悪役令嬢と神聖なるストーカー
彼女は、うっすらとした微笑みを浮かべながら、花を摘んでいた。
この国では珍しい、健康的な水鳥の羽のように、艶のある真っ黒な髪が、彼女が首を僅かに傾げるたび、さらさらと流れる。
その瞳は紅玉をそのままはめ込んだかのようで、見つめるものすべてに祝福を与えているかのようで。
肌の白さは未だ踏みしめられていない新雪すらも、申し訳なく思って溶けてしまいそうなほどだ。
彼女の美しさ、高貴さ、輝かしさ。
そのすべてが、この世に存在する何物をもってしても侵害することのできない尊さを象徴しているかのようだった。
あぁ、彼女はなんて美しいのだろう。
僕は、ため息をつきながら、彼女を見つめ、そう思った。
他の生徒たちから見つからないように注意深く辺りを見回しながら、学園の敷地内の森の中に入っていった彼女を見つけた僕は、その後をこっそりと、つけた。
それこそ、絶対に見つからないように、たとえ見つかったとしても言い訳をつけられるようにと、分厚い革張りの本まで手に持って。
その甲斐あってか、今のところ、僕は彼女に全く見つかっていないようだ。
彼女は、彼女のように可憐な足下の花々に夢中で、周囲の木々の中の一本、その背後に隠れながら、自分を凝視する不躾な銀色の瞳が一対、存在していることなど、夢にも思っていないようだった。
「……アリシア、喜んでくれるかしら……あの娘、このお花が好きだったはずだから……きっと、喜んでくれるわよね」
そんなひとりり言をつぶやきながら、花を摘み、そして器用に組んで花冠を作り上げていく彼女。
花畑の中に座る彼女は、彼女が身に纏うには少し野暮ったいように思える学園の外套ですらも、天使が手ずから作り上げた羽衣のように見せていて、誰がなんと言おうと女神さまそのものであり……いや、女神よりも遙かに美しいようにすら思えてくる。
ちなみにアリシア、というのは彼女の侍女であり、学園に貴族令嬢の身で通う彼女の身の回りの世話を行うため、彼女の実家からついてきた使用人のひとりである。
本来、この国……大陸の端に申し訳程度の領土を持つこのヘリオス王国における貴族令嬢というのは大体が気位が高く、侍女や使用人のことなど一切気にかけることがないのが普通であり、そんな中、彼女のように、侍女を同じ人として扱い、愛情を感じる者など稀である。
それなのに、彼女はわざわざ侍女の好きなものを覚えて、それを自らの手で採取し、花冠にして贈ろうとしているのだから、驚かない方が難しい。
他の一般的な学園生が、彼女のしていることを見れば、そんなことをなぜしているのかと、首を傾げることだろう。
しかし、彼女はそんな周りの視線など、気にはしないのだ。
彼女のその白い肌の底、胸の奥には、慈愛の心と、それを実践する正しい淑女が住んでいて、僕はそのことをよく知っている。
彼女の中の淑女は、人の価値に優劣をつけることはしないのだ。
だからこそ、僕はこうして彼女を後ろから、見つからないように見つめているのだった。
それから、僕の見つめている間、彼女はずっと作業に夢中になっていたが、花冠ができあがると、
「さて、と。これでいいわね。ええと、このままじゃ、すぐに枯れてしまうから……《不変》」
そう言って彼女が花冠に手を翳し、呪文を唱えると、彼女の周囲にふわりとした光が輝き、そして花冠にゆっくりと吸い込まれていった。
あの呪文は魔術のそれであり、そして光は魔力の放つものである。
しかも、彼女がたった今使用したものは、非常に高度であると言われる魔術の一つで、学園生にそう簡単に扱えるものではないはずだった。
物質に魔力を込め、状態を維持する魔術。
大陸でも最も魔術研究が盛んなルーナ・プレーナ魔導帝国の魔導研究所が編纂した、近代魔術典範に基づく階梯評価からすると、第7階梯の後半に記載されているものだ。
16、7の少女が扱えるのは、せいぜいが第2階梯であり、そしてそれでも充分に優秀と言われる。
第7階梯と言えば、専門の研究者がやっと扱えるかどうか、というレベルのはずだ。
使う魔力量も決して少なくないため、使えたとしても対して魔術になれていないこの年ごろの少女であれば、疲労困憊となってもおかしくない。
けれど彼女は汗一つかく様子はなく(個人的にはうっすら汗がにじんでいてほしかった)なんでもないような顔をして頷くと、
「よし、これで大丈夫」
と言って、太陽をちらりと見る。
言いながら、少し握り拳を作る仕草がかわいかった。
それからすこし考え込んだ彼女は立ち上がり、頷いて、歩き出した。
その足取りに迷いはなく、しかも優雅で僕は一瞬見とれそうになる。
いや、先ほどからずっと見とれていて、その度にため息を吐いていたけれど。
しかし、見とれながらも、ふと我に返り、冷静になって彼女の向かっている方向が自分の方であることを察した僕は、少し慌てた。
僕の存在に気づいてこちらに向かってきているわけではないだろうが、しかし、よくよく考えれば僕が隠れているのは彼女と学園本館の間である。
これから午後の授業があるのだから、その足で寮に向かうわけでもないだろうし、そうなると当然、作業が終われば学園本館がある方向であるこちらに来ることになるのは、初めから予想がついていた。
にもかかわらず、こんな一歩間違えれば存在が露見するような場所に僕が陣取ったのは、ここが、一番彼女を観察しやすかったからに他ならない。
他にも観察できる場所はあったのだが、僕にはこれほどの好アングルがあることを知っていながら、無視することはとてもではないができなかった。
それは、冒涜である。
何に対してかと言えば、それは彼女の美しさ、かわいらしさについてである。
何が何でも、僕はここから彼女を見なければならなかったのだ。
しかも、それでも、彼女が作業を終わる直前で学園に引き返せばそれで問題ないはずだったのだが、見とれすぎてその間を失ってしまった。
宝物に夢中になって逃げ遅れる阿呆な泥棒とは僕のことであると心底思った。
仕方ない。
宝物があまりにも輝きすぎているのが悪い。
しかしそれにしても、さて、どうしようか。
今、ここから出れば、彼女の目はこちらに向いているのだ。
当然、僕の存在に気づくだろう。
そんな状態で学園に向かって歩き出せば、彼女のことだ。
僕が彼女をつけていたことに気づくだろう。
そんな自体は絶対に避けなければならない。
ではどうすれば……。
少し考えて、僕は名案を思いつく。
いや、名案というか、最初の計画通りというか。
僕はどこにも歩き出さず、隠れていた木の幹に、彼女に感づかれないようにゆっくりと背中を預け、座り込み、そして手に持っていた本のページをゆっくりと開いた。
そう。
僕は、「え? ずっと僕はここにいましたけど。君がいたことなんて全く気づかずに本とか読んでいましたけど? それが何か?」という顔をしようという愚考を思いついたのである。
当たり前の話だが、普通なら、こんなことをしても無駄に決まっているだろう。
しかし、僕がこれをするということ、そしてその相手が彼女であるということを加味すると、そうはならない可能性が高いのだ。
そう、この試みは、間違いなく成功する。
僕はそう、確信していた……。
◆◇◆◇◆
花を摘み、作り上げた花冠の出来映えに満足した私は、枯れるのが惜しくなって、つい、花冠に魔術をかけてしまった。
こんなことをしては、本当はアリシアに怒られてしまう。
彼女は、私の侍女で、小さな頃から一緒に育ってきた幼なじみだ。
彼女はいつも私のことを心配してくれて、魔術もあまり人前では使用しないように、と口を酸っぱくして言ってくれる。
花冠に使った魔術は《不変》という少しだけ、特殊なもので、多くの貴族子女が通っているこの学園でも、使用できる方は少ないと言うことがその理由だった。
昨今は国同士の争いが激しく、高度な魔術の使い手というのはどの国も喉から手が出るほど欲しがっており、それがたとえ他国の貴族の令嬢であったとしても、誘拐して自国に強制的に忠誠を誓わせる、などということも珍しくないとまで言われている。
そんな中、目立つ場所で魔術を使うのは、身を危険に晒すからと、アリシアは私が魔術を使おうとすると止めるのだった。
実際、彼女の言うことはとても正しくて、どこそこの国のなんとか伯爵家の令嬢が誘拐された、彼女はとても魔力が高かった、とか、そういう話はたまに耳にする。
そしてしばらくすると、他国の貴族の妻になっていたりして……。
そういうことを考えると、確かに恐ろしいと思う。
けれど、今日は、いいだろう。
だって、周りには誰もいなかった。
しっかりと《探知》の魔術で周囲に誰もいないことを確認したのだから、大丈夫。
それすらも、アリシアには怒られてしまいそうだけど、私はアリシアに、枯れない花の冠をあげたかったのだし、今日は特別に許してもらおう。
そう思って出来上がった花冠をしばらく見つめてから、
「よし、これで大丈夫」
とひとり言を言った。
ついでに、いいものができたと思って、ガッツポーズまでしてしまったのはご愛敬だ。
弟が、王都のお屋敷のお庭でお兄さまと木剣で模擬戦をしているとき、お兄さまに勝利するとよくしているのだ。
それをたまに私はまねをする。
人に見られるとはしたない、と思われてしまいかねないけど、誰も見ていないのだから、許されるはずだ。
ちなみに、弟がお兄さまに勝つときはいつも、勝利を譲られているのだが、そのことに弟はまだ気づいていない。
お兄さまは公爵家の跡取りとして生まれた方なのに、妙に茶目っ気のある方で、演技もとても上手で、本当にちょっとだけ、瞬間的に油断してしまった、というように振る舞い、勝ちを譲るのだ。
負けた後も、割とぐちぐちと言って、自分は決して剣の腕で負けたわけではないと弟に言い訳したりする。
昔は、私もお兄さまが本気でそう言っているのだと思っていたけれど、お兄さまが王宮で他の騎士の方を相手に模擬戦をされているのを見たときに、ああ、あれは高度な嘘だったのだと気づいた。
弟と戦っているときと、まるで速度が違うし、表情も目の動かし方も違っていたのだ。
弟も見たことはあるはずなのだが、なぜか、お兄さまの本当の腕を正確に把握できてはいない様子だった。
お兄さまがうまく隠しているのだろう。
私としては、そんな風に勝ちを譲られていると後で気づかれたらお兄さまは恨まれるのではないかと思ったのだけれど、お兄さまは、気づいてからまた強くなるのだと言っていた。
実際、お兄さまは父にそれをやられたらしい。
それに、別に手を抜いて訓練している訳ではなく、弟の全力を引き出した上で、ごくたまに、負けているだけだと言うことのようだった。
いつも必ず負けるとモチベーションが保てないから、必要なことだとも。
確かに、弟はお兄さまには全く及ばないが、それでも弱いわけではない。
同年代の少年たちと比べると一段も二段も上だ。
それを考えると、私が心配するほどのことではないのかもしれない……。
そんなことを考えながら、空に輝く太陽を見つめると、そろそろ戻らなければならない時間だと気づき、私は学園の方に歩き出した。
そして、気づいた。
私のいた場所からは見えなかったけれど、少し角度をずらした結果、ある木の後ろに人が一人、寄りかかっていることに。
しっかりと周囲の探知はしたはずで、それなのにひっかからなかった、というのはおかしいから、きっと私が探知した後にやってきたのだろう。
探知はかなり広範囲をして、後ろから私を追いかけている人物がいたら確実に気づくくらいの精度で行った。
ということは、別に私をつけてきたというわけではなく、一人で、なんとなくここに来た、ということになる。
とはいえ、私が魔術を使っているところを見られていたら、少し問題だった。
普通の魔術なら……第1階梯とか第2階梯とかなら問題はない。
この学園に通う令嬢なら、使えるものは少なくないから。
だけれど、先ほど私が使ったのは第7階梯のもの。
専門の研究者でなければ、構成の仕方すらわからないようなもので、どうしてそんなものを使えるのかと言われると困ってしまう。
私が知っている理由は叔父が王立魔術院の研究者で、小さな頃から学んできたからだが、その説明はできるけれど、魔力量の問題がある。
第7階梯の魔術を使っても大した疲労を覚えないくらいの魔力がある、とはあまり知られたくない。
だから、私は確認しなければならない、と思った。
木の幹に寄りかかる人を見つけたとき、その人が、私の魔術を見て、その意味を理解したのかどうかを。
しかし、近づいていくに連れ、その心配は無用だったことを悟る。
そこにいた人物は、私の知り合いで、しかも、手元に革張りの分厚い本を開き、それを真剣な表情で読んでいたからだ。
ほっそりとした体型に、月のように輝く銀髪、それと同じ色を持ちながら、深い、澱が沈んでいる井戸のようにも見える、気怠げで、知的な瞳。
静かにページをめくる手は長く、私はあの指が赤月琴を美しく奏でるのにとても有用であることを知っている。
そして何よりも、本を読んでいる彼が、他のことには全く無関心になってしまうことも。
私は、彼に、話しかける。
「……リュー。リュー・アマポーラ。そんなところで、何をしているの?」
しかし、彼は私の声にはまったく反応せず、本の文字を追いかける瞳だけが動いている。
たまに手がぺらりと、ページをめくる。
まるで、無視されたかのように感じてしまうほど、何の反応もない。
けれど、これはわざとではない。
彼は、いつもこんな風なのだ。
以前など、喧嘩をする屈強な学院生二人のちょうどど真ん中を本を読みながら突っ切った瞬間を見たことがあるくらいで、私はさすがにそのとき、唖然とした。
だから、私はめげずに話しかける。
ただ、今度は言葉だけでなく、その方を少し揺すった。
「リュー。聞いて。あなたが本を大好きなのは知っているけれど、友達として、ないがしろにされるのは、ちょっと寂しいの。少しだけ、私の方を向いてくれる?」
すると、流石に彼も本の世界から帰ってきたようだ。
驚いたように目を見開いて、私を見ると、リューは言う。
「……マリア。ごめん。まるで気づかなかったよ。僕の悪い癖だ……どうも、本を読んでいると周りが見えなくなってね」
やはり、何の心配もない。
彼は、私の存在など全く知らなかったことがこれでわかった。
そもそも、私が話しかけるまで、全く気づかずに本を読んでいたのだ。
初めからそんな心配などないとほとんどわかっていた。
「いえ、いいのよ。そもそも、こんなところでお友達と会うなんて、普通、思わないしね」
私の言葉に、リューはきょろきょろと辺りを見回し、微笑む。
「確かに、君の言うとおりだね。僕は静かに読書ができる場所を求めてここに来たんだから……でも、君はまたどうしてこんなところに? あまりご令嬢が来ておもしろいところとは思えないのだけど」
「それは、これよ。見て、上手にできたと思わない?」
そう言って、私はリューに花冠を見せた。
ちょうど私の顔の前の辺りに。
すると、リューはそれにも驚いたように目を見開いてくれて、
「確かに、とても綺麗だ……文字では言い表せないほどに、ね」
「あら、文字が何よりも大好きな貴方にそこまで誉められると怖いわね」
「正直な感想さ。自然とは時に、人がどれほど努力しても作り出せない宝物をこの世に顕してくれる……たとえば、君……の作ったその花冠みたいにね」
君、で一度止めてから言葉を続けたリューに私はちょっとだけ笑ってしまった。
一瞬、私のことを言われているのかと思ったからだ。
リューもそのつもりの冗談だったようで、ひっかかった私にいたずらっ子めいた視線を向けて、
「……ひっかかった?」
などと言うものだから、私も、
「淑女をからかうなんて酷いわ」
と言いつつ、リューの額を軽く弾いた。
彼は時々、こういうことをする。
優しさと、ユーモアのある、この学園の中ではとても珍しいタイプの人だった。
知り合ってからそれほど長くはないけれど、かなり仲が良く、こんな風に、いつも他の気取った令嬢や、権力に凝り固まった子息たちとは決してしない、朗らかな会話を楽しんでいる。
リューも当然、この学園に通っているのだから、貴族だ。
とは言っても、その出自は珍しく、他国から文化交流のための留学、という名目で通っている人である。
身分自体はそれほど高くないと噂で聞いたことがあるが、立派な貴族だ。
だからこの国の貴族とは少し、毛色が違っているのかも知れない。
リューは続ける。
「からかったつもりなんてないさ。君は美しい。その花冠と同じくらい、いや、それ以上にね」
これは流石に初めから冗談であるとわかったので、先ほどのようにあわてることもなかった。
けれど、そう何度も誉められるとやはり少し恥ずかしい。
だから、正直に言う。
「いやだわ。照れちゃうじゃない……」
「そんな……言われなれているだろう?」
リューのこの言葉の意味は、明らかだ。
貴族令嬢と言うものの仕事は、主にパーティーで顔を見せ、将来の旦那様を探すことである。
もしくは、美しく着飾って、花のようにその場を彩ること。
実際にそれができる令嬢がどれくらいいるのかはともかくとして、一般的にそう思われている。
そのため、貴族令嬢がパーティーなどに出れば、ドレスや、身につけている宝飾品のセンス、それにスタイルから顔貌の美しさまで誉め称えられるもの。
だから、言われなれているだろう、と、そういうことだ。
けれどそんなものはすべてお世辞である。
言われてもぴくりとも心は動かない。
もちろん、微笑んで見せなければならないのは確かだけれど、私が義務を感じるのと同時に、向こうもどれだけ酷かろうとほめてやらなければならないという義務感のもと、やっていることだ。
それで喜ぶことができるわけがない。
しかし、リューが先ほどから私にかけている言葉は、冗談めかしているけれど、全くの嘘でもない。
少なくとも、多少はそう思っている、と言う心が込められているのを感じる。
言葉に僅かに込められた熱もそうだが、魔力というのはこういうとき、便利なもので、見方さえ知っていれば、人の心の動きが僅かにわかる。
それは、私にリューの台詞に嘘はないことを教えているのだ。
もちろん、そう簡単にできることではないし、学園でこれができるのはおそらく、私だけだろう。
そして、こんな力を持っているとわかったら、普通は誰も近づいてこないのだが、リューは実のところ、知っている。
と言うか、私が自分で教えたのだ。
私はそういう、化け物なのだから、近づかない方がいいと、そういうつもりで。
けれど彼は全く気にしないで、友達としてつきあってくれている。
気持ちを読まれるとわかっていて、目の前に立ち、私の瞳を見てくれる。
友達としての親愛を示してくれる。
こんな人は、今まで一人もいなかった。
だから、そんな彼に、私は心から感謝をしているのだ。
「他の人に言われたなら恥ずかしくないのだけれどね。あなたは別よ。気持ちが分かるから」
「便利な力だよね。僕は君に嘘がつけないな……!」
大げさに嘆くような仕草をしてそんなことを言うものだから、笑ってしまう。
彼は学園に留学に来ている身だから、卒業したらそう頻繁には会えなくなってしまうのだけれど、それでも、ずっとお友達として付き合っていけたらと思わずにはいられなかった。
◆◇◆◇◆
彼女の力を、僕は知っている。
人の心の機微を察する力。
それは魔力の扱いに長けた物が、稀に身につける特殊能力のようなものだ。
これによって、僕は彼女にすべてを暴かれてしまうかも知れない、と思ったことはあるが、正直なところそれはそれでいいかとも思っていた。
彼女を心の底から愛し、何よりも大切にしているということを、直接伝えられるわけだから、願ってもないと思ったのである。
けれど、実際に彼女と話してわかったことは、彼女のその能力はそれほど詳しく人の心の内を暴くことはできないと言うことだ。
なんとなく、こんな感じ、という曖昧な感覚しか伝わらないのである。
たとえば、殺気のような強力な負の感情には強く反応するようだが、僕のような、何に変えても彼女を守り、愛する、というような強力な正の感情(……正の感情である)にはそれほど反応しない。
また、ちょっとした悪意など、小さなものに対しても反応は薄くなるようだ。
それに、相手にかなり近づかなければわからないらしい。
つまり、さして強い力ではない。
ようは普通に人を見て、この人は悪い人だな、とかいい人だな、とか感じ取れる通常、人がもっている能力に、ちょっとした補強ができるというくらいのものである。
それでも使いこなせれば有用なのだが、彼女……マリア・ディリーノはあまりにも心が美しすぎて、その真の力を発揮できていない。
素晴らしい人間であることも時には問題となるらしいのだが、そのすべては僕が補うのでいいだろう。
そう。
どんな場所にいて、どんなことをしてようと、僕が彼女を守る。
当然、この学園においても。
「さぁ、マリア。そろそろ午後の授業だ。本館に戻ろう」
そう声をかけると、マリアはそのうつくしい顔に心からの笑顔を浮かべて、
「ええ。貴方に授業が必要かは疑問だけれど……わからないところがあったら、教えてね」
そう言った。
彼女は僕を信じている。
心から。
そう思うと、酷く楽しい気分になった。