マリオネット
薄暗い室内に浮かぶ幾つものモニターと、部屋の一番奥に設置された大型スクリーン。
しかしそこに映るのは、不可視の敵から放たれる砲撃によって散っていく僚機達。爆散する灰色の機体を見る度に噛み締めた奥歯が悲鳴をあげる。
「おい! まだ座標は特定出来んのかっ!?」
軍を預かると決めた時の覚悟はなんだったんだ、とばかりに思わず怒鳴ってしまうが返事をする者はおらず、引っ切り無しに飛び交う管制士の声と機材の電子音が室内に響いた。
クソッ……こうまで特定出来んとは……ステルスコロイドしか考えられんが、戦艦クラスを隠蔽仕切る技術となると他のラグランジュ位しか思い浮かばんぞ。
……よもや同盟国は無いだろうが……くそっ、考えるだけ時間の無駄か。
一度大きく深呼吸をした私は、椅子が軋むのを無視して乱暴に席に着き、引きちぎる様に上着のボタンを外した時だった。
「アンノン、攻撃座標特定しましたっ! データ映します!」
若い男の管制士が大本営中に響き渡る声で叫び、待ちに待った情報をスクリーンに出す。
しかし敵影を示す赤いドットがラグランジュ・シックスを覆う様に表示され、私は思わず舌打ちを鳴らす。
約200隻……
しかしこの場合だと数より相手側の陣形が厄介だな。
突破するにしても馬鹿正直に突っ込めば、敵陣に辿り着く前に蜂の巣か……
かと言って行かなきゃ、いずれあの蒼白い光束が此方に集中して、ラグランジュ・シックスが墜ちかねない……
……座標が特定出来ても好転せず……か……
「益田COご指示を」
判断に迷う私へ間宮が、携帯端末を差し出しつつ軽く頭を下げる。
そして絶対の信頼を置く秘書が見せる画面を、一瞥した私の腹が決まる。
「たった今、真田が敵勢と交戦を開始した! 発進した全鋼殻へ座標データ通達。真田に続け!」
再び勢いよく立ち上がった私は、日本が誇る世界有数の戦力を叫び突撃を指示すると、一斉に管制士達が通信を始める。
その表情に希望が灯るのを見た私は、本当にタイミング良く英雄は現れるものだな、と年甲斐も無く思ったその時。
「真田機、敵艦1隻撃破!」
大きく2度机を叩きながら興奮を通り過ぎ、陶酔した様子の女性管制士が戦果を報告する。
一瞬にして沸き上がる歓声と、直ぐ様それを使って担当機達を鼓舞する通信が飛び交い、スクリーンに映る僚機を示す青いドットの勢いが増していく。
敢えて敵影が濃いエリアを選び、一際動き回っているのが真田だろう。
後続との距離を巧みに取りながら赤色を蹴散らす青色に、随伴していく青色達。そしていつしか、一筋の青となった僚機達は、赤い包囲網の一点を突き破り風穴を開けた。
再び大歓声が沸き上がる大本営だったが、動きを止めない青いドットに私は祈る。
死に急ぐなよ真田。
生きて還ってこその英雄だぞ。
*
「草壁はどうしたっ!?」
とうに作戦決行時刻を過ぎたのにもかかわらず、一向にラグランジュ・シックスに変化が見られず声が荒くなる。
「未だ通信途絶中です!」
奇襲で与えた混乱を立て直したシックスの鋼殻部隊による反撃が強まる中、もう何度目になるか分からないやり取りが虚しく艦橋に響く。
私が望まない同じ報告しかして来ない管制士に怒鳴る寸前、更に追い討ちがかかった。
白亜の装甲を赤熱色に変えられ、爆炎と閃光を撒き散らし瓦解していくグゼフ。
その周りを飛び交う光は彗星の様に尾を引き、死に体のグゼフへ攻撃を加え続けているのがモニターに映る。
「グゼフ轟沈っ」
管制士の報告通り、周囲の艦を捲き込み爆散したグゼフを眺めながら、全身の力が抜けていく。
なぜだ?
強襲は上手くいったんだ。
作戦通り草壁がシックスの内部を掻き回していれば、こんな……こんな事に…………
そ、そうだ……まだテイラーがいるではないか。
「テ、テイラーっ!? テイラー?」
な、なぜ返事をしない?
周りの目を気にする余裕も無くなり、私は情けなくテイラーを呼んだが、返って来たのは無情にも別人の声だった。
「テイラー様は先程、鋼殻で出撃されました!」
な……私を残して出撃だと……
テイラーは何を考えているのだ……
主人を置いて行くなど言語道断……
いや待て。
落ち着けラヴィニア。
テイラーの事だ。
何か策あっての行動だろう。
……ならば……
「ぜ、全鋼殻部隊を出せ! テイラーと草壁が行動を起こすまで持ちこたえさせろっ!」
そうだラヴィニア。
反撃と言えど小規模。
まだこちらが優勢なのだ。
今はとにかく時間を稼げばいい。
テイラーの立てた作戦だぞ……心配などいらぬわ……
「散っていく仲間に報え! さぁっ! 火星の為に振り絞れぇっ!」
あぁ……そうだ同志達よ……
その命無駄に等しない。
だから安心して火星の為に死んでくれ。
*
『ユヅル様、状況をおしらせ願いますか?』
心地い好い気だるい余韻に浸っていると、不自然な程に特長の無い声が俺を呼んだ。
ちっ、未だにこいつだけは腹の底が読めねぇな。
『抜かずの2発をぶち込んで掻き回してるとこだが、サイコーに締まりが好いから、今からもう1ラウンドな感じだ』
『左様でございますか。ただお時間だけは失念無い様に宜しくお願いいたします』
『わぁかってるよ。つーか、てめぇこそミスんなよ』
『はっ。承知しております。万全を期しておりますのでご心配なく。ではまた後程』
恭しく演技された声色に、うすら寒さを感じつつ、組み敷いたままの肉に三度目の衝動をぶつけ始める。
おーおー。
しかし諦めが悪いねぇこいつも。
口に詰め物されてるのに、まだ何か言おうとしてら。っち。
「お前もういいや」
俺は両腕を縛られ動かせない代わりに、媚びる様な視線を送って来た肉の額へ、手にしていた物を押し付け軽く指を引いた。
黒い先端と額の境界面から弱いフラッシュが漏れると、組み敷いた身体が跳ね今日一番の締め付けが、肉に埋もれた部位を襲う。
あぁ……それに……この濁っていく眼……
やっぱ肉はこうじゃなきゃなぁ……
変哲もない部屋の天井を、茶色い双眸が虚げに見据える。
既に虹彩からは生の光は消え、俺の獣性が抽送される度に糸の切れた人形は身体を揺らす。
あーたまんねぇ……




