39 とある魔法少女の物語
苔むした幅の狭い石の階段を登り、塗装がはげて木の肌むき出しになった鳥居をくぐると、古ぼけた神社がある。
敷地は狭くなく、社も小さいわけではない。むしろこの町では一番の大きさの神社であり、かつてはこの地における信仰の中心となった場所であった。神社の外観も歴史を感じさせ、この小さな田舎の土地にそぐわぬほど立派なものであった。しかし、今はその隆盛も過ぎ去った過去のもの。まるで人々の記憶から忘れ去られたようなその神社は、今はただ、数少ない来訪者の訪れを待つのみであった。
そんなさびれた神社の敷地を一人の少女がこつこつと歩いてゆく。
こんこんと水が湧く手水舎を過ぎ、そのまま真っ直ぐ進むと神社に着くのだが、今回の来客はその神社を回り込み、裏手の方にある小さな池を訪れていた。
池の前には看板が立てられており、鎌倉時代にこの池から龍が現れたのがこの神社が建てられた由来であると書かれているが、どう見てもどこにでもある普通の小さな池である。池の底には硬貨が投げ込まれており、少女もそれにならって5円玉を投げ込んだ。
作法にもとづき、二礼二拍手一礼をしたあと手を合わせて目をつむり、少女は願った。
(変われますように、変われますように、変われますように……)
少女は自分を変えたいと願っていた。意気地なしで、臆病で、怖いものから逃げる癖があり、友達もいない自分に大きなコンプレックスを持っていた。自分で変わろう変わろうとずっと思っていたが、努力は実らず、空回りと失敗ばかり繰り返していた。明日は中学校の入学式があり、少女は中学一年生になる。新しい環境に淡い期待と強い願いを込めて、少女は必死に祈っていた。今度こそ、絶対に変われますように……
10分くらいそこにいただろうか、ひたすら頭を垂れて必死に祈りを捧げていた少女は、ようやく頭を上げ、名残を惜しむかのように池を見渡した後、くるりとまわって歩き出した。
(変われるといいな……)
何故か少し痛む胸を抑えながら、こつこつと少女は歩いていく。願いは果たして届くのだろうか…
そのとき少女の背後で突然ざぱっと大きな水音が響き、水しぶきが盛大に撒き散らされた。音と浴びせられた水の冷たさに驚いて少女が後ろを振り返ると、水しぶきの中から自分の背丈の5倍はありそうな巨大な白い蛇が現れた。
「……なるほど。貴方が私を呼んだのですね」
白蛇は少女を見て、人間にも聞き取れる言葉でそう呟いた。少女は人の言葉を話せる白蛇に驚いて見上げる。少女の瞳に映るその白蛇はとても美しく、神々しく輝いて見えた。少女はおそるおそる口を開ける。
「もしかして……神様なんですか?」
少女の問いかけに白蛇は顔を近づけて答えた。
「私は古来よりこの地を守ってきた者です。貴方が言う『神様』というものでは無いかもしれませんが……」
「神様……じゃない? あの、お名前は……」
「名前はありませんが、人間からは『水龍様』と呼ばれていますね」
「水龍様!?」
少女は水龍様と呼ばれているらしい大きな白蛇をまじまじと観察した。龍というより蛇に見えるが、よく見たら蛇には無い前足が生えていた。その体の半分は池の中につかっており、後足が生えているかどうかは確認できない。古来よりこの地を守ってきたと言っているこの白蛇は、恐らくこの池の看板の伝承にある水龍様なのだろうと、少女は確信した。
「あの、水龍様。私変わりたいんです。臆病な自分から変わりたいんです。変われるでしょうか」
「成程……そうですか。変われるかどうかは貴方次第なので分かりませんが……」
水龍は神妙な顔でうなづき、まっすぐ少女を見据えて微笑んだ。
「魔法少女になる気はありませんか?」
「……え?」
そして彼女は魔法少女になった。




