚すらないのは何故なのか。
魔法少女の使う魔法は、契約した神獣の属性と、当人の素質や願望で決まると以前デンから聞いたことがある。私は一般家庭で育った普通の女子高生だから、何かに間違いあるとすればクロモに貰ったこのマジカルチャームだ。
この黒い宝石、変身時に闇みたいなのを噴き出したりして、なんか怪しいんだよね。この魔法少女シュガーとしての姿だって、変身前の佐藤良子とはあまりに違いすぎる。まぁ、可愛いからグッジョブなんだけどさ。
それはともかく、巨人達の只中にいるけど、どうやら攻撃を受けることは無さそうだ。私を無視して、巨人どもがわぁわぁ野太い声で叫んでいる。
ガンバレェーガンバァレェェェー
は?何だこいつら。日本語で「頑張れ」って言ってるのか?何が?
意味が理解できずに巨人達が注目してる方向を見ると、グラウンドのトラックの中を誰かが一人で走っていた。あれは……小さな女の子に見える。手足が不均一な首無しの巨人どもよりずっと人間らしい造形だ。だけど、顔だけが黒く塗りつぶされている。
彼女の姿勢は前のめりになっており、走っている足つきはとても危うく、今にも転びそうだ。巨人はあの子を応援している?あの子は一体何なんだ?
少女はトラックのカーブに差し掛かったところで、ずでっと無様に転んだ。
「転んだ」
「転んだね」
巨人達がアーと残念そうな声を上げる。何かむかつくな、こいつら。
少女は倒れていると、ガンバレェーと一際大きな声を上げて巨人達が応援しだした。少女はなかなか起き上がれないが、巨人達の声援はどんどん大きくなっていく。
ガンバレェーガンバレェーガァンバレェーモウチョットー
「うるさいな!」
私は巨人どもの声になんか無性にイラッときて、つい叫んでしまった。巨人どもがピタリと一旦止まり、こちらを一斉に見てくる。あの気味の悪い目を全身から開いて。しかし見てくるだけで襲い掛かってこない。
うん、こいつらむかつく!
私は倒れている少女を見る。もしかして…小学生くらいの身長だけど、あの子はもしかして……
「みちか!」
私は巨人どもを無視し、倒れている彼女に向かって走った。
「待って良子!罠かもしれない!」
「待たない」
クロモの制止の声。でもそんなの関係ない。私は少女に近付いた。少女が立ち上がろうとするその足からは、怪我をしたのか血が出ている。
私は少女の肩を叩き、声をかける。
「みちかなの?」
だけどその子は私の声が聞こえてないようにふらふらしながらも立ち上がり、よろよろと怪我をした足を引きずりながら歩き出した。黒く塗り潰された顔から、涙だけが頬を伝って見える。痛々しい姿だ。
がんばらなきゃ……がんばらなきゃ……
そう、自分にいい聞かせるように少女は進んでいく。周囲からガンバレェーという不快な声が聞こえる。
「何よこれ。一体何を見せたいのよ、私に」
「さぁ……分からないな」
胸に抱えられたクロモもうーんとうなるように考え込んでいる。私には、ずりずりと足を引きずるその姿は……今とは違う小さな姿だけど、みちかのように見えた。
私は彼女を追いかけて、肩を掴んだ。彼女は尚も気付かぬ様子でがんばらなきゃ…と呟き続けている。私は彼女に問い掛ける。
「何を頑張るの?」
がんばることをがんばる
「どうして頑張るの?」
がんばらないと……わるいこになる
「そっか、じゃあ……」
私は通せんぼするように正面に立ち、少女の両手を握りしめた。
「悪い子になろっか」
私は少女にそう語りかけた。




