あざとさと、純情さと、演技力
えぇい! ままよ!
心で叫びながらブレスレットを翳すと、運命の携帯端末は短く返事をした。
ピッ!
酷く電子的な声で俺へ……
いや、待て俺よ。
現実逃避しても、しょうがない。
軽く頭を振り、雑念を祓いブレスレットに埋め込まれているディスプレイを見ようとしたら、ソラが待ったをかけた。
「ストップ! まだ見ちゃだめだ。後でボクと一緒に見せ合いっこ……しないか?」
ソラから頬を染め上目遣いで、聞き様によってはアレな言葉を受け固まった俺へ、周囲から一斉に「犯罪者」を見る視線が突き刺さった。
あれ? おかしいな痛いよ本当に。念って物理攻撃になるんだ。学会に発表しなきゃ。
しかし当の本人は自分の言葉の意味を深読みするはずも無く、彼女の言葉に固まった教官(仮)の持つアシスタへブレスレットを翳した。俺の時と同じ電子音が短く鳴り、直ぐにデータのインプットが終わった様だ。
そして銀髪の美幼女(18)は俺の下へ、意気揚々といった風で歩み寄って来た。……凹凸の無い未成熟な身体と無垢な表情は、やっぱりどう見ても、18歳に見えません。
*
「どうした?」
周囲からとてもイタイ視線を浴びて現実逃避していた俺へ、元凶が怪訝な表情で下から覗き込んで来た。
癖のある銀色の前髪が目に入らない様に、手で抑えながら首を捻るソラ。あまりにも可愛い仕草と表情に見とれつつ俺は口を開く。
「自重……いや、なんでもない」
俺の言葉の意味が分からないソラの頭の上に、クエスチョンマークがポップアップした様に見えた。しかし、別に大した事では無いと思ったのか、ソラは気にせず俺のブレスレットを指差し言った。
「さ、さっきは一緒に見せ合いっこしようと思ったのだが、やっぱり恥ずかしいから……レキのから先に見せてくれないか……? ボクのはその後じっくり……ね?」
!?
「あ! てめぇ! 最初っから全部計算かよ!?」
全く何も気付いていません的な表情だったが、一瞬だけ光ったソラの眼を見逃さず叫ぶも、彼女は尚もしらを切った。
「え? ……計算?」
首をコトンと傾けたエセ幼女の演技は続く。
しかし……くそっ。あざといのに……可愛いと思ってしまう男の性が悲しい。その上、ソラの演技に惑わされた周りからの視線が追い討ちをかけてきて、強大な重圧に屈した俺は敗北した。
「……見せればいいんだろ……」
諦めを乗せた俺の一言。
そんな殊勝な俺に幼女には慈悲の心は無かった。
「……は、初めて見るんだから……その……レキが自分で見せて……ね?」
時が凍った。遠巻きに行く末を見守っていた観客の数名が携帯端末を操作するのが見えた。分かります通報ですよね。
っておい! あ、ソラさん今小鼻膨らみましたよね!? ね? 絶対あなたソレ演技ですよね!?
*
俺がパクパクと口を開け閉めして魚の真似をしていると、ついに我慢出来なくなったのかソラの小鼻がヒクヒクしているのが見えた。
それを見た俺は……
「……俺の負けでいいから、さっさと確認しようぜ?」
何の勝負で何時始まったのかも分からない状態だったが、俺は素直に負けを認めブレスレットをアピールした。俺の言葉に満足したのか、ついにニヤニヤとソラは笑った。
「ん。そんなレキの事嫌いじゃないぞ?」
「全然反省してないよね!?」
満足してませんでしたー。
「気にしたら負けだぞ?」
もう嫌。
思わず顔を伏せた俺は、疲れきった全身を鼓舞して無言でソラへ腕を伸ばし、ブレスレットを見せた。
俺のディスプレイを無言で確認しているであろうソラ。
暫しの沈黙。
……
…………
………………
え? 何で何も言ってくれないの?
やばいの?
ラグランジュ機関の劣等生なの!?
慌てて確認しようと腕を戻そうとした瞬間。
「いきなり……見つけた……見つけたよ……見つけちゃったよ……逃がさない……既成事実を捏造するしか無い……」
がっしりと俺の腕に絡み付いた幼女は、呪文の様に繰り返し呟いた。
あれ? なんか最後の言葉……聞き間違いですよね?
「お、おい! いきなりなんだよ!?」
しかし意味の分からない行動に出たソラを 引き剥がしながら聞く。
「ボクは君……六木暦。君をドラフト1位指名するよ」
「は?」
「ボクは君……六木暦。君をドラフト1位指名するよ」
うん。聞き間違えではなさそうだな。
ならばソラの奇行か。
俺は結論付け、ソラの引き剥がしに成功した腕を戻しブレスレットを確認した。
結果。
搭乗士コース
筆記 88
実技
・精密動作 122
・機体操作 105
・反応速度 166
・空間認識能力 98
・耐G適正 71
・判断力 86
管制士コース
筆記 81点
実技
・予測 79
・精神耐性 100
・判断力 86
・対人コミュニケーション能力 149
・空間認識能力 118
うむ。比較対象が分からないので、この数字の意味が分かりません。どうリアクションとっていいのか迷っていたら、何を勘違いしたのかソラが悪人の様に口を吊り上げ言った。
「ほーその数字を見て尚、ポーカーフェイスとは。実にいい」
あ、それ勘違いですよ?
しかしソラは続けた。
「君も知っての通り、筆記は最大100。続いて実技各項目は各国ラグランジュ4年生の平均能力値を100として比べた際の数字だ。よって君の数字は現状で4年生レベル以上と言っても過言では無い。何より反応速度166……実にいい。ボクの計画に絶対君が欲しい」
そしてソラの説明内容を聞いて俺は……
「まじ?」
信じられませんでした。
「まじだ。ってまさか……君点数の基準を知らなかったのか?」
ポーカーフェイスを崩した俺を見て、ソラは真実を知ってしまった。あ、バレた。
「……うん」
「……感心したボクの気持ちを返してくれ」
折角の好成績が何か……台無しな空気が漂ったのであった。