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54 悪魔発生

 夜の床野見高校はぶっちゃけあんまり近付きたくない。治安悪いし、不良が出現する恐れがあるからだ。とりあえず、校門及び校庭には人影が無かったので、私は自転車から降りて校内に侵入する事とした。そのまま校舎の正面口を開けようとしたら、鍵がかかっていた。うん、そりゃそうだよね。鍵かけるよね。

 ……うーん、どうしよ。


「あれ、異空間は?」


 そこでふと疑問が浮かぶ。異空間があるなら別に学校に侵入しなくてもいいよね。


「ねぇ、異空間ってどうやって入るの?」

「んー、魔法少女なら意図しなくても入れるんだけど……ここらへんには展開してないね」

「もっと奥の方かな」

「奥の方というか……そもそも悪魔が発生してない?」

「え、むつきが嘘ついたとでも言うの?」

「いや、気配は感じるんだよ。でも何か抑え込まれてるというか……うん、体育館の裏かな」


 悪魔も異空間もまだ発生してない? じゃあこれから発生するとでもいうの?……誰が発生させるの?

 私はなにか嫌な胸騒ぎがして、スマホを取り出した。アドレス帳から彼女の名前を探し出し発信する。……考えすぎだと自分でも思う。杞憂であってくれればいいが。


「何やってるの?良子」


 クロモが尋ねるが無視して、発信しながら体育館裏に向かう。3コールしても相手が出ない。単にお風呂の可能性もあるけど……いや、残念ながら嫌な予感は当たった。どこからか、かすかに聞こえるデフォルトのままの着信音。


「みちか……!」


 突然着信が切られ、ツーツーという音だけが聞こえる。私は音を立てぬように身を隠しながら、体育館裏の様子をそっと覗きこむ。暗いが月明かりでかろうじて確認できた。そこには4人の人間が立っており、1人の人間が這いつくばっていた。

 暗くて顔がよく見えない。だけど分かる。さっきの着信音で確信した。あそこに這いつくばってるのは……絶対にあの子だ。


「4人か……あいつらぶっ飛ばせないかな」

「良子、あれは悪魔じゃないよ。人間だ。魔法少女が人間を手にかけるのかい?」

「そうね。対人用の魔法でもあればよかったんだけどね」

「うわ、人間相手でもやる気まんまんなんだ」


 私は魔法少女だけど、悪魔を倒す以外に何の力もない。身体能力は人並み以下だし、殴るだけの魔法は殺傷力が高すぎる。

 私は手頃な武器を探す。丁度すぐそばに地面を馴らす為の道具が転がっていた。トンボという名で呼ばれるその用具は少し重いけど、リーチは1m以上あって武器としては申し分ない。非力な私が扱っても、当たれば痛いどころでは済まなさそうだ。……出来ればこんなもの、使いたくないけど。


「……って変身しないの!?」

「そうだったわね……変身」


 私はクロモに言われた通りに変身する。このままの姿でもいいかもしれないけど、念の為身元バレしないように変身しておいた方がいいかもしれない。変身のときにチャームから出る闇が晴れると、私の姿は雪のような白い髪の魔法少女の姿に変わっていた。うん、これでよし。私はトンボを持って、足音を立てないように注意しながらヤツらに近付く。

 近付くにつれて、ヤツらの声がはっきりと聞こえてきた。


「だからさー、『全部佐藤がやった』って言えばいいっつってんだろ」


 ガラの悪そうな声を出した女子が這いつくばってるあの子の横腹を蹴る。


「お前さー、あいつにいじめられてんじゃん?だから助けてやろうってのになぁ」

「素直にしてたら中学校のときみたく守ってやるからさー」

「そうそう、こんな痛い思いしなくて済むのになー」


 女子の一人があの子の頭を踏みながらぐりぐりする。彼女の髪は乱れ、顔が地面に押し付けられている。そしてスマホを持ってる女子に話しかける。


「つーかさっきの着信だれ?」

「あー、りょうこって読むのこれ? もしかしてあのチビメガネのこと?」

「ほんっと生意気だよね、あのクソチビ。いっつも偉そうだし。アンタもイヤイヤ付き合ってるんでしょ?」


 あの子が突然頭を踏みつけられていた足をつかみ、這いつくばりながら何かを言う。よく聞こえないけど……弱々しい声だけど、何かを否定しているようだった。


「は? 何言ってんの?」


 足を掴まれたその女子は、乱暴にその手をふりほどき、あの子を蹴った。余程勘に触ったのか、一度だけでなく、何度も蹴っていた。その光景を私は静かに観察し、ゆっくり近づいて行った。

 不思議なことに、私は全く怒っていなかった。この光景を見るまで、ヤツらに対して怒っていたはずなのに、その光景を見るうちにどんどん怒気が冷めてきた。

 もう、怒りも何も感じていなかった。その代わり感情がどんどん冷えていく気がする。「どうやってこいつらに報復しよう」と冷静に考えていた。例え武器を持っていても、4人相手は無理だ。


(…クロモ、隠蔽おねがい)

(うん、わかった)


 クロモは不思議と素直に了承してくれた。姿を隠す薄い黒の幕が私の全身を覆う。……不意をついてぼこぼこに殴る。もう許してくれと言ってもやめない。そのつもりで近付いた。

 相手との距離は3メートルほどになっていた。この距離だとはっきり相手の姿が見える。囲んでいるのは全員女子で、人を蹴ってるのは木村えりなだった。他3人は良く見る取り巻きだ。そして這いつくばっている一人は……やっぱりみちかだった。


 制服姿のまま、体中は土にまみれて汚れていた。露出した手足にところどころ擦り傷みたいな痛々しい怪我が見える。綺麗に切り揃えた黒髪が乱れて艶を失い汚れている。木村がみちかの頭をサッカーボールのように思い切り蹴飛ばして、みちかが転がった。

 みちかの伏せていた顔が初めて明らかになった。土埃で汚れた顔に、鼻から血を流して、目から涙が出ている。

 私はそれを見て、トンボを持ち上げた。死ね。お前の頭に思い切り当ててやる。その結果、どうなっても私は知らん。もう私は、お前らを人間とは思わない。悪魔と同じように処理する。それだけだ。

 そう思ってると、木村がぴたりと攻撃を止めた。


「あー、もういいわ。このくらいにしておく」

「どうしたのえりな?」

「もうこいつの反応飽きたし、佐藤の方をぼこるわ」

「おー、いいじゃんそれ。あのクソ生意気なメガネボコボコにしよーぜ」


 その声が聞こえたのか、さっきまで転がって倒れていたみちかが腕を立てて、弱々しく立ち上がろうとする。涙声で「やめて……」と小さく言う。


「勘違いするなって。あくまで制裁だし」

「そうそう、美智花をこんなボロボロにした佐藤には制裁してやらなくちゃね」

「うちら美智花の友達だもんねー」


 けらけら笑いながら口々にそう言う木村たち。本気でそんな理屈が通用すると思っているのだろうか。それを聞いて、弾けたようにみちかが立ち上がる。下を向いたままの頭をゆっくり上げる。私は不思議とその様子に見入っていた。


 ふ ざ け る な


 普段のみちかからは考えられない、肺の奥から出したような低い声。その声とともに、彼女の足元から黒い闇が溢れ出した。その闇が、周囲から音を消し、景色をどんどん塗り替えていく。

 クロモがその様子を見て言う。


「……ああそうか。悪魔は、最初から彼女の中にいたのか」


 異常事態に気付いた木村が「ひっ」と怯えたような声を上げる。

 闇に染まった地面から、黒い塊が盛り上がっていく。そしてみちかの体が糸の切れた人形のように脱力し、地面の闇に沈んでいく……


「みちか!」


 私は思わず駆け出し、みちかの手を取ろうとした。だけど遅かった。どんどん闇に呑まれていって、みちかの姿が消えてしまった。呑まれる前の彼女の顔は、不気味に顔を歪ませて、ぞっとする顔で笑っていた。


「なんだよこれ、なんなんだよお前ら……」


 木村達の怯えた声が聞こえて周囲を見渡すと、地面から生えてきた黒い塊が黒い巨人を作り出していた。一体だけではなく、囲むように何体も生えてくる。


「うわ……これ結構やばいヤツだ」


 黒い巨人に囲まれながら、クロモが驚きと怯えを滲ませてそう言った。

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