思惑
「突破した部隊に通達。そのまま反転して敵艦隊の背後をつけ。同時に此方は正面からうって出る」
しかしそう言ったあとも自分の言葉を正確に各部隊に送る管制の声を後ろに、敵艦隊の拙さが罠に思えてしょうがなかった。
「益田CO、このまま一気に攻勢へ出ても、大丈夫でしょうか?」
すると普段は滅多に変化する事のない表情を曇らせた間宮が、私と同様の事を危惧していたらしく伺う様に進言してきた。
「心配は分からんでもないが、今出ねば真田達を見殺しにする事になる」
私が内心を偽り自信を張り付けた笑みをみせると、間宮は軽く黙礼をする。
「……すいません。文官が出過ぎた真似を」
「気にするな、お前の言葉にいつも助けて貰っている。それに私も同じ事を考えない事もなかったしな……あまりに拙すぎるんだよ……」
そう。最初こそ距離や陣形含め、敵ながら見事な奇襲だったが、それ以降の動きは正直褒められたものではない。
まぁ、そのお陰で此方はスムーズに反撃に移れている訳だが……
「……このまま上手くいくでしょうか?」
「無責任かもしれないが、それは向こう次第だな。解析されたデータや予測、経験則から最善だと思う行動をとるのみ。だから導き出された選択肢から一番だと考える挟撃を選ぶ」
私は手元にある携帯端末の情報を読みながら、優秀だがまだ若い秘書官の肩を叩くと、間宮は深々と礼をするのであった。
*
ソラとヒノワの凄まじい連携で飛ぶ様に進んだ作業によって、直接続の痛みも今はピークを過ぎ、若干の余裕が出来た俺は彼女達からワルキューレの修理に取りかかった経緯を確認した。
『なるほど……とりあえず何で避難せず作業を優先したのかは理解したが……マジで火星が関係しているのか?』
『十中八九ボクはそう思っている。あの規格外の光束や、戦艦クラスを隠蔽させるステルス……遺憾だが、地球側の技術屋には限りなく無理に近い事だ』
ビデオチャットに映るソラの表情に、薄くだが悔しさが浮かぶ。
つーかソラさん……作業が雑になってないですか……痛みがぶり返してきてるよ……と軽くだが、指先に針が刺さる様な刺激を感じ、ちょっと抗議しようとした時だった。
『ソラさん。スカイロンド、インストールオッケー』
『了解。ヒノワ、ではそのままレキと一緒にF/Tに移行してくれ』
作業開始から20分弱と言う離れ業で、試作武装の換装を終えたヒノワさんからだった。
しかしソラは至極当然、とばかりに返事をし次なるオーダーを残すが、思わぬ女神が舞い降りる。
『私は大丈夫だけど暦君は平気なの? 直接続直後だし、一旦休憩挟もうか?』
ちょっと心配そうにヒノワが気遣ってくれたのだが、流石にこの状況で泣き言を言えるはずも無く、俺は彼女を抱き締める妄想をしながら返事をする。
『あー大丈夫だ。左手の感覚も戻ってるし、このまま一気に仕上げよう』
『んー了解。じゃぁ01から08シーケンスは飛ばして09からお願い』
『09了解。ヴァルジウムリアクター待機から戦闘モードに移行』
俺がヒノワの指示を復唱すると、素早くワルキューレから離れて行く二人。
活性化したリアクターが発する微弱な振動が全身を包み込む。
俺に命じられるがままにレプトム粒子を生み出し始めるが、既に修理と並行して補給を受けていたワルキューレには十分な量が溜め込まれていた。
直ぐに満タンのランプが灯り、当然機体の状態を把握しているヒノワは、恙無くオペレーションへと流れていく。
『09クリア確認。次、10から14までを省略。15お願いします』
『15了解。レプトム粒子放出』
『15クリア確認。引き続き16から19までお願いします』
『16から19了解。スカ』
そして、天回を起動させる寸前。再び警報が鳴り響き、俺は最後まで言葉を続ける事が出来なかった。
一度は鎮静化していた赤色のフラッシュが再び部屋中を照らし、俺達は自分の耳が壊れたんじゃないかと錯覚する内容を耳にする。
『ラグランジュ・フォー爆散! これを受け、国連法に基づき動ける全鋼殻へ通達。直ちに救助へ向かえっ! 並びに現時点をもって非常事態宣言を発令。繰り返す。非常事態宣言を発令する』
は?
サザンクロス爆散?
非常事態宣言?
冗談だろ?
『レキ! ヒノワとボクはシェルターへ行く! 君は救助へ向かえ!』
呆けた俺へソラから怒鳴り声。
しかしそれでどうにか正気に返りレプトム粒子の放出をカットすると、慌てて人工筋肉へ火を入れ鋼殻用の電磁射出台の設置されているゲートへ向かうとした時だった。
『ソラさんちょっとまって。これ絶対に何かおかしいよ』
『おかしい?』
『うん。だって今の今までシックスを攻撃してたのに、いきなりフォーが爆散って……』
『……言われてみると確かにな……ヒノワ、フォーを目視できるカメラをハッキング出来ないか?』
『え? ……あっ、そっか目視しちゃえばいいのか。ちょっとまって』
何か閃いた二人の会話に俺はエアロックに向かいかけた脚を止め、メカニカルキーボードを展開したヒノワへ視線をやる。
『フォーは丁度ラグランジュ・ポイントを挟んで対角にあるから、カメラを通さない限り視認出来ない……まさかそれを逆手にとって……』
ヒノワの独り言の様な小さな呟きと、リズミカルに刻まれるキータッチ音。
『レキっ、ボクたちの会話は聞いていたな?』
『あぁ、俺はどうすればいい?』
『カメラの確認が終わってから決めよう。ひとまずはいつでもイケる状態で待機していてくれ』
確認をヒノワに任せたソラは俺への指示を待機に変え、自らは携帯端末を操作し何か調べ始める。
そして俺は一際巨大な人工の箱庭に遮られ、直接望む事が出来ないラグランジュ・フォーの浮かぶ宙域を映すモニターへ視線を無意識に向けていた。
だがモニターには当然ラグランジュ・ポイントが映りフォーの姿は見えない。
代わりにリニアカタパルトが生む環状の加速域が、連なる様に生成されていくのがみえた。
非常事態宣言を受け鋼殻の数は襲撃の時よりも更に多く、ライトグリーンの環を機体が通過する度に爆発的に速度を上げ飛び出していく。
「実戦の熱なのか……」
一見するれば一糸乱れぬ見事な飛び出しなのに、少しだけ冷えた俺の頭は、目の前の光景に強く警鐘を鳴らし危機感を煽る。
いったい何が起こっているんだ……
連続するキータッチの音は焦燥感へ変わり始め、嫌な膨らみ方をしていく疑念は俺の心を覆っていくのだった。




