ズレ
【鋼騎】
その一言によって和やかな雰囲気が一変した病室で、急遽スクリーン代わりとなった壁を黒い巨人が縦横無尽に駆ける。
それは鋼殻に搭載されている双眸のメインカメラや補助カメラによって撮られていた、黒色の巨人の姿。
ただ映し出されているのは各カメラの生データでは無く、捕捉していた映像をヒノワが編集して繋ぎ合わせた物らしいのだが、まったく違和感は感じられなかった。
その出来栄えに俺は改めて黒髪の整備士の能力に舌を巻きつつも、自分が追い込まれていく様子を何とも言えない気持ちで視ていると、ちょっと前に約束時間通りの十時にヒノワと一緒に病室に来たソラが映像から視線を逸らさずに京野先輩へ聞いた。
「京野先輩なら……鹵獲もしくは撃破は可能だったと思いますか?」
目まぐるしく動き回る二機の挙動を自分の手を使って見立てていた京野先輩は、器用に映像を再現しながらソラの問いに答える。
「うーむ……機体がミラージュラプターなら撃破は可能だと思うが、鹵獲となると厳しいだろうな」
視線はスクリーンから切らずに、ヒラヒラと手を舞わす京野先輩だったが、映像の中で俺が詰んだのと同時にソラへ向き直り真剣な表情で続ける。
「あ、ちなみに相手も専用機だったら撃破も厳しい、ってとこか、逆に墜とされかねない」
そう付け足した後、軽くため息をついた京野先輩へ追従する様に北条先輩も頷くのが見えたが、後半の内容が二重の意味で信じられなかった。
「京野先輩でも無理どころか撃墜って、それどんな超人ですか……って言うかそもそも専用機じゃないとか信じられないんですが……」
目の前の巌の様な男の力を知っている者と、搭乗士の端くれであれば全員が全員思うであろう言葉が俺の喉から掠れ出るが、視界の端にうつるソラとヒノワの表情は動かない。
戦闘映像も終わり空調機の駆動音が微かに響く病室。しかしそんな時間を携帯端末を操作していた北条先輩の声が破る。
「映像解析からの推測ではあるが、あの鋼騎は半年程前に、月面のロシア基地から強奪されたパヴェル社製の次世代先進戦術機だろう」
北条先輩の説明に遅れること一瞬。
スクリーン代わりの壁に、今回同様、正体不明の集団によって行われた前代未聞の強奪事件によって奪われた機体画像らしき物が写し出される。
偵察機による超長距離から撮影された一枚は、不鮮明ながらも今回の鋼騎と塗装や細部に違いは見られたが、同一型と識別するには充分可能な物だった。
「なるほど……しかし北条先輩、お言葉なのですが半年あれば充分に習熟可能だと思うのですが?」
「ん? まぁ確かに半年あれば充分だろうが、映像を見る限りアレの搭乗士、普段乗ってるのは鋼殻だと思う」
そう言った北条先輩がアシスタの画面を指で軽く叩くと、スクリーンの半分に拡散電磁投射砲の銃弾をバレルロールでかわす鋼騎の映像が今度はコマ送りで流れていく。
「あ、六木君そこそこ」
京野先輩がレーザーポインタを、ゆっくりと滑らかに螺旋軌道を描く鋼騎のスラスタ部分に当てる。
黄色いイオンスラスタの残像。
見事としか言えない機動に俺は京野先輩の意図が判らず、そのまま映像を凝視しているとヒノワが突然声を上げる。
「コイツ一回で機体制御出来てない!」
「回り過ぎたのを戻しているな……」
次いでソラも声を上げた所で俺も気付く。
「細かな加減が出来てないのか」
二人に言われてようやく、帳尻を合わせる様な逆噴射が何度も行われているのが分かったが、逆にそんな制御状態であの動きをしていた鋼騎の搭乗士に寒気を覚えるが、北条先輩は俺に構わず解説を始める。
「ご名答。ついでだが、この鋼騎の様な挙動の原因は鋼騎と鋼殻の重量差だ。前者の方が重いから後者に慣れた者は暫くは振り回されるのだが、これほどの動きが可能な搭乗士がズレを修正出来てないところを鑑みると、やはり鋼騎は専用機ではない、となる訳だ」
逆噴射をする場面を指差しながら結論付けた北条先輩を、京野先輩は表情険しく更に補足する。
「で、そうなって来ると鋼騎は第三勢力がいる様に見せる為のカモフラージュで、コイツも襲撃犯の一員なんだろうが……まぁその辺りの裏付けは捕虜でも拿捕出来ていればよかったのだが、確保直前になると軒並み自爆しやがってな……ただ非公式の情報ながら、真田教官は襲撃犯の首領らしい女の確保に成功したと噂も聞こえては来るから、ソイツの情報に期待だ」
捕虜の確保がゼロだったと聞いていた俺だったが、京野先輩の言葉でドス黒い感情が内側を満たしていく。
殺意と怒りで息が荒くなりかけると、ソラが綺麗な顎に手を当て呟く。
「……なぜシックスだったのだろう」
「ん、唐突だな?」
いきなりの話題転換に、北条先輩が苦笑いを浮かべソラへ向き直る。
「あ、すいません。ただ、戦力的にはラグランジュ・ワンにツーと共に次ぐ規模を誇るシックスを何故に、と思いまして」
「む、確かに言われてみると、金融特化のスリーや農畜産特化のファイブでは無かった理由が気になるな」
そんな二人の会話で少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、六つのラグランジュの特色を思い出していく。
軍事特化のワンとツー。
金融特化のスリー。
素材精製特化のフォー。
農畜産特化のファイブ。
研究開発特化のシックス。
うん。やはり最先端の技術を盛り込まれた鋼殻を有するシックスよりも、それなりの戦力を持っているとはいえ、兵器転用出来ない分野に力を入れている二国の方が、襲撃しやすいと普通は考えるよな。
と、何とか自分のドス黒い感情を制御出来た俺がホッとしていると、アシスタの画面を睨み付けていたヒノワが呟く。
「……ハッキング」
すると難しい表情でヒノワがぼそりと言い画面をソラと北条先輩に見せた途端、何かを察したソラ達の表情が歪む。
「ちっ、襲撃の方が陽動と言う訳か」
「……なるほどな。200もの艦隊を使っての陽動……普通に考えればありえないが……ここはラグランジュ・シックス……」
ギリっと歯の音を立てたソラが吐き捨て、北条先輩も同じ様に吐き捨てると女性陣三人は苦々しい表情で同時に言った。
【ヴァルジウム】と。




