博士の異常な発明《バタフライ効果篇》
「博士!」
扉を開けて、仰々しく迷惑そうな顔をしながら、助手が博士の部屋に入ってきた。
博士の部屋は、わけのわからない機器や装置が乱雑に置かれ、床には蛇のように色とりどりの配線が這っている。足の踏み場もないような、その部屋の壁際にある机のそばに、博士は立っていた。
「おお! ようやく来たかね」
博士は助手の姿を認めると、近くへ来るように手招きした。
「参ったもんですよ」
助手は足元を見ながら、そろりそろりと足を大きく広げて、不格好な歩き方で博士に近づく。
「全く」
一歩。
「発明ができたからって」
一歩。
「なにもこんなに朝早くに」
一……ガシャ。
床の上に直に積み重ねられた箱型のコンピュータに脚が当たってしまった。
「おいおい、気を付けてくれないか」
どうにかこうにか博士に辿り着いた助手は、肩を竦めた。
「だったらもう少し整頓してくれませんかね?」
「何言ってるんだ。非常に良く整頓されているではないか。これぞまさしく、整頓の境地だよ」
キョトンとした顔で博士は言うが、助手には理解できない。
「それに、こんな僻地に研究所なんか造るから、こっちは毎回毎回来るのが大変なんですからね」
ここは、今も活動している火山の麓にある。
「君もここで寝泊まりすればいいだろ? こういうところこそ、研究にふさわしいんだよ。今日も朝から妙な重力場を測定してるからね。こりゃ近いうちに何かありそうだ」
博士は愉快そうに笑う。助手としては、こんな所に缶詰めなんて、御免だが。
「それで? 今度は一体どんなガラクタを作り上げたんですか?」
途端に博士は真顔に戻った。表情の切り替えが早い。
「ガラクタではない。発明品だ」
「前回もそんなこと言って、出来上がったのは結局ただの、衛星電波の送受信機じゃないですか」
「まあ、あれにはあれで、良いところがあるもんだよ。海外の如何わしい衛星放送だってタダで見ることができるわけだしな」
助手は顰め面だ。
「まあそう腐るな。今回の発明品はこれだ」
机の上に置かれた装置を、博士は指し示した。
「こっ、これは……。……何ですか、いったい」
装置そのものを見ても、助手にはさっぱりわからない。今まで見たこともないものなのだから、当たり前だ。そもそも、博士の作る装置はほとんど立方体のボックスに覆われていて、中の様子はさっぱり見えないのだ。博士曰く、それが最も美しい形らしい。
「見てわからんのかね」
どれも同じような形してるんだから、わかるわけないだろう。と、心の中で毒づく助手。
「君もまだまだ半人前だね。これは、ふむ、強いて名を付けるならば、バタフライ効果共鳴増幅装置とでもしようか」
「バタフライ効果ってのは、あの、蝶の羽ばたきが最終的には台風を引き起こす要因になるっていうやつですよね」
博士は頷く。
「その通り。そしてこの装置は、それをより顕著にするのだ。例えば、湖面に投じたいくつかの石の波紋が、それぞれ共鳴しあって、大きな波を作り出すようにね。本来の極微小な事象が、より巨大な事象を生み出すのだよ」
「と、言われても、あまりしっくりきませんね。具体的に、どうなるんです?」
博士はその言葉を待ってましたと言わんばかりに、企みを含んだ嬉々とした笑顔で装置を作動させた。
「実際に見せたほうがいいだろうと思って、君を呼んだわけだ。これは素晴らしい発明だよ」
言いながら、白衣のポケットから錆びついた十円玉を取り出した。
「今からこの十円を落とす。するとその事象をこの装置が感知し、事象は事象を呼び、最終的には莫大な金額が私の所にやってくるというわけだ」
「そう、うまくいきますかねえ」
「その猜疑心は科学者としては素晴らしいものだが、これは厳然たる事実だよ。それを今から実証して見せよう」
博士は十円玉を床に落とした。
十円玉は床に当たると、跳ね返って机の下に潜り込んでいった。と、同時に、玄関のベルが鳴った。
「はて、もう結果が現れたかな」
「だとしたら、かなり早いですね」
「金が勝手に降り注いでくるわけだからな。これで安泰だぞ、君」
「まだ実証されたわけではありませんからね。シュレディンガーの猫ですよ。ドアを開けてみるまでは二つの事象が存在しているわけですから」
「量子力学での典型的反論だな。まったく、君は頭が固いよ……」
二人は言い合いながら玄関へ向かった。
*
博士は知らなかった。
机の下に潜り込んだ、十円玉の行方を。
博士は知らなかった。
それが、机の下に置かれていた、博士の発明品の一つである衛星電波の送受信機のスイッチに当たったことを。
作動した装置は、強力な電磁波を遥か上空――天井を貫き、雲を突き抜け、成層圏を超え――周回軌道中だった某国のレーザー兵器の受信機に命中させた。レーザー兵器は誤作動を引き起こし、博士の家の上空付近を航空していた飛行機の貨物室に当たる壁に接触した。壁面はみるみるうちに剥がれ落ち、貨物室内の荷物は次々上空にばら撒かれていった。どういう偶然か、あるいは必然だったのか、この飛行機は、金塊を空輸している最中で、貨物室からその金塊が、バラバラと降り注いだ。
“妙な重力場”の影響なのか。金塊は、まるで自ら意思を持つかのように、博士の研究所めがけて、集まりながら、落ちていった。物理法則にのっとり、指数関数的に速度を上げ、終端速度に近づいていく。
「いやあ、残念でしたねえ。ただの宅配便で。今回の発明もただの不良品だったみたいですね」
助手は笑った。
「そう結論付けるには幾分時期尚早だね。もう少し待てば必ず結果はやってくるさ。もしかしたら、もうすぐそこまできてるかもしれない。私には感じるぞ。金の延べ棒の匂いがね」
「今回の装置ばかりは、僕にも些か理解ができません。もしそうだったら僕は、その金塊で頭をかち割られたって、文句言えないですね」
助手は再び大きく笑った。
勢いで書いたので、論理やらなにやらは滅茶苦茶です。ご容赦ください。