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32 むつきとキッカ

 ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。むつきがうちに来たようだ。


「いらっしゃい、むつき!」


 私はむつきを玄関で出迎える。ガチャリと扉を開けると、いつもと変わらない三角帽子に黒いマントの魔法少女姿のむつきが立っていた。だけどいつもと違ってむつきはキョロキョロと辺りを警戒している。表情は険しく、動きもぎこちない。


「……きてるのね」


 聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそりと呟くむつき。何か感づいたのだろうか?


「……受け入れてもらえるといいけど」


 独り言のように呟くむつき。うん、気付いてるわこれ、完全に。なんでか分からないけど、彼女はとても勘が鋭い。家の中にいつもと違う人物がいることに気付いてるんだろう。


「むつき、私に任せておいて。何も心配することはないわ」


 私はどんと胸を張って言った。


「……ありがとう」


 むつきは帽子で顔を隠しながら、小さな声で言った。私は彼女の手を握り、家の中へと入れた。


 ーーーーーーーーーーー


 リビングに入るといきなりデンが吠えた。いつもならソファでぐったりくつろいでるのに、今は立ち上がってこちらを睨んでいる。


「おい良子、そいつから離れろ! 穢れた者の臭いがする!!」


 むつきの手がびくっと震える。おいおい、女の子に向かっていきなり体臭の話とか、デリカシーなさすぎじゃありませんかね。


「デン、人の気にしてることは言わないの」

「アホか! 体臭のことではないわ! とにかく離れろ! そいつは人じゃない!!」


 あーそういうことね。ゾンビ嫌いなのか、デンは。


「うん、知ってるから黙ってて」

「お前……知ってて受け入れる気か! 正気か!?」


 デンが怖い声と怖い目で凄んでくる。私は慣れっこだけど、むつきは帽子で顔を隠して腰が引けている。


「あら? デンがこんなに吠えるなんて珍しいわね……あ、むつきちゃんいらっしゃい」


 呑気な声を出しながら、台所から母が出てきた。キッカ姉も一緒だ。


「貴方が良子のお友達? 初めまして。私は良子の義姉(あね)菊花(きくか)よ」

「おい、キッカ気をつけろ!」


 デンが吠えたが、変身してないキッカ姉には多分伝わってない。キッカ姉はいつものようににっこり笑って、挨拶をした。むつきは帽子で顔を隠したまま、まごまごと何も言えない感じだ。

 私はらちがあかないので、むつきから帽子をがばっと取り上げた。ほら、顔あげる! きちんと挨拶!


「む……むつきと、言います。妹さん、には、いつもお世話に、なってて」


 噛み噛みですがな。そして今度は髪で顔を隠す。あ、そうか。腐ったところ見られたくないのか。でもね、むつきちゃん。そんなの私には関係ないからね?

 私はむつきのあごをくいっと上げて、髪をどかして顔をよく見えるようにしてやり、キッカ姉にこう言った。


「まぁ、こんな子だけど可愛いでしょ?」


 むつきの顔の右半分は腐って黒ずんでいた。確かに酷い状態だと思う。でもそれ以外は美人さんなのだ。何も臆することはない。

 思ったとおり、キッカ姉は嫌悪感の一つも見せずに笑って言った。


「よろしくね、むつきちゃん」


 キッカ姉が右手を差し出す。むつきもおずおずと右手を出そうとしたが、ハッと気付いてすぐに引っ込めた。ふむふむ、右手も腐ってるから気にしてるのか。だけどね、むつきちゃん。そんなの関係ないからね?

 私はむつきの右手首をぎゅっとつかみ、前に差し出させた。むつきはちょっと抵抗したが、視線を下に落としてなすがままだった。つまりオーケーということですね? なんかちょろすぎて心配になるレベル。

 むつきに差し出させたその手をキッカ姉が掴んでぎゅっと握手する。もちろん腐ってても気にするような人じゃない。うむ、よきかなよきかな。あ、あんまり強く握らないでね? 柔らかいから。


「歓迎するわ。ゆっくりしていってね」

「今日はカレーライスなの。キッカちゃんの作ったカレーはすごいのよ。なんだかすごいレシピ持ってて、グラム単位で調味料入れたりして」

「ふふふ、昔作ったときのような大きな鍋じゃないから配分に微調整が必要なのよね。今日のはそこそこ自信作よ?」


 わーい、やったー。本場の海軍カレーだー。キッカ姉は陸自だけどね。


「あ、あとリュータくん2階だから呼んできてくれる?」

「はーい」


 デンはまだむつきのことを睨んでいたが、受け入れムードになり、口惜しそうに「ちっ」と言った後は吠えなくなった。

 うん、一家団欒っていいよね! 父親は残業中だけど!

 ……あ、そういえばクロモも逃げたままだったな。ま、そのうち戻ってくるでしょ。

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