38 魔法少女の特訓
ぶんっ……ぶんっ……ぶんっ
私はひたすらステッキを垂直に振り下ろす動作を繰り返す。ここは近所にある寂れた神社の一角。何故か私は素振りをしていた。
「ほら、軸がぶれてるわよ。もっと背筋伸ばして真っ直ぐおろしさなきゃ」
横からフォームを見ていたキッカ姉の檄が飛ぶ。そこに自分の身長ほどの棒を持ったむつきが突っ込んできた。むつきの棒の一撃を、槍で難なく弾き飛ばすキッカ姉。体勢を崩したむつきの頭に、キッカはこつんと槍の石突部分を置いた。
「むぅ……」
「あら、隙だと思った?悪いけど目の前の相手から注意をそらすほど私は馬鹿じゃないわよ」
むつきは尻もちをついていたが、またすぐに立ち上がり棒を構えた。
「……もう一度」
「うん、その意気その意気」
私達は神社の一角でトレーニングっぽいものをしていた。何故こんなことをしてるのかというと……
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ことの発端は今日の放課後であった。学校の帰りにキッカ姉に呼び止められて、ここに来るように言われたのだ。そして何故かこうなった。
最初きたとき、魔法少女に変身するように言われて、50メートル走、砲丸投げ、ウェイトリフト、握力測定などをやらされた。
「……すごいわね。ホントに変身前から全く強化されてない。こんな魔法少女、初めてみるわ」
キッカ姉は学校の体育の記録と見比べて、驚いたように声をあげた。というか測定器具どこから持ってきた。そこにキッカ姉の相棒である犬の神獣デンがかけより、一緒に記録を見る。
「いや、魔法少女どころか一般人と比べてもすごいぞこれは。特に50メートル走の記録が12秒台なのがすごい」
悪い意味ですごいって言ってるよね。
「どうする?キッカ」
「うーん、これは一から体力作りしても間に合うかどうか……即効性があるとするなら……素振りかな」
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そして私はキッカ姉に言われたとおりもくもくと振り下ろしの動作を繰り返していた。
「なんで突然やる気スイッチ入っちゃったんだろうか……」
「良子がだらしないからじゃない?」
「だまれ」
横から余計な口を出してきたクロモにびしっとチョップをかます。
「素振りって真っ直ぐ振り下ろすだけでしょ?こんなの意味あるのかな…もっと足さばきとか体の動き全体が良くなきゃ駄目なんじゃないかな……」
「あら、そんなことないわよ。そうね……ちょっとここに空き缶置いたから、思いきり振り下ろして当ててみて」
「うん」
言われたとおり、地面に置かれた空き缶に上段からステッキを振り下ろす私。ぶんっ!狙いは外れ、ステッキは空き缶の横の地面を切り裂いて埋まる。
「うん、あたらない」
「そういうものよ。狙った場所にまっすぐ振り下ろすのってむずかしいのよ。だから練習しないと。あなたの場合、当てたら勝ちなんだから下手に武道かじるより、ただ当てる練習をした方がいいわよ」
「うわ、キッカ姉が合理的なこと言ってる」
「こいつは普段は抜けてるが、戦闘と筋トレに関しては恐ろしく合理的だぞ」
「英語教師じゃなくて体育教師の方が向いてるんじゃ……」
「ちょっ、ひどくない二人とも」
歳に似合わない拗ねた顔を見せるキッカ姉。こういうときは下手したら十代に見えるのに、この人アラサーの筋肉モンスターなんだよね……
「ふむ。ここに集まって特訓をしていると、あの頃を思い出すな……懐かしい場所だ」
感慨深く息を吐く犬。人語を喋ってるが犬だ。
「今更だけど、この場所大丈夫なの?ホントに人来ない?来たら社会的に終わるんだけど」
「ここは聖域みたいなものだ。この地を守護する龍が認めた者しか入れん」
「龍?龍がいるの!?」
「うお、すごい食いつきだな……」
だって龍だよ龍!英語でいうとドラゴン!そんなファンタジーなものが創作ではなく実在するなんて聞いたら興奮するでしょ!
……あれ?私も最初は悪魔とか神獣とかゾンビに感動覚えてたっけ?慣れって恐ろしい。
「ここの龍はあまり姿を見せない。騒がしいのが苦手なやつだから、あまり馬鹿騒ぎしないようにな」
「むー、つまり会えないってことか」
「会うも会わんも向こうの気分次第ということだ」
なるほど、龍さんは人見知りか。なら仕方ないな。
「で、当時もここで特訓してたの?」
「ああ、15年ほどになるがここで仲間たちが集まり魔法の特訓をしていた」
「ふーん、魔法の特訓をねぇ……あれ?今私何してるんだっけ?」
「素振り」
「魔法どこいった!?」
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「良子ちゃんってホントに魔法少女なのかしら?」
彼女の素振りを見ていて、なんとなくそういう疑問が出てしまった。良子ちゃんと一緒の家で暮らしていたのは、私が高校を卒業する前で、あのときあの子は4歳くらいだったろうか。その後も月1くらいで様子を見に来ていたけど、すごくいい子に育ったと思う。彼女の成長がとても楽しみだった。
しかし、予想外なことは起こるものね。雷電はあの子のことを「魔法少女の才能がない」ときっぱり見切りをつけていて、私も私であの子が魔法少女をやる必要はないと思ってたんだけど、まさか高校生になって魔法少女デビューしてしまうなんて。魔法少女は中学生でデビューという法則はあの子には当てはまらなかったみたい。今もまだ魔法少女を続けてる私も例外みたいなものだけど。
しかしあの子みたいなタイプも初めて見るかも。仮にも神獣に選ばれたにも関わらず、魔法少女になっても超人的な能力を行使するわけでもなく、攻撃手段はあのステッキだけだなんて。はっきり言って、悪魔と戦える水準じゃないと思うんだけど……
「ねぇ、良子ちゃんの神獣さん。良子ちゃんってどう思う?」
「げぇっ、キッカ!?」
私がふよふよ浮いてた黒いボールみたいな神獣に話しかけてみると、神獣は心底びびったようなリアクションをして、すぐ離れようとした。私はとっさに神獣のツノ部分をつかんだ。
そういえば良子ちゃんの神獣とはまともに話したことがなかった。どうやら避けられてるみたいだけど、私が何をしたというのかしら?
「あなた……以前どこかで会ったことあったかしら?」
「は!?ないやよ!ないに決まってるじゃん!」
ちょっと聞いてみたら全力で否定された。私もどこかで会った記憶はないし、そうなのかもしれない。でもなんでこんなにビクビクしてるかしら。
「まぁいいわ。ねぇ、神獣さん。あなたから見て良子ちゃんはどう思う?」
「へっ? よしこのこと?……というかツノ離してよ!」
「あら、ごめんなさいね。逃げないなら離してあげる」
「ぐ……わ、わかった。逃げない」
私がツノを離すと神獣はすぐに逃げ出した。幸い飛行スピードは遅いようなので、もう一度捕まえた。
「神獣なのに嘘をつくのね。駄目よ、そういうの」
「はっ、いつのまに!?」
「まぁ、折角の機会だからちょっとお話ししましょ。ね?」
「ぐぐぐ……わ、分かった。平和的にいこう。ちょっと話をするだけだよ?」
最初から平和的に行こうとしてるのに……うーん、なんなのかしらこの反応。
「えー、良子のことが知りたいの?そうだなぁ……ボクから見て良子は……」
神獣は素振りをしてる良子を遠い目で見つめて言った。
「全然魔法少女してないよね、あれ」
「……えーと、あなたが選んだ子でしょ? 何かしら才能を見つけたのではないの?」
「うーん、才能とかよく分かんないし? でも才能の無い子を選んだら逆にああなってしまうのかなぁ」
才能がわからない? 神獣は魔法少女にふさわしい子を選ぶってきいたけど、その選ぶ基準が分からないというのかしら? そういうのってあるの?
「良子ちゃんは変身して姿は変わったけど、ああやって素振りしてるとほとんど生身の人間と同じに思えるわ。あれで今までどうやって悪魔と戦ってきたのかしら?」
「それがねぇ、不思議なことにほぼ瞬殺なんだよね。弱いのばかりに当たってるのもあるけど、苦戦したことがあんまりないんだよねー」
「それってどういうこと?」
「あー、あくまでボクの見解だけど……良子って魔法少女になってもあんまり魔力を感じないんだ。それで舐められてるのかもしんないけど、大半の悪魔は容易に接近を許しちゃう。自分より弱い相手なのに、わざわざ逃げようとする悪魔がいる?むしろ餌だと思っちゃうんだよ、良子のこと」
それであっさり返り討ちってことね……
「ボクも良子のこと最初魔法の才能がないと思ってた。今もそうだけど。でも勝っちゃうんだよ。あんな素人みたいなとろくさい動きなのに、あっさり勝っちゃう。よく分かんないよね」
「そっか、神獣ちゃんにもよくわからないのね」
「でも……あれはやばいよ。あのステッキ」
神獣が良子ちゃんのステッキを見て言う。
「さっきも言ったけど、良子に魔法的な力はほとんど感じないんだ。あのステッキも例外じゃなくて、魔力でいえばただの棒切れ同然。だからこそやばい」
「?どうやばいの?」
「ボクが感じることの出来ない力……あれは下手したら魔法を越えた域にあるのかもしれないってこと。もし高次な次元にあるものだとしたら、低次のヒトには感じることさえ出来ない。そしてそういう力は確かにある……」
「えと、そういう力って……」
私が困惑してると、神獣は今日初めて私の方に向きなおり、真っ直ぐ視線を向けた。
「ねぇ、神様って本当にいると思う?」
「え?神獣が神様じゃないのかしら?」
「ああ、日本人の感性じゃ『全てのモノに神は宿る』って思ってるんだっけ? 違う違う。ボクが言ってるのはそんな低次の存在じゃなくて、もっとずっと上にある存在。いうなれば、魔王の反対? そういうの」
「うーん、私無宗教だから……」
「ボクはね、いると思うんだ。感じることがあるんだ、そういうの。会ったことはないのに、感じることも無いのに、いると思う。この世界の見えない力は、何かあるんだ」
「見えない力……?」
「さぁ、それが良子の魔法の正体かもしれないし、そうじゃないかもしれない。あくまで推論だ。聞き流してくれていいよ」
黒い神獣はにやっと笑って話を締めた。何故か満足げなどや顔である。
「えっと……なんかよく分からない話だし、というか話し出すとすごい饒舌ね貴方って。名前なんていうのかしら?」
「クロモだよ!饒舌で悪かったね!」
ちょっとは距離が縮まったのかな、と思ってクロモちゃんの頭を撫でようとすると、彼はビクッと反応して逃げようとした。うーん、まだまだなのかしら……
私の視線の先には、くたくたになっている良子ちゃんがいつの間にか後ろに立っているむつきちゃんに体重を預けてよっかかっていた。
……うん。あの子たちの為にも、運命なんかに負けないように、私も頑張らなくちゃね!
素振りは基本。




