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とある離島のインペリアルボーイ  作者: 須方三城
第4章 INVADER
16/28

15,夜襲は突然に


 龍宮帝国海帝騎士団第4師団団長、ヘアティル・ブルームアウト。

 刃の如く鋭く光る白銀の長髪が特徴的な、麗人である。

 その凛々しい顔立ちや立ち振る舞いから、いわゆるクールビューティな人物だと思われがちだが、彼女は割と物腰柔らかで、感情表現も豊かな部類である。


 そんな彼女が訪れたのは、皇帝の居城の一角。

 そこは、とある有能な人物にあてがわれた研究室となっている。


 ヘアティルはそのドアを3回ノック。

 中から「どーぞだしー」と言うハリのない女性の声が聞こえたのを確認してから、ドアを開けた。


 瞬間、思わず鼻から下を手で庇ってしまう程の強烈な匂いが彼女を襲った。

 機械用のオイルの匂いだ。大分気化が進み、室内の大気を汚染しきっている。


「……換気しなさいって言ってるでしょ、ドルフィー。いつか爆発事故起こすわよ」


 呆れた様につぶやきながら、ヘアティルは入口のすぐ横、換気扇のスイッチを全てONにする。

 ついでに、いくつか消灯されていた蛍光灯も点灯させた。

 広い室内の闇が全て取り払われ、機械やら生物標本やらが雑に押し込まれた棚や、床に散乱した資料がはっきりと視認できる様になる。

 部屋の主曰く、「自分が引っ張り出したモノ、押し込んだモノの位置は記憶してるし。整頓の必要は無いのだし」との事だが……必要不必要以前の問題として、よくもまぁここまで汚い部屋で作業に没頭できるモノだとヘアティルは思う。


「我輩はそんなミスしないのだし」


 ハリの無い声が、ヘアティルに反論した。

 声の主はデスクに座って、小学生くらいならすっぽり押し込めそうな大きさの箱型機器を弄っていた。


 龍宮帝国技術部主任、ドルフィー博士である。

 全体的にスリムと言うか、痩せこけ過ぎていて、見ている者の不安を駆り立てる。

 骨と皮だけ、骸の様。そんな表現が実に似合ってしまっている。


 ポケットに可食物質が入っていたら、思わずその口に放り込んでやりたくなる程に痩せている。生命に別状あるだろってくらい痩せている。

 彼女のヌード写真集が発売されたとしたら、心配を覚える者はいても、劣情を催す者は極めて少数だろう。新手の募金活動誌として解釈されかねない。

 女性を辞めている、と言うか、半ば人間を辞めている雰囲気すらある。


 以上が、ヘアティルによるドルフィーの外見への偽り無い批評。


 これらの感想を口にした所で「ダイエットの必要無し、性犯罪に巻き込まれる危険性皆無、結婚とか言う人生の墓場とは無縁。良い事尽くめだし」とドルフィーは本気の目で返答する。

 ヘアティルとしては、心配から心を鬼にして辛辣に舌を振るったつもりだったが……この返答にはもう呆然。

 ああ、もうどうしようもねぇや、と判断し、ドルフィーのスタッフに「彼女の事はくれぐれもよろしく」とだけ伝えている。

 最早周りが気を遣うしかあるまい。


「……いいから、万が一って事もあるでしょ。それに絶対体にも悪いって。機械類を弄る時はちゃんと付けなさい」

「換気扇の音はどうも好きになれないのだし……で、何の用なのだし」


 ガチャガチャと機械を弄りながら、ドルフィーが問いかける。


「私のキリキリザンキのカスタムアップの件で」

「順調なのだし。明日には完了するし。大臣が急かしてるなら、そう伝えるが良いし」

「あ、いや、別に催促とかじゃなくて、暇ができたから顔見せついでになんとなく聞きにきただけ」

「あっそ。なら適当にコーヒーでも淹れてくつろぐが良いし」


 相変わらずね、とヘアティルは乾いた笑いを溢す。

 2人は幼馴染だ。そして、昔からドルフィーはこんな感じである。


 最近はお互い忙しいので、こうして何となく顔を合わせられる機会は貴重だ。

 だから、何やら忙しそうに機械を弄りながらも、ドルフィーはヘアティルを追い返そうとはしない。


「じゃ、お言葉に甘えて……」


 さて、コーヒーメーカーはどこだろう……と、ヘアティルが室内の物色を開始した時だった。

 ドルフィーの卓上、業務用の電話機が鳴り始めた。


「……むぅ、ミストラル大臣からだし」


 表示を見て、ドルフィーは「やれやれ」と溜息。

 部下からなら無視しようと思っていたが、いくら彼女と言えど、仮にも上司である大臣をそう無下にはできない。

 適当に応対してさっさと切ってしまおう、と言う腹積もりの元、ドルフィーが受話器を取る。


「はい、もしもしなのだし」


 しばらくの沈黙。

 おそらく、大臣の方が色々説明中なのだろう。


「……わかったし。丁度ヘアティルもここにいるから、伝えとくのだし」


 そう言って、ドルフィーは受話器を戻した。


「……? 私にも伝える様な案件だったの?」

「まぁ、色んな意味で」

「?」

「同僚としての業務連絡でもあるし……友人としての情報提供って感じでもあるし」


 一体、どういう意味だろうか、とヘアティルが首を傾げる中、ドルフィーが説明を始めた。


「まず、地上の皇子暗殺計画中止のお知らせだし」

「え……?」

「だから、キリキリザンキのカスタムアップはゆっくりで良いって言われたし」

「何でまた……」

「……ここからが、友人としての情報提供だし」


 その情報は、ヘアティルと、ヘアティルの『趣味』を知るドルフィーに取って、とても衝撃的な情報だった。





 クリスマス、去年までなら、同級生達とクリスマス会と称してその日1日遊び倒していただろう。

 でも、今年は俺の同年代は悠葉しか島に残っちゃいない。


 つぅ訳で、今年は悠葉の家で適当にゲームをやって解散となった。


 もうすっかり日は落ちてしまっているが、本日は快晴。

 満天の星達や大きなお月様が夜の闇を薄めてくれている。

 この島には街灯なんてほとんど存在しないので、かなり助かる。

 普段なら夜道を歩く時は、LED懐中電灯とか、スマホのライトアップ機能が無きゃままならないが、今夜はどちらも必要無い。


 そんな訳で俺は、特に夜闇に惑わされる事もなく、ゆっくりと海沿いの道を歩いて帰路に就いていた。


「今日は楽しかったな。何か悠葉も珍しく機嫌良かったし」


 戸籍上だけだが、トゥルティさん家の養子になる。

 その事を話すと、何やら悠葉はガッツポーズをしていた。

 俺の身から危機が去る事をあんなに喜んでくれるとは、良い幼馴染を持ったとシミジミ思う。


 ただ、「義理とは言え姉弟関係になるのなら、もう心配は要らない」とかよくわからん事をつぶやいてたな。

 最近、あいつの言動や行動に意味不明な所が増えてきた気がする。

 昔はもっとシンプルでわかりやすい奴だったんだけどなぁ……


 高校生と言う多感な時期に入り、お互い色々変わってしまった……と言う事だろうか。

 人間、誰しも昔のままではいられない。必ず大なり小なりの変化が起こる。

 そう思うと、なんとなくだが少しだけ寂しい気もする。


「ま、いつまでも子供じゃいられないわな……」


 こればっかりは仕方無い事だ。

 俺には時間を止める能力なんて無いのだから。

 時間が流れる以上、人は成長する。抗い様の無い自然の摂理。


 まぁそう悲観する事ばかりでも無いだろう。

 もっと大人になれば、1周回ってまたお互いシンプルな人間に戻る可能性もある。

 近い将来、俺達は酒を飲み交わしながら、ここ数日の謎の言動を笑い話のタネとしているかも知れない。

 そんな日が来る事を願っておこう。


「そういや……トゥルティさん、上手くいってっかなぁ」


 今朝、トゥルティさんから連絡があった。

 計画は今の所支障無し、明日には完遂できる、と。

 一応、完遂までにミストラル大臣が妙な動きをしないように、この計画のちょっとした噂も大臣側に流布しておいた、との事だった。


 これは、俺が皇位継承権を完全に破棄するための計画だ。

 ミストラル大臣側としても、この計画を邪魔するメリットは無いだろう。

 そして、そういう計画が進行していると知れば、あちらさんだって少し様子を見てくれるはず。

 この計画の進行を噂として流布した、と言うのは中々ナイスな判断だろう。

 おかげで、計画完遂までの間に刺客が送り込まれてくる可能性は、限りなく0に……


「第1皇子、鉄軒鋼助様、ですね」

「!」


 聞きなれない女性の声。

 俺を第1皇子と呼ぶと言う事は、確実に龍宮帝国の関係者。


 声のした方へ振り返ってみると、そこには銀色に煌く長髪が特徴的な、確実に美人のカテゴリに分類される系のお姉さんが立っていた。

 しかし、その麗しい顔に浮かぶ表情は……あきらかに『怒り』。


「え、ぇと……どちらさん?」


 ガルシャークさんもホエルさんもツナーさんも、皆白い軍服っぽい格好だった。

 対して、この銀髪の方の服装は、スパイ映画で女スパイが着てそうなタイトな黒いボディスーツ。

 捉え方によっては、軍服よりもより動きやすくより実戦向きな、戦闘装束である。


「申し遅れました、私は龍宮帝国海帝騎士団第4師団団長、ヘアティル・ブルームアウトと申します」

「あんたが……」


 今もウチでゴロゴロしているであろうガルシャークさんが言っていた最後の四天王、ヘアティル卿か。

 まさか、刺客……?


 いや、でも色々おかしい。

 この時間帯、龍宮帝国の騎士達はもう仕事を終えている。

 基本として龍宮帝国は残業=悪。残業は絶対にさせないとトゥルティさんが言っていた。


 そして、今まさに思考していた案件。

 俺がマリーヌ家に移籍する計画について、ミストラル大臣は既知。

 手間やコストを割いて、わざわざ刺客を送り込む必要性は無いはずなんだ。


「理解不能、と言うお顔ですね。まぁ察しは付きます」


 平坦。感情を殺しすぎていて、不気味に感じる程に静かな声で、ヘアティルが言う。


「ご安心を。私が今、あなたを訪ねて来たのは、刺客としての用件ではありません」

「あ、そうなんだ……」


 あー、ビビった。

 今俺完全に丸腰だもの。超絶油断してBJ3号機の護衛も無しに1人で出歩いてたもの。

 ここでいきなり御命頂戴展開だったら、俺確実に頂戴されてるもの。


 ん? でもだとしたら……


「一体、龍宮帝国の騎士さんが俺に何の……」

「個人的な都合で、御命を頂戴しにきました」


 なんでや。


 ちょっと待って、意味がわからない。

 しかし、ヘアティルは俺に質問をする時間をくれなかった。


「来い」


 静かにつぶやき、ヘアティルさんがその手を天へと掲げる。

 それを合図に、海面が膨らみ、爆発。

 何かが、「大空高く」舞い上がった。


 海から現れたのは、10メートル級の巨大なシルエット。

 海から出てくるにはややミスマッチな、紅蓮に燃える真紅の装甲をした人型機だ。

 特徴としては、側頭部から天へと突き出した2本の剛角、左右に2本ずつ取り付けられた合計4本の腕、全身の至る所に装備されている剣装。

 そして、その背に負った巨大な機械の翼。


「あれが……キリキリザンキ……!?」


 ガルシャークさんが言っていた、ヘアティルの専用BSM。

 カスタム中で動かせないんじゃなかったのか……まさか、無理やり引っ張り出してきたのか?

 いや、って言うか待て、あの機体……


「飛んでる……!?」


 海から飛び出した勢いのまま、キリキリザンキは俺らの遥か頭上に滞空していた。


「最早あの機体は、キリキリザンキに非ず」


 静かに、ヘアティルさんが告げる。


「ギャングファングの挙動自由度の高さを再現。マッハダンガン並の高機動性能も獲得し、ビッグプレッサの超特殊装甲と同様の技術を用いた装甲を使用。更に、BSMとしては初となる飛行ユニット搭載。本来なら最新鋭武装『飛爪クロウズ』も配備予定でしたが、それは間に合いませんでした」

「……っ……!?」


 何だそれ……つまり、四天王専用機の良いとこ盛り合わせ+飛行能力を持った機体って事か……!?

 しかも、俺達を苦しめたあのギャングファングの爪も装備予定だったらしい。


「我が機体に与えられし新たな名は、『カミキリザンキ』」


 神をも斬り捨てる斬鬼。

 それが、あの4本腕の紅鬼に与えられた名前。


「鋼助様、いや、鋼助この野郎。私の大切な存在に手を出した事、あの世で後悔するが良い」



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