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98 神域の獣耳幼女

 光の中を越えた先には空が広がっていた。そしてその中で浮かぶ小さな大地。そこに草木が生い茂り、社殿が建っている。周りの空を見渡すと、他にも小さな島がぽつんぽつんと空に浮かんでいる。あまりに現実感が無い光景だ。

 それを見た瀬良ちゃんが思わず立ち上がり、叫ぶ。


「すごい!! ラプュタは本当にあったんだ!!」

「ちがーう! これは高天原たかまがはらだっつーの!!」


 感動的な光景を前に金曜夜によく再放送される懐かしのアニメ映画のネタをぶっ込む瀬良ちゃんに対し、即座に突っ込む小さな神様スクナヒコナ。そしてまたもや「たかまがはら?」と新単語が出てきてわからんという顔をしてる銀華。お前本当に日本人か? デンが説明しだす。


「いいか。高天原というのは日本の神の中でも天津神あまつかみが住まうという神話の土地だ。だが……吾輩もどこにあるのか知らなかった。こんなところに来るのは初めてだ」

「ははっ! 普段は神格の高い神獣でなきゃ入れないところだよぉー! まぁ今回はあの御方が招待したから特別ってことだなぁ!」

「あの御方って……もしかして調整者?」

「ちがうちがう! もっとえらーくて尊い人! まぁ会ってみりゃわかるぜ! 楽しみにしてな!」


 小さくてよく見えないが、ニヤリと笑ってる風に見えるスクナヒコナ。というか、私たちは天乃あめのひかりって人に会いに来たんだけど……キッカ姉も呆然としてる。


「ひかりに会いに来ただけなのに、なんだか凄いところに来ちゃったわね」

「てゆーかひかりんに呼ばれたんだから、やっぱここにひかりんがいるんじゃないっすか?」

「まーまーとにかくついてこいって! お前ら運がいいぜー。普通はこんなとこ、人間なんて入れねぇから!」


 そう言ってぴょんこと龍神の背から降りて、ぴょんぴょんと跳ねながら進むスクナヒコナ。虫みたい。私達も降りて、大地を踏みしめた。


「それにしても、高天原ってもっと広くて田園風景とか高床式倉庫とかあると思ってたわ」

「ここは本島じゃなくて離れの小島なんでい! まー、本島の方もそんな弥生時代のような建物じゃなくて、高層ビルとか建ってるけどな!」

「近代化してるの!?」


 なんとゆーか、神話の土地なのにちょっとがっかりである。でも、その本島ってのもいつか見てみたいな。

 進路はやしろへと続いてる。空気は清浄で、吸い込むと肺が洗われるようだ。太陽の中に突っ込んだ先なのに、空には太陽が浮かんでて、ぽかぽかしたいい陽気である。

 すごく気持ちがいいところなのに、クロモが警戒心マックスの真剣な声色でつぶやく。


「……とうとうここまで来ちゃったか」

「どうしたの、クロモ」

「良子。そもそもボクはこんなところについてくる気は無かったんだ。だけど、ボクだけがヤツに直接声をかけられた」

「ヤツ? ヤツって誰?」

「気付かれてないと思っていたが、ヤツはとっくに気付いていた。その上で容認してたとのたまった。ヤツは一体、誰の味方なんだ……」

「いや、さっきからなにブツブツ言ってるのよ」


 私が意味不明のことを言うクロモのほっぺをつねってると、空から唐突に人が振ってきた。

 だんっ!と着地したその姿は、兎のお面をつけた平安時代みたいな服装の少女。私たちは見覚えがある。先日会った調整者とかいうやつ!

 調整者は扇子を口に当てて、こちらをぐるりと見渡す。お面をつけているので、その表情はうかがい知れない。だけど、不意にむつきの方を向き、威圧するような低い声で話しかけてきた。


「確かに其方には来いとは言った……だが、此は了承しておらん。この神域に穢れた者を連れてくるとは……!」

「え……え?」


 動揺するむつきに対し、調整者がばちんと扇子を鳴らすと、その扇子が刀へと変わった。突然向けられる殺気に反応して、キッカ姉がむつきをかばうように前に出る。


「刃物を降ろしなさい」

「井上菊花か。もはや魔法も使えないただの人間の身で、何をするんぢゃ?」


 そう言われても、素手で構えるキッカ姉。刀を構えた調整者に対し、一歩も引くことはない。


「魔法があろうと無かろうと関係ない。彼女は私が連れてきたもの」

「なにゆえ?」

「だって、貴方に会いに来たわけじゃないし。ここが神域とか知らないわよ。私は天乃ひかりという個人に会いに来ただけ」

「詭弁を……」


 いや、詭弁じゃないでしょ。キッカ姉の言ってることはもっともである。私は場違いかもしれないけど、言いたかったから口を出した。


「別に私たちは神域に来ようとか穢そうとか思ってない。キッカ姉ちゃんの知り合いに会いに来ただけ。なのになんでこんなことになっているの? 説明して」


 私もキッカ姉と一緒に前に出る。調整者が不愉快そうにこちらをじとりと睨みつけた、気がする。仮面越しに。ヤツがすらりと抜いた真剣は磨きあげられた鏡のような輝きを放ち、よく斬れそうだ。でも、この中じゃ私が一番防御力が高い。受けるなら私だ。……来るなら来いよ。


「はっはっは! 剛毅な嬢ちゃんだなあ! 真剣を抜いた相手にびびらねえでこの態度はすげえな!」


 張り詰めた緊張を解くように、スクナヒコナが快活に笑い飛ばした。そしてぴょんこと跳ねて私たちの間に入った。


「まー待てや、ツキのアンちゃんよ。こいつらはおれっちが案内したんだ」


 ツキのアンちゃん? 調整者のことをそう言っているのだろうか。月? アンちゃんって言ってるから、少女じゃなくて少年なのかこいつは。


「……スクナヒコナか。何故入れた? 分かっておるのか? ここがどれだけ重要な場所かを」

「そんなん分かってらあな。だがおれっちはこいつら全員をここに連れてくるように言われてんだ。おめーさんはあの御方の言うことに逆らうつもりかい?」

「姉上は甘いのぢゃ。穢れは祓わなくてはならない。姉上がやらないのなら、此方が祓おうぞ」

「はー、これだから潔癖症の坊っちゃんは」

「なんぢゃと?」


 調整者が怒気を孕んだ声を出す。一触即発の空気。刀を抜いた調整者が一歩前に踏み出そうとしたとき、突然夜になったかのように視界が真っ暗になった。


「わ、暗っ!?」

「何も見えねっす!」


 突然の周囲の変化に驚く私達。調整者が何かしたのか?


「な、なんぢゃ? もしや姉上か?」


 いや、こいつじゃないみたいだ。向こうも動揺してる。空を見上げると、真っ暗な夜空に一点だけまばゆい光を放っている箇所が見える。まるで太陽の光を収束しているかのような、一点。


「こ、これってまさか、ひかりんの魔法の……『一夏の光爆撃太陽砲サンサンライトシャワー』!?」

「……伏せて!」


 知ってるのか瀬良ちゃん! なんだその技名。あわててキッカ姉が叫ぶ。やばい雰囲気だこれ。

 天に集まった光は、調整者めがけて降り注いだ。


 ドオン!


 地面に叩きつける滝のような光の束。めちゃくちゃまぶしくて前が見えない。目を開いていると火傷してしまいそうで、私は思わず目をつむった。

 少しして光がおさまり、暗くなっていた空が光を取り戻した始めた。私がおそるおそる目を開けると、直撃をくらった調整者が見事にこんがり焼けていた。


「あっづうううううう!」


 悲鳴をあげてごろごろと転がる調整者。確か体に火がついたときって地面にごろごろ転がると火が消えるんだっけ? それにしても、さっきまでシリアスな感じだったのに、なんというか……とても無様だ。


「ほうら、あの御方を怒らすからこうなるんでい。おおこわこわ」


 スクナヒコナが他人事のように呟く。おそるおそる瀬良ちゃんが聞く。


「えと、やっぱりさっきから言ってる『あの御方』って……」

「あーうん、なんつーかもう気付いただろうけどな。というか最初から内緒にしとく意味ないんだけどな! まぁ、とにかく中に入れって! すぐわかるからな! そこのゾンビっぽいやつも含めてお前ら全員だぞ! な!」

「あう、ゾンビって……」


 小人の神様にもゾンビって言われて落ち込むむつき。でもとりあえず障害は消えて招き入れられた。社のふすまはいつの間にか開いていた。ごろごろと転がってる苦しんでる調整者は放っておいて、私達は靴を脱いで、そろりと中に入っていく。ひんやりとした木の床だ。


 中に入ると中央に縄で四方を囲まれた祭壇があった。その中に、一人の幼い女の子が横たわり、死んだように眠っていた。身長1m程度。小学生を通り越して幼稚園児のような小ささだ。まごうことなき幼女。幼女が何故ここに?


「あの子は……」


 なにか言いかけたキッカ姉だけど、そのとき幼女の指がこちらに反応したかのようにぴくりと動いた。ぼうっと幼女の体が光に包まれ、そのままふわっと宙に浮いていく。そして、幼女はこちらに体の正面を向けて、ゆらりと降り立った。

 幼女の体を包んでいた光が消える。そして幼女はゆっくりと目を開いた。お日様のように金色に耀く瞳。白くてさらさらの髪。体より若干大きい巫女服が、幼さを強調していた。5歳児並の小さな体躯の少女だが、普通の人間の子供とは漂う存在感の格が違っていた。そして明らかに普通の人間とは違う部分が2つ。犬のような耳と尻尾がぴょこんと生えていた。


 立ってこちらを見ているだけの彼女が、とても畏れ多く侵しがたい、迂闊に話し掛けられない雰囲気をだしている。人の形をしているけど、人間離れした神秘的な幼女だ。


 と、思ってた。さっきまで。


「……ふああああ~……ねむ」


 さっきまで神秘的な雰囲気だった獣耳幼女がおおあくびをして、体を伸ばした。その瞬間、神秘的な雰囲気が雲散霧消し、まったりと脱力感がただよう。


「……うん、起きた。起きたぞわたしは……ねむい」


 目をこすり、眠気を吹き飛ばすようにいっちにいっちにとストレッチをする幼女。ストレッチが終わるとこちらを見て、ひらひらと手を振った。


「おはよー。そして久しぶりー。元気だったー?」


 にへらにへらと表情筋を弛緩させた自然な笑顔で笑う姿は可愛らしいが、久しぶりと言われても、こちらは全く覚えが無い。代わりにキッカ姉と瀬良ちゃんが反応した。


「ひかり……? やっぱりひかりなのね?」

「うわー! ひかりん久しぶりー! 会いたかったっすー!」


 え、この幼女が? えっと、キッカ姉達と同年代の魔法少女なら、アラサーのはずじゃ……? それにこの獣耳って、人間なの?

 再会を喜んで幼女に飛びつく瀬良ちゃんだけど、祭壇の中の幼女を囲む縄を越えようとすると、ばちんってはじかれた。


「ぎゃふん!」

「あー、ごめんごめん。ここから出るねー」


 幼女はひょいっと縄をのけて祭壇の外に出る。私はキッカ姉に聞く。


「ねえ、あの子が天乃ひかりさん? なんか聞いてたのより随分幼いけど……」

「うーん、15年前はあんなに小さくなかったんだけど……私にもよく分からないけど、多分あれはひかりね。多分」


 何故か確信を持って言うキッカ姉。仲間だったから分かるのだろうか? ところが、その幼女は首を横に振った。


「ちっちっち。違うんだなー。ミステリアスな転校生にして最強魔法少女の天乃ひかりは確かにわたしのことだけど、それは仮の姿であった!」

「仮の姿?」

「あれから15年……あのときは秘密だったけど、遂にわたしの正体を明かすときが来たようだね!」


 いや、あれから15年とか言われても、私は初対面なんだけど。だけど構わず幼女は言う。


「わたしの本当の正体は、天照大神あまてらすおおみかみ! 日本の太陽神にして最高神の天照大神様だー!」


 名乗りと共に天を指差す謎ポーズを決める幼女。


 ……え、この幼女が日本の最高神? 話についていけないんだけど。

・調整者

挿絵(By みてみん)

普段は兎のお面をしてて顔を隠してる。外見上は少女。黒髪おかっぱ。平安貴族のような古風な服。背は良子より小さい。

天乃ひかりの絵は次回くらいに公開したい

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