だまれケダモノ
「……ヴァルジウムって、それはちょっと飛躍し過ぎだろう。あの八咫機関相手に無謀過ぎる」
鋼騎の映像が繰り返される中、逞しい腕を胸の前で組んだまま、京野先輩は乾いた笑みで呟いたがソラは表情を消して首を振る。
「……先輩。固定観念は捨てましょう。あの大出力レーザー砲の威力を肌で感じた先輩なら、あれが標準配備された部隊でなら、機関だろうがキャピタルだろうがどうにか出来ると思いませんか?」
そんなソラの言葉に部屋の空気が軋む。
ヴァルジウムを発見した日本の科学者・八咫帝を始祖とした巨大組織であり、アメリカの【Capital Synergy 】と手を組み、製造供給を二分する本当の意味での世界の支配者達。その巨大過ぎる影響力は、国連ですら色々と便宜を図らずにはいられないと言われているのに、その巨人達をどうにか出来る兵器とか本当に尋常じゃない。
「……その為のヴァルジウムか」
「恐らくは」
「……神崎。君はアレの正体を知っているのか?」
「確証はありませんが確信はしています。母……の研究資料で酷似したモノをみた事があります」
そう言ったソラはゆっくりと俺たちにアレの正体について説明をした。
*
京野先輩達のお見舞いから一週間。昨日ようやく病院生活に終わりを告げた俺はソラと二人で訪れた、とあるラボエリアの一画で立ち竦んでいた。
「おぉぅ……」
八咫機関のシンボルマークである三本足の烏が描かれた扉の前には、UCP塗装された戦闘用動殻を纏った警備員二名が隙なく立っていたが、ソラが扉脇のディスプレイに顔を近づけるとゆっくりと扉はスライドしていくと俺の口から変な声が漏れていた。
「……レキ……さすがにその顔はまずいと思うぞ。と言うか早くいくぞ」
虹彩承認を終えたソラが俺の表情を見て、ため息をつきつつ急かす。
「ふぇっ!? い、いやだって八咫機関だぞ? 八咫機関だぞ? ソラだって興奮するだろ!?」
「お、落ち着けレキ。騒ぐと……な?」
両手でジェスチャーをするソラの視線の先を追うと、ヴァルジウムリアクターの出力を上げ始めた警備員達がいた。
すっと背筋が凍える感じを覚え、俺の興奮は一気に冷え込み九十度のお辞儀と共に謝罪の言葉を発した。
「あ、すいません」
それが功をそうしたのか、リアクターの駆動音は穏やかになっていったが、かわりに腕を引っ張られた。
「あーもうっレキ! さっさと中へ行くぞ。あ、ナギサさんにセラさんお騒がせしました!」
「ちょっ、待って痛いって引っ張るなっ」
「待たない! いいから早くいくぞっ」
しかし俺の抗議も虚しく、顔を真っ赤にしたソラはグイグイ俺の腕を取り入り口をくぐろうとすると、後ろから。
「ソラちゃーん、今度ゆっくりお話しよぉーねぇ」
少し間の抜けた声色で背の高い方の警備員が手を振っており、ソラは更に顔を真っ赤に染め上げる。
「き、機会があればっ」
上擦りながら答えたソラは振り返る事もせず建物内へ入ると、再び扉がスライドし閉じていった。
そして完全に閉まりソラが大きく息を吐いたところで、俺の腕は解放される。
「いきなり何なんだよソラ……つーか知り合いなのか?」
「……ボクは此処に住んでるんだよ……」
「へ?」
「母の研究棟兼自宅が此処にあるから、その一画を間借りさせてもらってるんだ」
「……オカアサンと一緒とは聞いていたけど、まさか八咫機関とか想定外過ぎる」
「オカアサンじゃなくて、うみって呼んでぇ」
なんの前触れもなく俺の耳元で声がすると、ワンテンポ遅れてソラよりも濃厚な白薔薇の匂いが鼻腔をくすぐると同時に、俺は弾かれた様にソラを庇う位置に移動する。
「あんっそんなに早く動いたらダメェ……
あぁちょっと触っただけでビクンビクンしてぇ……元気過ぎぃ……」
しかしクラクラする匂いと声は変わらず耳元から離れないどころか、今度は首筋を這うような感触が伝う。
「なんなんだよいったい!?」
ねっとりとしたナニかが首筋を往復し、俺は経験したことの無い恐怖で硬直してしまうが、眉間にシワを寄せたソラが叫ぶと、目の前の空気が歪む。
「レ、レキ!? ってこの匂いは……か、母さん!」
「ヤッホ~、でもおかあさんじゃなくってぇ、うみちゃんって呼んでって毎日言ってるでしょソラァ」
そして誰もいないはずの空間から声が聞こえると段々と空気の歪みが大きくなり、やがて歪みはモザイクのかかった人型を作っていくと、更にソラの声が大きくなる。
「そ、そんな事はどーでもいい! 一刻も早くレキの前から立ち去れ!」
真っ赤になり大きく手を振るソラの横で、モザイクの輪郭が次第にはっきりとしていく。その様子は以前格納庫で調整中だったDK-22のものと酷似しており、俺は驚きを隠せなかった。
「ステルスコロイド!?」
俺の知る限り、駆逐艦級から、一気に鋼殻サイズへ搭載を可能にしたユニットを持つDK-22の物が最小だったず。そもそも【ステルスコロイド】を実用化している企業はドレイク社だけで、そのパイオニアが更なる小型化に成功したとは聞いたこともなかったからだ。
「えぇ嫌よぉ~、せっかく迎えに来たのにぃ」
「だっだらせめてまともな格好で迎えに来てくれ! って、レキ後ろを向け!」
ただソラにとっては【ステルスコロイド】の件は驚く様な事では無いらしく、何故か俺の視線を遮る様に手を伸ばし、体の向きを変えろと眉を吊り上げ迫って来た。
「な、なんだよっ。分かったからそんな顔す」
がしかし。
後ろを向く寸前だった。空間の歪みはいつの間にか消え去り、代わりに現れたのは頭部以外を艶かしいキャットスーツで包んだ銀髪美女。そしてまず俺の目を虜にしたモノは、薄く透き通るラバーっぽい生地を内側から破らんとするケシカラン双丘。
「レキ」
次いでソラのモノと良く似た色合いで緩やかなウェーブかかった髪に視線が移る。ただソラと違い背中にかかる程に伸びた銀髪は、美女の動きに合わせ白い照明をキラキラと乱反射し顔を彩っていた。
「レキ?」
可愛いより美人と称されるだろう造形の顔立ちは、ソラを大人にしました的な雰囲気だったが、瞳は逆で補色に近い石榴色。
そんな紅い瞳がねっとりと俺の視線を絡めとり、あまりの色香に思わず喉が鳴ってしまい顔が熱くなる。
「レキ?」
が、俺の正面やや下方から底冷えする音色が聞こえ、急速に思考が動き出し答えを捻り出す。
「お、落ち着けソラ。俺は別におっ」
しかし導き出されたのは不正解だった模様で、視線の先には汚物をみる様な目をしたソラが呟いた。
「だまれケダモノ」




