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錯綜

ラグランジュ・フォー(サザンクロス)爆散! これを受け、国連法に基づき動ける全鋼殻へ通達。直ちに救助へ向かえっ! 並びに現時点をもって非常事態宣言を発令。繰り返す。非常事態宣言を発令する』


 なんの前触れも無く大音量で流れる非常事態宣言に私の思考が麻痺する。


 サザンクロス爆散?

 ではあのモニターに映っているラグランジュ・フォーは何なのだ?


「おい!? なんだこれはっ?」


 無意識の内に座席(シート)から立ち上がり、私は鬼の形相で指を動かす管制士へ思わず食って掛かっていた。


「わ、わかりませんっ……が、何者かによってシックス内の通信及び情報系統へ干渉(クラッキング)をされている模様!」


「クラッキングだとっ!?」


 にわかに信じがたい報告に、寝言は寝て言え、と怒鳴り付ける寸前。


「ま、益田COっ! 鋼殻達が次々発進していってます!」

「お、おい! 宣言は誤報だっ! って糞! どうなってんだ!」

「各機発進を取り止めろ!」

「サブ回線は!? そっちもダメなの?」


 ちょっ……とまて、こんな時に通信網が乗っ取られた……だ……と?


 大本営に怒号が飛び交い恐慌状態を催していく中、モニターに鎮座するサザンクロスからは、我々(・ ・)への(・ ・)援軍(・ ・)が次々と飛び出しているのが見て取れた。


「益田CO、ご指示を!?」


 叩きつける様な管制士からの声。

 すがる視線に、響き渡る孤立無援の突撃部隊(さなだたち)


 私の脚から急速に力が抜けていき、呆気なく震える膝は自重に屈し私は崩れ落ちる。


 受け止める座席は普段なら心地の良いクッションの効きが、私にはズブズブと底無しの沼に堕ちていく様にしか感じられない中で、間宮の叫ぶ声が聞こえた気がした。



 *



『……クラッキング?』


 一つのタイプミスも無い指が刻む正確無比な音に混じった異音。


『どうしたヒノワ?』


 雰囲気を変化させたヒノワに気付いたソラが、心配そうに声をかけモニターを覗いたのが見えた。


『……ネットワーク系統が何者かに押さえられてます……』


『……タイミングからして間違い無く同一グループだろう。内外の時間差攻撃……敵ながらそつが無いな』


『とりあえずカメラどうします? 時間かければイケますけど?』


『……いやカメラはもういい。どうせ情報操作だろう。代わりに干渉相手を追跡(トレース)出来ないか?』


『了解……では暫く集中するので、宜しくお願いしますね』



 と、モニター越しに行われた二人のやり取り。


 ……え?


『ちょ……ちょっ……何でそんな冷静なんだよ? あ、大本営に報告した方がよくないか?』


 ラグランジュの防壁(ファイヤウォール)を突破してのクラッキングだぞ?


 普通に有り得ない状況に心波立つ俺へ、既に藤色のヘッドギアを被り電脳(ネット)の世界へダイブしたヒノワに代わり、銀髪の幼女が振り向き言った。


『有事だからこそ冷静に、だ。それに鋼殻部隊等を統率している大本営が、この事(クラッキング)に気付かない訳がない』


 器用に右手でアシスタを操作しながら俺に説明するソラ。

 そして残った左手を形の良い顎へ添えて画面を睨む。


『気付かない訳が無いって……未だに警報は鳴り続けているし、救助に飛び出していく鋼殻だって後を絶たないんだぞ?』


 アラームはもちろん赤く激しく点滅する照明や、途切れる事無く発進していく鋼殻達が映るモニターをワルキューレを動かし指差すが、ソラの表情は変わらない。


『ヒノワが抽出した映像からするに、飛び出して行った鋼殻には既に対策を講じているようだぞ。あと警報に付いては、今まさに対応中だろうな』


 ソラの言葉と同時にデータが転送され、モニターの片隅に猛烈な勢いで流れていく文字。


『ちなみに送ったのは大本営のセキュリティチームのログ。で、今から送るのが通信障害の対策なんだが……これはまぁ何とも萌えるな』


 妙に嬉しそうな声と一緒に連続して送られて来たデータに映るのは、鋼殻が担いだ巨大な円筒形の照明機は点滅を繰り返していた。


 俺はあまりに唐突な映像に思考が停止しかけるが、点滅の【ある法則】に気が付く。


『……モールス信号か!?』



 ラグランジュに行く事が決まるより前に。そう。これだけは最低限覚えておいた方がいい。


 と、鋼殻に乗ると決めた日から親父に仕込まれたモールス信号!


『レキはモールス信号まで修めているのか……君の師は本当に素晴らしいな』


『師と言うか親父がね……ってモールス信号はもしかしてマイナーなのか?』

『ボク等の世代ではマイナーな技術だな。ただベテランに属する世代では其なりに知られている技術みたいだな。現に見てみろ』


 そう言ったソラは外の様子を変わらず映し続けるモニターを指差すと、そこにはRFL-4EJ・ファントム。

 ロールアウトから五十年以上たった現在も、改修に次ぐ改修によって第一線に配備されている偵察機(サーベイランス)が、そばを行くFL-15Jへ接触しているのが見えた。


『接触回線!』

『御名答。好き好んで未だにファントムの搭乗士をやってるなんて、ほぼ物好きなベテランだけだろう』


 そして俺が驚いている最中から、非常事態宣言が誤報と知った鋼殻達は進路を変更していく。

 シックスへ戻る機体もいたが、大半はファントムに誘導され同じ宙域へ向かっていった。


 数多のイオンスラスタが残す黄色い残光に俺の意識が引き寄せられる。


『……あの先にいるのか……』


 無意識に告いでた無機質な声がヘッドギア内に響く。

 響いた音が耳朶を叩き俺の脳髄へ届く。

 届いた情報(ないよう)は瞬時に処理され、無機質だったモノを変える。


 それは簡単に俺の(たが)を外す。


 爆発的な勢いで出力を上げるヴァルジウムリアクター。

 悲鳴の様な駆動音を漏らすジェネレータと、許容値を超える勢いで流れ込むエネルギーに発熱する人工筋肉(ソフトアクチュエータ)

 緊急出撃シークエンスへと移行したワルキューレは、俺の思考の赴く方へ機体をやる。

 搭乗士(おれ)機体(ワルキューレ)が同調し、流れる様にエアロックへ脚へ向け静かに床を滑っていく。


 鋼殻戦(カーニバル)校内戦(ギャンブリング)の時とは異質な感情。


【壊す】じゃなくて【殺す】。


 はっきりと自覚した己の思考を客観的に見るもう一人の自分もいたが、その自分でさえ容認する精神状態。

 しかし渇いた身体に染み込んでいく殺意は、実に心地好く俺に馴染んでいく。


 抑える事もせず思うがままに巡らせる感情に呑み込まれて行くのを許容し、芯から滲む暗い原動力に身を任せた俺は笑う。


 そしてエアロックの前に辿り着き、感情を殺しながら爆発させる、という矛盾に満ちた行動を取ろうとした俺に囁く女。


『……ねぇ……私以外の事で揺らいでるのは癪だけど、今は考えないでいてあげる……だから暦君……速攻で潰して来て』


 千代島陽輪が囁く。

 嫉妬の感情しか含まない。

 女の匂いしかしない言葉を。


 あえて感情に流される俺に触れて来たヒノワの心。

 置かれている状況を無視する様な言動だったが、思いの外すんなりと俺は受け入れ小さく一息を入れる。


 視界にかかっていた(もや)が薄れていくと、ゆらりと立ち上がったヒノワがこちらを振り返る姿を捉えた。

 反射加工(ミラー・エフェクト)されたヘッドギアで表情が見えない彼女へ、重なる様にクラッキング位置を示すデータが浮かぶのだった。

 

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