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30 残念なシスコン物語

「少し、昔話をしようか」


 デンの視線は中空を見つめ、過去を郷愁するかのように語りはじめた。私は黙ってそれを聞くことにした。


「キッカは、お前にとってはただ優しい姉として映っているかもしれんが……あいつは、我輩と出会った頃は全く笑うことがなかったんだ」

「……キッカ姉が?」

「あいつの両親が事故で死んだのは知っているな?」

「うん」


 確かキッカ姉は中学1年生の頃、交通事故で両親を失っている。それでうちの家の養女になったと聞いたことがある。


「……あれは事故ではない。悪魔に殺されたんだ」

「え……」


 悪魔に殺された?……そういえば今まで魔法少女として悪魔を倒してきたけど、実際に悪魔の被害は聞いたことがなかった。


「悪魔はただ不幸を撒き散らすだけの不条理な存在だ。我輩が悪魔の気配に気付いて駆けつけたときには、既にキッカの両親の魂は悪魔に食われていた。キッカも食われるところだったが、すんでのところで逃げ出せた。それからだ。我輩が神獣としてキッカと行動を共にするようになったのはな」

「そうだったんだ……」


 デンの目つきが憎々しげに歪んだ。


「キッカは両親に愛されていたと言った。もうすぐ妹が生まれて、姉になるはずだったと言っていた。だが、悪魔のせいでそんな幸せな未来は無くなった。それであいつは悪魔を憎むようになり、笑うことが無くなった。ただ憎しみだけでひたすら悪魔を狩る日々。あの頃の荒みようは、今のキッカからは想像も出来ないだろうな」

「……」


 私はただ黙って聞いていた。私の知っているキッカ姉はいつも優しげに笑っていた。誰かを憎んだり、怒りをぶつけるような人ではないと思っていた。


「お前が生まれてからだ。あいつが変わったのは」

「……私が?」

「……最初はな、お前のことも憎んでいたんだ。生まれてくるはずだった自分の妹のことを思い出してな。死んだ妹の身代わりに生まれてきたんだと筋違いな憎しみをぶつけていた。そんなある日、お前の子守を任されて留守番をしたとき、あいつの目つきがおかしくなって……寝ているお前の首を絞めようとしたんだ」

「え、まじですか」

「まじだ。あのまま寝てたら永眠するところだったな。結局、未遂に終わったが」


 ちょ、そんな衝撃的な事実いきなり話すか普通。キッカ姉に危うく殺されるところだったのか、私。


「あのとき、急にお前が起きてな。キッカの顔を見て泣き出したんだ。大声でな。そしてキッカは自分のしようとしたことに気付いて、首を絞めるのをやめた」


 セーフ!ぐっじょぶ私!

 というか傍観してるなよデン!


「大変だったのはそのあとだ。ミルク与えても泣き止まない、おむつ替えても何もしてない。ただただ泣いてるだけでな。抱きあげても下手くそな抱き方だったから、全く泣き止まなくてな。どうしよう、どうしようと慌てふためくあいつは見物だったぞ」

「で、デン。その間お前はどうしてたの?」

「寝たふりして無視した」

「おい」


 お前も薄情すぎるんじゃないか?色々と。


「しまいにはお前をあやすために歌を歌ったり、赤ちゃん言葉を話したりしてな。今まで笑顔を見せなかったあいつが、お前を怖がらせないように初めて笑顔を作ったんだ。初めて我輩が見たあいつの笑顔は、針金で吊ったようなぎこちないもので笑えたぞ」

「そっか……ちょっと想像もつかないな」

「まぁ、そんなぎこちない笑顔で何かが通じたのかもな。お前も泣きやんで笑った。滑稽な光景だったな。あいつの当時のあだ名を知ってるか?『氷の女王』とか、『冷徹マシーン』とか言われてたんだぞ。そんなあいつが、たかが赤子一人に大苦戦だ」


 どんなあだ名だ。まじで当時のキッカ姉が想像できないな。


「それからだ。あいつが変わったのは。お前の前では笑顔でいようとし、今まで人を遠ざけていたが、積極的に関わるようになった。お前の両親にも赤子のあやしかたや好きなものが何かとか何度も相談したし、先生や弟妹のいる同級生にも色々と聞き込みをするようになった。で、口を開けば延々と続く妹自慢だ。『氷の女王』が『残念なシスコン』にクラスチェンジをした瞬間だ。学校中の噂になってたぞ」

「残念なシスコンておい」

「ちなみにお前が当時一番懐いてたのはキッカではなくこの我輩だ。特に何もしてないのにな。おかげであのときはキッカに嫉妬しまくられて大変だった」


 どや顔で話すデン。そうかそうか、自慢話かそれ。


「その頃あいつは将来の夢が決まってな。明らかにお前の影響なんだが、突然先生になりたいなどと言い出した。ただ、学力が深刻なまでに低くてな……お前にかまけている間に駄々下がりしたんだ。先生になるなんて絶対無理だって言われてな。それで学力が低くてもいける自衛隊に入って、その間に大学の学費稼ぎと勉強をしていったんだ」

「あ、それって私のせいなんだ」

「そう、全部お前のせい。おかげですごく遠回りになったが、28歳にしてようやく大学を卒業し、先生になれたというわけだ」


 うーん、波瀾万丈すぎる人生だなぁ。


「まぁ、そういうわけでな……キッカはお前が思っている以上に、お前のことを溺愛している。おそらく、お前の為なら何でもするだろう」

「それって弟よりも?」

「リュータか……あいつはお前と違って赤子の頃から手がかからなかったし、はっきり言って幼少期はお前より容姿が可愛かった。女の子と見間違うほどにな」


 おのれ弟め!


「だがキッカ的にはお前の方が可愛いんじゃないかと思うぞ。散々苦労かけられた分な……たぶん」


 よし、弟に勝った! やっぱり弟より妹だよね! たぶんって付け加えたところは無視しとく!


「そんなわけで……だ。そんな妹馬鹿なあいつに心配かけたくないのは分かるが」


 デンは一旦区切り、私を真剣な目で見つめて言った。


「お前はいつまで秘密にするつもりだ?」


 その言葉にどきりとした。確かにキッカ姉に心配かけたくない。でもキッカ姉も同じ魔法少女だ。いくら鈍感とはいえ、いずれは気付かれるかもしれない。


「お前が魔法少女なこと、我輩からは何も言わん。このままの関係を続けるのもいいのかもしれない。全てお前が決めろ。だがな、お前を誰よりも想っている姉がいることを忘れるな」


 デンはベンチを下りた。


「……話が長くなってしまったな。帰るぞ。あいつが心配する」


 デンはそう言うと、黙って歩き出した。それからの帰り道、デンも私も一言も話さなかった。初めて知ったキッカ姉の過去、そしてキッカ姉の愛。デンは全て話してくれた。私はそれに応えられるのだろうか?

 考えがぐるぐる回って、どうすればいいのか分からなくなった。考えながら歩いているうちにいつのまにかキッカ姉のアパートに戻っていた。


「おかえり、良子ちゃん」


 キッカ姉はいつものように優しげな笑顔で迎えてくれた。その笑顔を見て、うじうじと考えるのとか全部吹っ飛んだ。


「ただいま、キッカ姉ちゃん。遅くなってごめん。ちょっとデンと話してて」

「そう、デンと話して……え?話す?デンと?」


 困惑するキッカ姉に、私はこう切り出した。


「私、魔法少女なんだ」

「……え?」


 私はこれまでキッカ姉ちゃんに散々迷惑をかけてきた。今更迷惑とか心配かけたくないとか虫が良すぎる話だ。だからこれからも迷惑をかけるし、色々と頼る。私はキッカ姉が大好きだし、キッカ姉も私が大好きだと分かったから。


 なぜかデンは「言うの早すぎ……少しは悩めよ……」と頭を抱えていた。うん、お前が発破をかけたんだよ?

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