自惚れ
敵機がライフルを投げ棄てこちらに向かう姿勢を感じた瞬間、背筋に悪寒が走った。俺は迷い無く突撃を中止すると、更に牽制の為にサブレールガンを放つ。
が、俺は鋼騎の動きに唖然とするしかなかった。
防御姿勢はおろか、旋回や減速等もせずに真っ直ぐ弾幕へ突っ込んでくる敵機。
そして直撃する寸前、機体をロールさせ舐める様に弾丸と弾丸の隙間を抜けてみせたのだった。
「化け物クラスかよっ!?」
以前模擬戦で真田教官に全く同じ方法で突破された記憶が蘇り、思わず叫ぶ俺。
しかしいつの間にか光束剣を手にした黒い巨人が、その間にも迫って来る。
ヴァルジウムリアクターとは異なる色の排気を吐き出す敵機へ、俺は無駄と思いつつ拡散範囲を縮めたサブレールガンを撃ち込む。
冷却材が蒸発する白い煙の裏に、捻切れるんじゃないかと思うくらいの機動をした鋼騎が嘲笑う様に回避するのがみえ、大口径イオンスラスタからの強烈なプラズマを推力に、両腕を広げ瞬く間に距離を詰めて来る姿に透ける挑発。
……上等。
あからさまに煽りだと分かる敵機のジェスチャーだったが一切遠慮せず乗る事に決めると、既に火が入り過負荷寸前まで昂った天回は俺の意志と呼応する。
不規則に機体の周りを浮遊していた四つの円柱の内、三つが背中に集まると機体を中心とし先端を重ねる様に動き、残り一つは機体前面へ陣取った。
そして前方のピラーが鈍く輝きを放つと、機体周辺で渦巻いていたレプトム粒子の残滓が場所を変え始める。
大半は背後のピラーへ集束していき、濃い蒼色はやがて半透明に白く色を変化させていくと、無重力空間のはずなのに背中を圧される感覚が生まれ準備が整った事を確信する。
視認出来ない糸で繋がる円柱達へ、脳波で事足りるにも関わらず全力で命じる。
「突貫!」
俺の叫び声と同時。
レプトムスラスタをも凌駕する超加速に視界が歪み、併せてヒノワが調整した慣性中和システムすら軽々と飽和させる暴力的なプラスGが全身を襲う。逃げ出そうとする空気、飛びそうになる意識を食い縛り辛うじて留めると、時間軸の差からか、スローモーションの様な敵機が両腕を広げた状態で此方を見ているのが分かった。
そんな緩慢な動きに見える黒い巨人だったが流石に対応は早く、挑発する様に広げていた両腕を戻すと、見惚れる位滑らかに機体を旋回させ俺と距離を取ろうとする。
しかしスカイ・ロンドがそれを許すはずが無い。
スラスタやヴァルジウムリアクターから吐き出され、機体の周囲を漂いながら消滅を待つだけだったレプトム粒子達を集束させた円柱が、再び輝く。集めたレプトムを推力へ変換し蒼白い粒子が弾けると、ワルキューレを加速させる。
すると今度こそ役目を終えたかと思われた粒子が、巻き戻した様に渦を描いて機体に追い縋ると、スカイ・ロンドは永久機関さながらに推力を生み続ける。
逃げる鋼騎。
追う鋼殻。
そして絶対的な速度差を武器に俺は、ついに敵を射程圏へ捉える。
ブラックアウト寸前の推力を乗せたレゾナブレイクが、虚すら共振させる様に唸りを上げて獲物へ迫る。
だが俺の攻撃が当たる距離と言うことは、逆も然り。
これまでで最速と思われる一撃だったがレーザーソードによって上手くいなされ、体勢が崩れたところへ反撃がくる。横薙ぎをなんとか宙返りでかわすと、そこから互いの制空権を主張する様に打ち合いが始まった。
相手も脚を止める事は無く、高速機動での乱打戦。
切り結ぶ様に両機が交錯を繰り返すと、スッと俺の頭に浮かぶ言葉。
正真正銘の化け物かよ。
数度打ち合っただけで俺はそう確信した。いや、真田教官と同様の機動を見せられた時から分かっていたが、この速度差で追い込めずにいる状況で、より一層その想いは強くなっていく。
ただそれでも諦めるはずも無く、格闘戦に突入してから直ぐに、高機動シフトへ変更したピラー達を意識の奥で操り、割れた風船の様に不規則に流れる相手の隙を探る。
一見すると隙だらけなのだが、いざ刃を向けるとカウンターを合わされ押し切る事が出来ず、いたずらに時を消費していく。
しかし相手の攻撃は単発ばかりで、バランスを崩した俺への追撃は皆無。
何度か危ない場面に直面したが、皮肉にもそれによって助かっている事もまた事実だったが、いつしか俺の中に違和感が生まれていた。
弄ぶ様な狙撃。
中途半端な反撃に、追撃どころか自分からは打って出て来る事すらしないのにも関わらず、時折俺の反応を楽しむかの様に鋭利な殺気を乗せた攻撃。
そしてクラッキング犯の元に行く途中に現れた、ソラの推測とは違う勢力の主力兵器である鋼騎。
まだ四つしか展開していない円柱の制御に沸き立ちそうになる脳の片隅を使って、俺は感じた違和感を昇華させていくと、いきなり閃いた。
俺は目の前の共犯者を無視して反転。
展開済みのピラーを四つ共に背後に集め、クラッキング犯の元へ飛ぼうとした瞬間だった。
黒い影が視界を遮る。
次いで首に走る冷たい幻覚。
俺は無意識の超反応でレゾナブレイクを振り上げると、稲光の様な閃光と重い手応え。しかし首の幻覚は治まるどころか数を増やしていく。俺はたまらず集結させたピラーを散開させ対応するが、さっきまでが嘘の様な動きで迫る敵機の突きを主体とした連続攻撃に防戦一方となっていく。
目まぐるしく回る視界の中、離脱を試みた瞬間に豹変した敵機に、俺は自身が思い付いた予想が当たっている確信するが、まんまと嵌められた事に唇を噛むしか出来ない。
詰め将棋の様に一手一手計算された攻撃は止むことはなく、巧みににスカイ・ロンドの機動力を御し俺を足留めする。
既に弄ぶ様な雰囲気は四散しており、一撃一撃が実に俺の精神を削っていく。
頼みの綱だった天回は、目の前の化け物が放つ分厚い攻撃によって封殺され、ならばと近接格闘術による打開を試みたが、あっさりと打ち弾かれ俺は逃げ惑う事しか出来なくなっていった。
このままじゃ落とされる。
無茶苦茶な機動で生じる高Gは体力も奪い、それは同時に思考能力、すなわちピラーの制御能力も低下させていく。
まさに手も足も出ない状況に焦りが湧き、併せて死の恐怖がジュクジュクと膿んでいく。だが、集中力が途切れかけ視界が怪しくなって来ると、計算され尽くした相手の攻撃にまたしても変化が起きる。
弄ぶ感じや嘲笑するのではなく、回避を続ける俺へ素直に称賛する様な雰囲気。ただそこには、はっきりと狂気が混ざっているのは言うまでも無いが。等と無駄な思考のせいかかどうかは定かでは無いが、ついに俺の身体が悲鳴を上げる。
噛み締め閉じていた口から押し出される空気。次いでカクテルライトの様に点滅する世界。急低下する体内酸素を補給する為に、大きく動く胸。しかし慣性中和を大きく越える加重は肺を押し潰し、僅かに空気を取り込むだけだ。
あぁ……これは死んだかも。
暗く色を失っていく視界で俺は、今失神する事の結末を思い浮かべ、思ったよりも簡単に訪れたこの世の最後に、搾りカスの様な力を掻き集め意識を繋ぎ回避運動を継続させるが、その甲斐無く黒い巨人に捕捉されてしまう。
だが俺を襲ったのは僅かながらの金属音。
信じられない事に、優しくワルキューレの胸部を拳で突いた鋼騎は、そのまま反転すると大口径ノズルからプラズマを撒き散らし、なんの脈絡も無しに戦域から離脱していった。
呆気ない幕切れの中、掠れいく意識で見たその後ろ姿を、俺は一生涯忘れてなるものかと、自分に強く誓った。




