53 前兆
外はもう夜だった。午後8時、良い子が出かけるには怪しい時間だ。だけど私は外出するときはこっそりせずに、堂々と母親に「ちょっと散歩してくる」「星が綺麗だから天体観測してくる」などと素敵な言い訳をして出ていく。だって、部屋にいないことがバレると心配されるからね。
母親は特に疑わずに「足元気を付けてねー」などと言って送り出す。そもそも中学校のときは塾で午後9時に帰るとか普通にしてたし、10時になることも……学生にこんな夜遅く外出させる日本っておかしくない? サラリーマンの残業体質が学生の頃から培われてるのか。うん、高校生になって塾やめてよかった。底辺校だから宿題も10分で終わるものばっかだし。というか私は学校の休憩時間中に宿題全部終わる。
「うん、月が明るすぎて天体観測は出来ないわね」
「何悠長なこと言ってるの!とっとと街にいくよ!」
空を見上げて月を見てると、クロモが早く早くと急かす。もう、早くって言っても夜道危ないしチャリもそんな速度出せないんだけど。クロモは自転車のカゴの中がガタガタ揺れるのがイヤみたいなので、最近私の背中にライドするスタイルに変えた。その短い手でどうやってしがみついてるのか分からないけど、まるで磁石みたいにくっつくことが出来るみたい。また変な魔法でも使ってるのかもしれない。
「大体何なのよ、パンデミックって」
「パンデモニックだよ!悪魔が大量発生することをそういうの!」
「何でそんなこと起こるのよ」
「それは特異点がアレでアレしてるんだよ!」
なるほど、さっぱり分からん。というかこいつの説明はいつもアテにならん。こういうときは、大体デンかむつきに聞いた方が早いんだよね……と思ってると、公園前でむつきが立っていた。まるでこちらを待ってたかのように。私はむつきのところで自転車を止めると、彼女はこう言ってきた。
「良子、貴方は学校に向かった方がいい」
ん?どういうこと?
「学校にも悪魔が発生している。街の方はキッカが向かっているし、私も加勢するから問題ない」
「街の方、大量発生してるんでしょ?私も行った方がよくない?」
「貴方の力は単体向きで集団には向かない。それに、貴方が側にいると私達が本気を出せない」
淡々と理由を述べるむつき。なるほど、却って邪魔になると。確かに私は接近戦で殴ることしかできないし、キッカ姉の投槍魔法は射程も範囲も広いからなぁ。でも、何かがひっかかる。果たしてそれだけが理由なのか。
「そんなこと言って! キミは独り占めする気なんじゃないのか、アレを!」
クロモが憤慨して言うと、むつきが少し驚いたように顔をあげた。アレって何だ。
「アレ…というのは特異点のこと?」
「やっぱり知ってた! というか最初から知ってたな! じゃないと『魔王が復活する』とか言えないもんね!」
「特異点はまだ姿を現していない。貴方も気付いてないと思ったけど……一体誰の入れ知恵でそのことを知ったの?」
「へ? 入れ知恵? ……あれ、ボクどこで知ったんだっけ?」
クロモが困惑していると、むつきが苦い表情に変わる。「……ヤツが既にこの街にいるのね」とポツリと呟くと、クロモに向き直った。
「さっきも言ったけど、特異点はまだ姿を現してない。まだ時期には早すぎる。これはパンデモニックじゃない」
「うーん……確かに、ちょっとパンデモニックにしちゃ小規模かも。でも悪魔の同時発生なんて偶然すぎない?」
「……恐らく何者かの仕業」
「もしかして……上級悪魔?」
「可能性は高い」
「まじ?上級来てるの? じゃあ……ま、学校でいっか」
クロモがなんか納得したようにコロリと意見を変えた。……うん、話についていけない。何の会話してるの?特異点って何?パンデモニックって何?
「それじゃ学校に向かうよ、良子」
「ちょっと待って、会話内容が全く分からなかった」
「後で説明するわ。今は学校に向かって」
これ以上問答を許さないような厳しい口調でむつきが言う。うん、なんかそういう雰囲気で言われると逆に不安なんだけど。……上級悪魔の仕業って言ってたよね。私まだ会ったことないんだけど、クロモが以前語ってた言葉では「賢い、強い、でかい」存在らしい。これから戦うんだよね……むつき。
「……大丈夫?むつき」
「……信じて」
むつきが絞り出すような声で「信じて」と言う。うん、ずるい言葉を使うようになったな。こういうことを言われると、信じるしかないじゃないか。
「じゃあ信じる。むつきも、キッカ姉も、みんな無事で帰ってきてよね」
「うん……良子も」
私は自転車に乗り学校に向かった。
どうでもいいことなので後書きに書きますけど、良子は元々不健康体でしたが、塾をやめたことで睡眠時間が確保でき、適度な運動(魔法少女活動と特訓とチャリ)をすることで徐々に健康体になってきています。
ぶっちゃけ良子が志望校落ちたのは、成績面の問題では無く、不健康で調子が出なかったことも大きいです。そこらへんは学歴社会の闇です。




