102 魔法少女と巫女
「おーい弟ー、お茶ー。全員分ねー」
ひかりが呼びかけると、奥から陰陽師風の和装の誰かさんがお盆を持って出て来た。ちょっとマテ、見覚えがあるぞ。黒髪おかっぱで兎のお面をつけているその少年は……
「『調整者』……!?」
キッカ姉とむつきの表情が険しくなり、警戒レベルを引き上げるのが空気で分かった。だってこいつ、明らかに友好的では無かったし、刀抜いてきたし。その様子を見たひかりは手をかざして制止のポーズを取った。
「待って待って。こいつは私の弟だよ。神としての名は月読尊」
「えっ、ツクヨミ?」
月読尊。古事記を読んだことのある私でもあんまり知らない神様だ。なんせ、記述があまりにも少ない。天照、スサノオと一緒に三貴士と呼ばれる偉い神様の一柱なのに、全く神話上に話が出てこない。夜を司るという謎の神様……
「まぁ、表立っての活動は無いけど、裏で色々とやってもらってるの。戦闘力はわたしより低いけど、ちょっと色々と便利な能力を持ってるから、調整者としての役割をね」
ひかりが紹介してる間にも、ツクヨミと呼ばれたそいつは一言も喋らずに、もくもくとお茶を注いでいる。あの、さっきまで結構敵対的だったよね。何か気まずいんだけど……
「その、貴方の弟さん。さっき刀向けてきたんだけど……」
キッカ姉ちゃんがそう言うと、ツクヨミは怯えたようにビクッと肩をすくめた。そして小声で絞り出すような声で言った。
「ご……ごめんなさぃ……のじゃ」
「へ?」
意表を突かれた。すごい弱々しい態度で、さっき会ったときとは180度全く違う。兎のお面で隠されて表情は窺い知れないが、さっきとは別人だ。
「なに……一体どうしたの……?」
「改心した?」
他のみんなも戸惑ってる。するとひかりは説明しだした。
「あー、この子は今『表』モードなんだ。普段調整者として出してる人格は『裏』モード。面倒くさいから『裏』には引っ込んでもらってる」
「表とか裏とか……何ですの!? 二重人格ってこと?」
ダブルって何だ。かっこいいと思ってるのか銀華。
「ま、ちょっと違うけど似たようなものだ。この子……というかわたしもだけど、神様であると同時に巫女なんだ」
「……巫女?」
「うん、巫女」
「ひかりんも?」
「うん、巫女」
天乃ひかりがさらりと言うけど、『巫女』って言葉はこの場で初めて出て来たはず。確かにひかりは巫女っぽい服着てるけど、じゃあ『魔法少女』ってどこから出てきた?
「え、ひかりんは魔法少女じゃないんすか?」
「魔法少女かー。まぁ、それについて今から色々と説明しようと思う。とゆーわけで弟、お茶ー」
「はい……どうぞ」
ツクヨミが全員にお茶を配り終えると、ひかりはずずーとお茶をすすり、一息ついた。私もお茶を飲む。うん、緑茶のはずなのにほのかに甘い。熱すぎずぬるすぎず、適温だ。心遣いを感じるお茶だ。じんわりのどに沁みてくる。
「あの、茶菓子もどうぞ……なのじゃ」
そう言って赤福を薦めてくる。それさっき神宮に来る前に食べた。まぁ食べるけど。
「……ホントに別人ね」
「うん、別人なんだよ実際」
「てゆーか男の子だと思ってたっすけど……今見たら完全に女の子じゃないっすかこの子?」
「え? ホント?」
確かに声音もさっきより高くなっているし、仕草も柔らかくなっている。華奢な体、さらさらした髪、仮面で顔は伺えないし胸のふくらみはあるかないか確認できないが、普通に見たら女の子にしか見えなかった。まぁ、元々性別の判断がつかない姿だったけど。
「言ったでしょ、『巫女』だって。つまり体は女の子なんだよ。私の弟だけど、男なのは『神獣』の部分だけ」
「そうだったんすか! 今まで女だと思ってなくて失礼したっす!」
「いえ……わらわの体に凹凸が無いのが悪いのじゃ……気づかなくて当然なのじゃ……」
やめて、悲しくなってくること言わないで。
かくいう私も彼女とそう変わらない。身長150cmでチビの部類だし、胸のサイズも……やめとこうこの話題は。
「それで、どこから話を聞いたらいいかしら……いろいろと疑問が多すぎて、分からなくなってきたわ」
「んー、じゃあわたしたちのことから説明するかぁ」
そう言って少し逡巡して、ひかりが話し出した。
「さっきも言った通り、わたしは『巫女』だ。いや、『巫女だった』と言ったほうがいいか」
「どういうこと?」
「今のわたしはこの身に『天照大神』という神獣を降ろし、一体化した存在だ。キッカとセラちゃんはこの現象に心当たりがあるよね?」
そう話を振ったが、キッカ姉は首をかしげる。一方セラちゃんは考え込むようにうつむく。
「えっと、どういうことかしら?」
「はぁ……キミがあんまり考えないところは以前のままだね。はい、セラちゃん正解をどーぞ」
「『神獣合身』っすよね?」
「はいあたりー。大正解ー」
ぱちぱちと拍手をするひかり。うん、わかんないから説明して。
「えっとねー、わかんない人に説明すると、魔法少女にはマジカルチャームの力を借りて行う通常の変身よりも強い変身形態があるの。マジカルチャームという間接的な力の借り方じゃなくて、神獣そのものを体の中に取り込み、より強い力を出すって方法がね。それが『神獣合身』。ていうかキッカがゼドと戦うときに使ってたやつ」
ほう、そんなものが。てゆーか知らなかったぞクロモ。そういうの教えてほしいんだけど。
「実はこれ、結構リスクあるのよ。キッカとセラちゃんは何度もやってるし、危険性については理解してると思うけど……はい、説明してキッカ」
「なんでそこで私に振るの……? まぁいいわ。私と雷電は神獣合身を行うことで何倍も強くなれるけど、よほどピンチにならないと使わないの。何故だか分かる?」
「わかりますわ。強すぎる力には代償が必要ですのね! 己の命とか!」
何故だか自信満々に言う中二病の銀華様。
「いや、ちょっと違うんだけど……えっと、神獣合身っていうのは自分の体に神獣そのものが入ってくる状態なの。神獣と魔法少女が一体になるっていうか……やってる最中は神獣と魔法少女の精神が一つの体に同時に存在するの。つまり……」
「吾輩とキッカ、よっぽど気を許している関係でないと中で喧嘩しあうのだ」
小犬の雷電が説明を補足する。えっと、それって私とクロモじゃ無理じゃん。
「まぁ、銀華の言うとおり体にも負担がかかる。自分の力を超える強い魔力は人間側を蝕むし、代償は命というのも大袈裟かもしれんが、神獣の存在そのものを取り込むので、魔力を使い果たせば最悪神獣側が消えるということもある。極力、やらない方がいい」
「うん、だから魔法少女には基本的に神獣合身を教えないことにしてるんだ。それ神獣界のルールね。まぁ、多少の例外はあるけど」
そう言ってひかりはキッカと瀬良ちゃんを見る。二人とも当然のように知っているようだ。
「あなたが教えたんでしょ」
「そうだったね。まー、非常時は仕方がないということで。でもね、昔はマジカルチャームみたいな便利なもの無かったんだよ。昔は神獣の力を借りるのに神獣合身するのが普通だった。そしてそれを『神降ろし』と言い、その役割を担う者を『巫女』と呼んだ」
えっと、それってつまり……
「今じゃ巫女は神社に務める女の子くらいの意味になったけど、古代においてはそうじゃない。巫女は神獣の力を用いて戦う『魔法少女』だったんだ」




