しゃぶり尽くす
『ユヅル様、申し訳ございません。想定より早く捕捉されてしまいました』
そんな殊勝な言葉とは裏腹に、然して謝罪の思いが込められているかは疑問の残る声が後ろから再生され、事を終え色々な粘液が絡んだ身体を清めていた俺は思わず表情が崩れてしまう。
『何分いるんだ?』
自分でも分かる程に喜色の浮かんだ声。
そりゃそうだろ。
こいつは恐ろしく有能だ。
少なくとも俺の知る限りでは、電脳戦でこいつを出し抜ける奴を知らない。
そんなテイラーをこの短時間で捕捉した奴を犯れるんだ。
我慢できる訳ねぇ……
と、昂りを感じていると聞いた傍から印象を忘れていく様な声で返事がくる。
『既にヴァルジウムの精製及び製造方法は抽出済みなのですが、原材料の方に手間取っておりまして……可能であれば二十分程お願い致します』
『おー最低目標はひとまずクリアしてんじゃねーか。これで日本とアメリカが独占してきたヴァルジウム生産をぶち壊せる訳かぁ……だけどよぉ……たったの二十分かよ……もうちょい遊べねーのかよ?』
『申し訳ございません。我々の狙いを知られる訳にはいきませんので、抽出が終わり次第撤退でお願い致します』
『ちっ……わぁーったよ。だが二十分はきっちり遊ばせて貰うからな?』
『えぇ。足留めと気付かれない様に、偶然を装って頂ければ存分に』
『ヤってもいいんだろ?』
『お心のままに』
そう言って締め括った最後の声は笑っており、さすがのテイラーも興奮しているのが伺えた。
そして、そのまま切られた通信の後、俺は動殻を装着していく。
真っ白な装甲が体躯を締め上げる中、まだ見ぬ愛しの子猫ちゃんを思い描くと、はち切れんばかりに怒張していく下腹部。
しっとりと濡れそぼった感触が肌に伝わるが、俺は構わず今日だけの下僕へと向かうと、脚を着く度に伝わる衝撃と、動く度に擦れる感触が容赦無く怒張を刺激してくる。
先程の前哨戦で火の付いた獣性は、泣かせて鳴かせて哭かせて啼かせて、ひたすらに貪る。
もう俺の頭の中はそれ一色だった。
*
単体晶ガラスで覆われた外壁の上をレプトムスラスタの残光が滑る。
本来ならば透き通っている外壁は遮光状態となっており黒く鈍い色となっていた。そこを蒼白く崩れていく粒子が幻想的な波紋を描いていく。
バックモニターの映像を視界の隅に納めつつ、交換した左手の感触を確認していた俺に淡々としたヒノワの声。
『目標まで後160秒』
変わらずネットワークを押さえられていたが、応急的にレーザーによる簡易通信を構築した二人のお陰で、雑音混じりと言え会話が可能となっていた。
『了解。このまま一気に突っ込む』
短く返事をし、なし崩し的に迎える実戦への緊張を振り払う様に集中力を高めて行く。
『分かっているとは思うが、無茶はするなよ』
『わかってるよ』
『死んだら墓標に【不能】って刻みますからね』
『……緊張感の欠片も無いエールだなおいっ』
と思ったがヒノワが固くなりそうだった空気を弛緩させ、良い意味で力が抜けていく。
『無事に還ってこれば問題無いですから』
格納庫で見せた雰囲気を微塵も感じさせず、ケラケラと笑うヒノワにソラが乗る。
『レキが【不能】かどうかは気になる所ではあるが、そろそろ通信圏外だ。中継器を揃えるまで不通になるから、繰り返しだが無茶はするなよ』
『二人で待ってるから』
そして二人共に俺の無事を祈ってくれると雑音が大きくなり、モニターに【ノーシグナル】の表示が浮かぶが、それも直ぐに消える。
代わりに、目に見えて数が減っている飛来する砲撃を、俺へ律儀に報せるワルキューレ。
だがそれも防衛壁によって遮られ、外壁と言う地の上を行く俺達に届く事もなかった。
あの蒼白い超高出力レーザーも影を潜めている様で、赤や白、黄色等のカラフルなハレーションが随所で咲いていた。
俺はそれ等をバックに最終確認に入る。
左腕……異常無し。
ヴァルジウムリアクター及びジェネレータ正常。
各センサー類反応無し。
人工筋肉出力臨界。
レプトムスラスタ、偏向パドル問題無し。
脳内へ直接流込む様に機体コンディションを把握していく。
そして両腕の内部武装も異常無しを確認し、俺は投げ棄てた物とは別の共振刀へ手を伸ばす。
馴染みのあるしっかりとした感触が伝わってくる。
小指から順に固くなり過ぎない様、注意しながら握った右手を俺は腰裏から一気に引き抜く。
艶消しの銀。
エネルギーを注ぐ前の刀身は変哲もないただの直刀。
それに俺が力を注ぐ瞬間だった。
黒く鈍い単体晶ガラスに人型の影が写り込んだ様な気がして、ほんと偶然に機体を傾ける。
と。
俺が今いた空間を【何か】が通過し、超硬度のガラスの表層を砕いた。
え?
等と、口に出す間も無く超反応で機体を翻し、得たいの知れない圧力から逃れようと偏向パドルとレプトムスラスタが生み出す自由曲線を物ともせず、違和感が急所を居抜き続ける。
眉間。
喉。
心臓。
股間。
全部捉えられているはずなのに何で撃って来ない?
遊ばれてるって事かよっ!?
しかし言い換えれば初撃以降【撃って来ない】からこそ助かっている訳で、気紛れな襲撃者に命を握られている事に変わりはなく、予想もしていなかった状況に【撤退】の二文字が浮かぶ。
そして俺はどうにか振り切ろうと機体を捻り続け、いつしか自分のスラスタが吐き出す蒼白い排気を突き抜け様としていた。
*
「おーおー……まさか自分を狙っている奴がいるなんて、思ってもいない機動だねぇ……」
んー、まぁ筋は良さそうだが、所詮は地球人か。実戦だっつーのに周囲への警戒がザル過ぎる……
けど一撃で殺すってのも勿体無いか……
「って事で……まずは……羽をもいで動きを止めて……全身を剥く流れでイキますか……っと!」
テイラーが無効化した防衛壁の陰から真珠色した鋼殻を操るまだ見ぬ子猫ちゃんを思い、つい独り言を溢しながら俺は引き金を引くと、普段慣れ親しんだヴァルジウムリアクターとは違う駆動音を生み出す核融合炉。
低く痺れる様な低音が全身を揺らしたかと思うと、構えた電磁狙撃砲がオスミウム合金製の超重量弾を吐き出すと同時だった。
「いいねぇ……」
銀白色の尾を引いた弾丸は狙った筈の右脚部には当たらず、その下の外壁に吸い込まる。押し潰される様に広がった金属弾は表層部を砕き周囲に亀裂を走らせる。
「狙撃に気付いて回避した感じじゃぁねぇが……【何となく】で動いたんだろうなぁ……少しは遊べそうだな……」
照準を合わせた傍から外していくか……勘がいいな……
動きも中々。
ただ経験値が足りてねぇのが丸出しか……
んーここでヤるか、泳がせて育ててからヤるか……
と俺はロックオンする度に、加減速と軌道変更を繰り返す子猫に向かい思いを馳せ、蒼白い粒子を撒き散らす鋼殻を照準に収め続ける。
もう俺は、後ろから哭くまでしゃぶり尽くす事しか頭に無かった。




