1 魔王
異空間-―現実世界とは異なる闇の世界がここには広がっていた。暗く、閉塞されたような圧迫感を感じるのに、空は果てが見えないほどの闇。荒野、街中、砂漠、森……歩を進める度に周囲の景色が目まぐるしく変わり、まるで終わりの見えない夢の世界に閉じ込められてしまったようだ。
そんな異空間をひたすら駆けていく、5人の少女がいた。
少女達は闇を照らす光に導かれ、やがて外壁のなくなり朽ちた柱ばかりが残っている城跡のような場所に辿りつく。
そして、この異空間の最も深淵なる闇に5人の少女が対峙していた。
「魔法少女か……ただの人間がよくもここまで辿りついたものだな。神獣どもの仕業か」
闇は彼女らに語りかけた。その声は腹の底に響く低音で、本能的に思わず震え上がるような恐ろしい声だった。
「あなたが……魔王!」
先頭に立った少女が呼びかけると、不定形だった巨大な闇がやがて1つに集まり形を作る。闇の塊に目と口のようなものができ、少女達に向かいあった。
「そうだ。我こそが魔王ブラックモア。全ての闇を支配する者」
魔王が名乗ると、少女達は身構えた。魔王の名乗りはそれ自体に強い力が働くのだ。
少女達の周りで輝く光は、魔王の発する威圧感に負けないように、更に輝きを増した。
「ここまできたんだ!絶対に負けるもんか!」
「もうこれ以上悲しみを生まないために!」
「お父さんとお母さんが待ってるもの!」
「全ての愛と希望を込め……」
「魔王ブラックモア……あなたを倒す!」
希望の光に勇気づけられて、少女達……5人の魔法少女達は光の中から武器を取り出した。
「いいだろう、愚かな魔法少女どもよ。我が闇の力の贄となるがいい!」
少女達が武器を構えると、闇の魔王の背から、空の全てを覆いつくすような6対の巨大な黒翼が広がる。
そして、魔法少女と魔王との最後の戦いが始まった。
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時は流れ、15年後……
「うぐぐ、魔法少女どもめ……よくもやってくれたな」
そこにはかつて強大な力を持っていた魔王のなれの果てが転がっていた。そう、魔王は魔法少女達にかんぷなきまでに負けたのであった。
それで最後に「人の心に闇がある限り、私は必ず蘇る」というお決まりの台詞を言い残し、15年経ったが見事ここに復活したのだ!
……まぁ、昔よりはるかに弱々しい姿ではあるが。
漆黒の闇の塊のような体はそのままにミニマムサイズにスケールダウン。小さな体に不釣り合いな大きな白いツノと、コウモリのような羽、大きな目と八重歯の覗いた口がチャームポイントの、なんというか愛玩動物みたいな姿になって。
「どうしよう、これ」
どこからともなく取り出した手鏡を見て、魔王はため息をついた。
「元に戻るのに何百年かかるの?いや、下手したら何千年?」
そうつぶやき、空を見上げた。
「空、青いなぁ……」
既に元いた異空間を維持する魔力すらなくなり、現実世界に放り出された魔王は、途方に暮れる。
どうやらここは公園のようだ。子供たちがブランコで遊び、それを見ながらリクルートスーツを着た就活生がベンチでうなだれている。
「そっか、就活シーズンか。この時期になるといい絶望が大量に集まるというのに」
だが、もし今の体で人々を襲ったところで、どこからともなく魔法少女が現れてワンパンでやられてしまう未来しか見えない。
力だ。まずは力を蓄えねば。
魔法少女は強い。悪魔の天敵である魔法少女は神獣の力を借りて変身し、魔法を使う。そして倒した悪魔の魔力を浄化し、その力を自分の魔力に変えて更に強くなる。その力はどこまでも強くなり、魔王すら倒す可能性がある。
「ん、待てよ?魔法少女は倒した悪魔の魔力を浄化して吸収して強くなるんだよね……?
これって……浄化しないでそのまま吸収したら、悪魔の魔力のままだから、元の魔王に戻れるんじゃね?」
おお、なんと名案か!題して「人々を襲わずに悪魔の魔力を吸収する作戦」!
しかしすぐにそれが容易ではないことに気づく。
「いや、無理か……?他の悪魔の魔力を横取りして吸収するところまではいい。だが、それだけだと直接的ではないといえ、魔法少女に狙われる可能性は依然としてあるし、そもそも今の我で悪魔に勝てるのか・・・?」
そこで更なる名案が閃いた!
「そうだ、我が魔法少女を作ってそいつに悪魔を倒してもらおう」
それは天啓だった。悪魔の天敵である魔法少女を、よりにもよって悪魔の王である魔王が作りだすのだ!
なんという恐ろしい計画か!
魔王の逆襲が、15年経ってようやく始まろうとしていた……!