45 ノアとの邂逅Ⅱ
ボクの名前はクロモ。どこからどうみても善良な愛らしい神獣だい。ホントは魔王やってたけど、今のところ誰にもバレてない。完璧な偽装に我ながらほれぼれするね。
今日は近所に住んでる元魔法少女の家を訪問した帰りさ。良子はむつきと二人でとっとと帰ってしまったので、ボクはボクでなんとなく街中をぶらぶらしてる。別に悪魔が発生しなかったら良子と一緒にいる意味ないし、プライベートは大事だよ。
……てゆーか、あんまり良子の側にいると、ボクの企みがバレるかもしんないしね。警戒するに越したことはない。
しっかしまさかかつて戦った魔法少女セラ(本名:瀬良清美、28歳独身)が、現在ニートやってるとはねー。あの凋落ぶりはざまぁないね!
ま、今回は割と有意義な情報が得られたかな。かつての魔法少女で唯一敵となりうるのがキッカだけで、他は全員リタイアしてるからね。特に、十二神将の神獣と契約した2人の魔法少女がいなくなったのはでかい。
でも、ずっと気がかりなことがある。果たしてボクはこのままで全盛期の力を取り戻せるのだろうか。
「むつきが以前から言ってる『魔王が現れる』って、本当にボクのことなのかなー」
良子と一緒に悪魔を倒して結構魔力を吸収してるはずだけど、全然足りない。むつきがそれ以上に倒してるせいだ。魔法少女もボクと同様に、悪魔を倒して魔力を吸収する成長メカニズムがあるから、この街の悪魔をほぼ独占してるむつきの成長スピードは恐ろしく早いと思う。大して競争心を持ってない良子との差はかなり開いてるはずだ。
今まで何度も乗り換えを検討してきたけど、本気で検討するべきかもしれない。だがあのむつきに勝てる素質のある魔法少女なんているのか?
やはりボクが魔王として復活する為の一番の障害はむつきか。魔王が現れると予言し、魔王を倒す為の方法を探しているあの魔法少女――何者か分からないが、将来絶対に敵に回る。やつをどうにかして排除しなければ……
「毒殺とか…いや、そもそも毒が効くのか? やるとしたら暗殺? 空間魔法の使い手には、魔法自体に対策するか不意打ちするしか勝ち目ないな……というか、ゾンビみたいだし殺せるのか?」
ぶつぶつと独り言を言いつつ考えてると、唐突に背後から話しかけてくる声があった。
「何やらお悩みのようですね、魔王様」
何者だ!?と驚いて後ろを振り向くと、そこにいたのは黒い神父服を着た若い男だった。人間によく似ているが…おそらくそれは外見だけ。もっと別の、異質な気配を感じる。
「人間……というわけじゃなさそうだ。ボクに話しかけてくるなんて、しかもこの姿のボクを魔王と呼ぶなんて、お前は一体何者だ?」
ボクは内心ドキドキしながらも威厳と余裕を持って相手に話しかける。もし敵だったら、今すぐ逃げて良子を呼ばなければならない。呼んでどうなるものでもないけど、今すぐ連絡取れるのはボクの作ったマジカルチャームを持っている良子しかいない。あれ?あの良子しか味方いないとか、ボクの立ち位置ってすごい危ない感じするんだけど。
すると神父服の男はくっくっくと笑いながら答えた。
「やだなぁ、かつての腹心をお忘れですか? 魔王ブラックモア様」
にこやかな害のなさそうな笑顔を振りまくこの男はボクの正体を完全に見破っていた。誰だ、一体……ボクの腹心だと?そのとき唐突に脳裏に一つの名前が出てきた。
「ノア……?」
「思い出せていただけて何よりです。魔王様」
深々と頭を下げる神父服の男。どうして忘れていたんだろう…この男の名はノア。かつてボクの腹心として暗躍した悪魔だ。最後の戦いには姿を現さなかったから、てっきり死んだのかと思ってたけど。
「生きてたんだね、ノア。力を失ったボクに何の用だい?」
「あらら、警戒しないでください。私は貴方の味方ですよ。貴方が望むのなら、貴方が再び魔王になることに協力しましょう」
ボクを魔王にするだって? ノアのにこやかな笑顔がとても胡散臭い。
「……何を企んでいる」
「おや、疑うのですか?」
「そりゃ悪魔だからね。メリットも無しにやるなんて考えられない。それこそ何か企んでなきゃ嘘だろう?」
「確かに、それは仰る通りですね」
「ボクを魔王にするって言ったけど、キミこそ魔王になる気は無いのかい?力を失ったボクより手っ取り早いだろう?」
ノアは少し考え込むように顎に手を当てる。
「私自身は別に魔王になることに興味はないんですよね。他の誰かが魔王になって、世の中が混乱するさまを安全な位置で見ていたいだけで」
「それは趣味が悪いな」
「ええ、それが生きがいですから」
ノアが微笑みながら手を伸ばす。
「さあ、魔王様。どうしますか?今の貴方はとてもかよわい存在です。私の手を取って、一緒に世界征服を目指そうではありませんか」
ノアの差し出した手にどう応えようか悩む。確かにノアの協力を得られるのは悪くない。こいつは積極的に戦った覚えが無いので実力は未知数だが、多分今のボクよりずっと強いだろう。良子と組むよりずっといいかもしれない。
「やだ」
なんか気が付いたらはっきりと声に出して拒絶してた。本当は迷うところだったと思う。でも嫌なもんは嫌なのだ。この男には、どう考えても何か裏がある。組むのに不安しか感じない。
ノアは少しきょとんとした顔をしながらも、差し出した手をあっさり引いた。
「ふむ。大体断られるんですよね、いつも」
「お前嘘つきの顔してるよ。すっごいうさんくさい。上から目線で『協力してあげます』なんて言葉受け取れるか」
「私はまじめなんですけどねぇ」
断られたのに、軽い調子で続けるノア。そこには怒りとか戸惑いとかを感じない。断られるのも既定路線だったのかもしれない。
「それじゃあ、あの人間とこれからも一緒に行動するのですか?」
「あー、良子のことも知ってるのか……」
「ええ。この前バス停で話しましたから」
「まじかよ、警戒心なさすぎだろ」
「もちろん彼女の家や交友関係も知ってますよ」
「ストーカーかよ」
脅しのつもりで言ったのかもしれないが、完全にストーカーである。
「……で、そこまで知っててどうして今まで手出ししてこなかったのさ」
「こちらも準備が出来てなかったのですよ。私は大して強くないですしね♪」
嘘付け、と心の中で言う。どこまでもにこやかな笑顔で話すこいつは、何を考えてるのか本気で分からない。
「でも……ま、交渉も決裂したわけですし、そろそろこちらも攻勢に出ますかね」
「何をするつもりだ?」
「数体の上級悪魔とコンタクトを取りました。遠くない未来にこの街にやってくるでしょう」
「は?」
上級悪魔を呼んだだって?こんな片田舎の街に?というか上級悪魔とか呼ばれてホイホイくるもんなの?日本にもほとんどいないと思うし、人間に存在を知られずに暗躍しているような連中が?
「ふむ、理解できない顔をしていますね。では教えてあげます。遠からず、この街には『特異点』が発生します」
「特異点…」
「そう、貴方がかつて魔王となる原因となった『それ』です。彼らにはそれの争奪戦をしてもらいます」
……そういうことか。この街の悪魔の発生率がやたら高いのも、魔王が現れるとかむつきが言うのも。全てはその特異点が元凶か。
しかし、何故二度も同じ場所に発生した?そんな偶然あるのか?
「貴方に取らせてあげてもよかったんですけど、協力を断られては仕方ありませんね。独力でがんばってください」
ふん、どっちにしろ信用できないから後悔してないもん。全然してないったらしてない。
「さて、誰が魔王になるか……楽しいレースの始まりですね」
「……阻止されるとは考えないのか?魔法少女たちに」
「それはそれで楽しいですけど……まぁ、今の戦力では無理でしょう。それこそ奇跡が起きない限り、ね。それではごきげんよう♪」
楽しげに手を振りながら、去っていくノア。ボクはその背中を見つめながら悪態をつく。
「なめやがって……」
今回の収穫は、魔王の座はボク以外の悪魔も狙っているということが分かったことだ。そいつらをなんとか出しぬいて、特異点まで辿り着かねばならない。それには不本意ながら、他の魔法少女の手も借りなければならないか。
とりあえず、ノアのことを良子にチクってやろう。あいつ色々と事情通っぽいし邪魔だ。不確定要素は魔法少女の手できっちり葬って貰わなければ!
えーと、良子に……良子に……
「……あれ?いま何伝えようとしてたっけ?」
まるで起きたときに今まで見てた夢の内容を思い出せなくなるような感覚だった。
さっきまで一体何を伝えようとしてたか…ボクは今まで誰と何を話してたのか、全く思い出せなくなっていた。
「ノ……あれ?何だっけ?てゆーか何してたっけ?」
うーん、なんか物忘れが激しいなぁ。まぁ、覚えてないことはどうでもいいや。とりあえず、魔王になる為の最大の障害はむつきだな!なんとか排除する方法を考えねば!
しかしどうすれば……
(簡単なことです。あの魔法少女より強い魔法少女がこの街にはいるじゃありませんか。瀬良清美……彼女を利用すればいいのですよ)
……ん?空耳かな?何か聞こえた気がした。
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人の来ないさびれた教会の屋根の上で、神父服の男が座っていた。山の上にあるその教会からは、この街の夜景が一望できた。時刻は夜であったが、空には満月が出ており、自分の存在を確かめる程度ならば十分な明るさであった。
「さて、ヒントはあげましたがアレがどう動くか……ま、私の方も積極的に動かないといけないのかもしれませんね」
男が一人でつぶやき、夜空を見上げていると、いつの間にかその男の隣には、紅い服を着た一人の少女が座っていた。少女は男に話しかける。
「ふぅん、教会が好きなのかしら?」
「んー、雰囲気が割と好きですね」
「そうねぇ。夜の教会って怖いものねぇ」
男は突然現れた少女に驚くことなく平然と返事を返した。
「ここが今回のお祭り会場?」
「やぁ、お早い登場で。まだ祭りには早いですよ」
「うふふ、前回不参加だったから消化不良でねぇ。魔法少女は何人いるの?」
「今のところは3人確認していますよ」
「少ないわねぇ。光の連中はまだ動いてないのかしら?」
「さて、まだ気付いてないのかもしれません」
「ふぅん。で、この街に『特異点』が出るって本当なのかしら?……ノア」
ノアと呼ばれた神父服の男が初めて少女に顔を向けて微笑む。
「ええ、本当ですよ。貴方はどうしますか?」
「しばらく傍観かしらぁ。特異点が出ないうちは特にすることないし」
「おや、魔法少女とは戦わないんですか?」
「そんなの馬鹿にやらせとけばいいのよぉ。それにあたしは穏健派だし……ねぇ?」
「そうですね。まだ慌てる時間じゃありませんしね。えっと……なんてお呼びすればいいんですっけ?」
少女はにたりと笑い、名を名乗った。
「『フィアー』。恐怖を齎す者よ」
「なるほど。よろしくお願いしますね、フィーさん」
「……」
フィーさんと呼ばれたことに不満気な少女はむっつりとふくれてノアを睨みつけるが、ノアは相変わらず笑顔のままだった。諦めて息を吐いた少女は「まぁ呼び方はどうでもいいわ。それより……」といい、ノアの胸ぐらをぐいっとつかんだ。
「あたしがここにいる間、衣食住全て保証しろ」
「人間みたいなことを言うんですね。異空間の中に入ればいいじゃないですか」
「すごい暇だからイヤよぉ」
「はぁ……まぁいいですけど。住処はこの教会を勝手に使ってください」
「えぇ? ここあんたの家なの?」
「買い取ったんですよ。誰も使ってないですし」
「清掃とかどうしてるのよぉ」
「業者に頼んでます」
「……あんたの方が人間世界に順応してない?」
「気のせいですよ」
その後、奇妙な噂が流れ始める。山の上の教会に夜な夜な紅い服を着た少女が多数の悪魔たちと共に現れ、ピアノを弾いて歌ってコンサートするという。
そしてそれを見た人間はもれなく発狂して死ぬらしい…だが、実際死んだら噂を流す人がいないので、どうやって広まったのかは謎である。よくある矛盾した怪談話であった。
吹津町では山の上に学校、山の上に神社、山の上に教会があります。
山ばっかりの土地ではよくあることです。




