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106 飲み屋にて、ひかりとキッカ

 なんかじろじろ見られている気がする……井上菊花はそう感じていた。なにせ、隣にいる少女は若々しく、どう見ても中学生程度にしか見えないのだ。肌が白く、とても線の細い美少女……大衆居酒屋という場所においては不釣り合いである。


「……もうちょっと老いることは出来ないの?」

「残念。これが私の成人の姿だよ」


 中学生程度に見える少女は、実は天乃ひかりである。伊勢神宮での彼女はケモ耳をつけた五歳児程度の幼女の姿だったが、どのような魔法を使ったのか今はこのような姿になっている。だが菊花は15年前から彼女の何でもあり具合を知っており、あえてそこをツッコむことはなかった。


「その姿、当時と変わらないわね。ひかり」

「キッカもそんなに変わらない……いや、ちょっとムチムチになってるね」

「ムチムチってのは失礼だけど、それなりに鍛えたから」

「触っていい?」

「なんでよ」


 菊花の身体は見た目はスタイルの良い女性といった体つきで、ボディビルダーほど筋肉が剥き出しになってるわけではない。あれは筋肉があるだけでなく、過酷な減量をして体脂肪率5%以下にした者がそういう見た目になるのである。菊花は実際筋肉量がボディビル並みにあったりするが、そのような減量は行っておらず、ほどほどについた脂肪が鍛えられた筋肉を隠している。だけどそんな彼女にも筋肉が隠せない部分がある……それは人間の身体で最も大きな筋肉量(バルク)を誇る部位、ふとももの筋肉である。鍛えだしてからふとももがかなり太くなったのを菊花はこっそり気にしており、基本的にいつもロングスカートを着用して誤魔化しているのは内緒だ。


「とりあえずなんか飲む? キッカ」

「ちょっと汗かいたし、冷酒がいいわ」

「初手ビールじゃなくて日本酒とは今頃の子にしちゃいけるクチだね。おねーさん冷酒2つー」


 注文すると店員がひかりに対して疑惑の目を少し向けたが、入店の際に既に「大人2人」で通している。随分とロリな成人もいるものだなと店員は深く考えずに、注文を受け取った。他の客も最初こそ注目したが、その後は特に気にした様子はない。見た目がロリな程度この国ではよくあることで、堂々としてれば別に何の問題もないものだ。たぶん。

 やがてお通しと冷酒が運ばれてきたので、おちょこに酒を注ぎ、2人は盃をぶつけた。


「「かんぱーい」」


 始まりの乾杯をし、二人はそのまま景気よくぐいっと酒を飲みほした。ぷはーと息をつくと、なんだか可笑しくなったのか、二人は顔を合わせて笑う。


「私とお酒が飲めるようになるとはね。もう大人なんだねぇキッカも」

「年寄りみたいなこと言わないでよ」

「年寄りだよ、わたしは」

「……あぁ、そうだったわね」


 15年前は知る由もなかったことだが、ひかりの正体は1300年生きた巫女で太陽神そのものでもあるという。


「普通なら信じられないことだけど……まぁ、ひかりだものね」

「何勝手に納得してるのさ」

「いや、昔からやけに年寄りくさい助言が多くて、本当に女子中学生か疑惑があったわよ」

「うぇ? そうかな? 感性はいつまでも若いつもりなんだけど」

「たしかに子供っぽい言動を取る節があるわね」

「でしょー」


 ひかりは昔から子供の遊びで喜んだり楽しんだりしていた。確かにその点では感性が小学生並みといえなくもない。


「なんで私だけ一人で呼び出したのよ」

「色々と大人の話をしたくてねぇ」


 瀬良ちゃん(28)は大人扱いじゃないのか……と思いつつ、菊花はふと疑問に思ってたことを質問した。


「どうして当時の私たちには正体を言わなかったのに、今明かしたの?」

「当時は正体明かすのにリスクがあったとかそういう理由もあるけど、一番の理由はそういう打算的なことじゃなくてね」

「うん」

「当時はキミらと同じ中学生をしたかったとか、そんな感じ」

「えらく私情をはさんでるわね……」


 あまりな適当具合に頭を抱える菊花。ひかりは当時から気まぐれで、意味の良く分からないことをしていた。それに振り回されることも多かったと菊花は思い出した。反面、それが後で必要なことだと分かって助けられることも多かったのだけど。

 ひかりはまた唐突に話題を変える。


「あ、そうそう。雷電は元気?」

「見ての通りよ。ちょっと小さくなったけど、変わりないわ。たぶん」

「まー、消滅しなくて良かったよ。わたしあの子好きだし」

「え、そうなの?」

「だって雷電はわたしの子だもん」

「……え?」


 突然意味の分からないことを言い出すひかりに、固まる菊花。


「これも言ってなかったけど、実はわたし子持ちなんだ。雷電はわたしの子の一人」

「え、えええええ!?」


 見た目中学生、いや下手したら小学生に見える少女の口から出たとは思えない言葉に、菊花は驚愕を隠せなかった。思わず肩をつかんでひかりを揺すった。


「だ、誰? 相手は誰なの?」

「えーと……いろいろ?」

「色々って何!?」

「1300年以上生きてればそれなりに……ね」


 がくんがくんとひかりを揺さぶる菊花だが、揺られてるひかりは少し口元が緩んでる。動揺している菊花を見るのが愉悦、そういった感情を隠せてないようだ。

 しばらくして、落ち着いた菊花をなだめすかすようにひかりが言う。


「まっ、別に雷電は誰か相手と作った子ってわけじゃないけどね」

「そうなの?」

「この体は特殊でね。勝手に魔力が溜まるし、魔力が溜まりすぎると放出しなければ暴走することもあるんだ。そんなときに力を放出すると、勝手に神獣が生まれたりする」

「なんか……やっぱり人間じゃないわね、あなた」

「そだよー。元人間だけど、もはや巫女ってカテゴリーですら無いんだよ。神様なんだよ」

「偉いのね」

「えらいよー」


 偉い偉いと言いつつ、何故か手頃な位置にひかりの頭があったのでつい撫でてしまう菊花。ひかりは子供のような振る舞いをする為、周りの人間はつい子供のように扱ってしまう。ふわふわとした髪質がとても心地よく感じる。


「……はっ、私は何を」

「浮気だね。妹馬鹿のキッカが。最近良子ちゃんがしっかりしてきて寂しい?」

「そんなことは……ちょっとあるかもしれない」

「分かりやすい子だねぇ」


 そう言ってひかりが手を伸ばして菊花の頭を撫でる。そういうところが年寄りくさいんだ、と菊花は思ったが、特に抵抗はしなかった。


「キッカは本当に良く成長した。まさか30まで魔法少女をやってるとは思わなかったけど」

「それはまぁ……そうね」

「大丈夫大丈夫。前例が無いわけじゃない。魔法少女の力は思春期がピークで後は徐々に落ちていくってのが普通なんだけど、たまにそうじゃない人もいるし。ただ、キッカは元々そういう『特別な人間』じゃなかったから凄いなって思って」

「そうね……他の子たちを見てると、自分に魔法少女の才能が無いって思い知ったわ」


 そう言って、菊花は当時の仲間たちのことを思い出す。天乃ひかりは置いといて、他の3人……赤井桃子、風早ちふる、瀬良清美……みんな魔法少女としては規格外の力を持っていた。今の魔法少女であるむつきや佐藤良子についても同様だ。


「魔法少女の才能ってどこで差がつくのかしら?」

「生まれつき、だね。特別な出自であれば強い魔法少女になることは多い。後天的に才能が伸びてくるっていう例外もあるにはあるけど」

「みんな特別だったってこと?」

「うん。ちふるんは有名な戦国武将の家系。セラちゃんの家は元神職。モモちゃんは一般人に見えるけど、実は有名な霊能者の生まれ変わり」

「よく分からないけど……やっぱりすごいのね」

「まぁ、血統に恵まれても才能に恵まれないこともあるし、一概には何とも言えないけどね。でもあの子たちは特別だった」

「私だけ特別じゃなかったのね」

「そうだねー」


 自分だけ仲間外れだったこと、実力不足だったことを当時から感じていた菊花は内心孤独と不安を抱えていた。そんな菊花にひかりが「まぁまぁ、これでも食べて」とさきほど店員に注文した小鉢を勧める。それは魚の干物であり、噛むと弾力がありいい具合の塩加減と旨みが口の中に広がった。


「美味しいわね」

「これサメの干物」

「……このへんの人ってサメ食べるの?」

「よく食べるよ。海産物は色々食べるよ」


 菊花にとってはサメは食べるものでは無かった。菊花は幼い頃の記憶を引っ張り出す。確か亡くなった父親が1回だけ小型のサメを釣ってきて、捌いたことがあったっけ。味は覚えていないが、独特のアンモニア臭がしてあまり美味しくなかった記憶がある。懐かしい記憶だ。

 今も思うことがある。もし、両親が生きていれば今の私はどういう人生を送ってただろうかと。今更考えても無駄なことだ。でもあの頃は、本当に普通の子供で、普通の家庭だった。


「……人生って分からないものね」

「……ねぇ、キッカは今の人生で良かったと思う? キミは悪魔にさえ出会えなければ本当に普通の人間として生きていた可能性もある。もし魔法少女にならなかったら……とか考えたことない?」

「分からないけど、結果的には良かったと思うわ。辛いことも沢山あったけど、幸運な出会いに恵まれたわ。あの頃のわたしでは考えられなかったくらいに」

「そっか。もう前向きに考えられるくらいには大人になったんだね」

「辛いことばかりが人生じゃないわ。それに……良子ちゃんもいるしね」

「あー、はいはい。やっぱりシスコン」

「うるさい」


 菊花はこつんとひかりの頭を小突く。ひかりは大げさに「あいったー」と痛がるふりをして菊花をからかう。そして不意にまじめな顔をして、菊花に向き合った。


「やっぱり、キミには洗いざらい話すべきだろうね。キミはもう魔法少女じゃなくなったけど、まだ他の子を支える役目がある」

「……そう。話すって15年前のこと?」

「それもあるけど、まず一番重要なことを知っててほしい。佐藤良子に関することだ」


 そう言ってひかりは語りだした。

※赤井桃子は元々「赤石桃香あかいしももか」という名前でしたが、登場人物に「菊花」「銀華」などの名前があり、若干名前かぶりがあるのと変換ミスが多発することが非常に気にかかった為、今回より赤井桃子あかいももこに名前を変えています。過去分も順次訂正中。


【魔法少女の出自に関する裏設定】

・赤井桃子=えんのおづぬの生まれ変わり。血統は普通。

風早かぜはやちふる=武田信玄の家系。名家。前世は風祝かぜはふりであり、風になにかと縁がある。

・瀬良清美=元神職の家系。もっと先祖を辿ると平清盛の家系。前世では荒れ狂う龍(という名の川の氾濫)を鎮める為、生贄にされて死んでいる。水に悪い意味で縁がある。

・井上菊花=一般家庭の子だが、悪魔の被害に遭ったことで後天的に魔法少女の才能に目覚める。


・天乃ひかり=1300年前の人物で、かつては神話を口伝する巫女だった。天乃ひかりという名は人間をやめてから名乗り始めた名前で元々の名前は違う。先祖がアメノウズメ。アメノヒカリという名もここから取っている。

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