命と代償
『よぉしっ! レキよく還ってきた!』
千代島先輩の激を受け無我夢中で飛ばしてした俺へ、ソラからの弾む様な声での無線は、ラグランジュ・シックスの防衛圏内に滑り込んだのを報せる物だった。
しかし俺は一刻でも早く先輩をPODに入れなければ、と速度を緩める事無くソラへ指示を仰ぐ。
『何番ゲートが最速だ!?』
『12番! ベースに戻って来い!』
『りょーかい!』
偏向パドルを連動させ一気に12番ゲートへ進路を切ると、黄色いイオン・スラスタのブラストを吐き縦横無尽に駆ける防衛壁が視界を横切る。
何重にも同時展開させたバリアを纏い、彼方からの光束を食い止めていた。
どうやら俺達は防衛ライン真っ只中らしく、それを構わず防衛壁の間を一直線に突っ切っていると、思わぬ無線が。
『少年、一部始終聞いてたぞ! こっから回避の事は考えなくていい。俺達を信じてぶっ飛ばせ!』
防御壁の統率者からだった。
そして言葉通り防衛壁を操り一条の光束も通すものか、とワルキューレの進路を巧みに作り、本当に一直線のコースを進むだけだった。
『ありがとうございます!』
たった一言。
だが全てを込めて。
防衛壁の道を駆ける。
外側には稲光が真空に幾重も走るが、ただそれだけ。ラグランジュ・シックスまで後僅かだ。
*
統率者の用意してくれた道を行く内に、いつの間にかモニターに収まりきらなくなったラグランジュ・シックスは、普段色々な光を点す衝突防止灯を警報色に変えていた。
同時にレプトム粒子の残量もレッドラインに近付く。ワルキューレは警告を灯すが俺は構わずスラスタを噴かす。
ゲートまで持てばそれでいい。
統率された動きで次々飛び出していく鋼殻とすれ違いながら、間違いなくワルキューレは最速レコードを更新した手応えを感じた。
飛ぶ様に流れる景色の端に【12番ゲート】を捉え俺は叫ぶ。
『TR-35・ワルキューレ、六木帰投します!』
『オーケー紳士。今ゲートを開く、勢い余るなよ!』
管制士の言葉と共に、外壁とエアロックが同時に開き始め、完全に開ききる前だったがオレンジの進入灯が俺を誘う。
『入ります!』
二回軌道修正を入れアプローチラインに乗る事に成功した俺は、菱花を抱えている影響で逆噴射出来ない機体を反転させ、スラスタを噴かす事で減速を試みる。
『オーライ紳士、ナイスアイデアだ。そのまま何とか減速して飛び込め!』
指を鳴らした音までしっかりと入った無線に従い速度を相殺していくが、二機分の重量がのし掛かる。
あー過速度かも。
A/Bに頼りたくても粒子が不足。
惨事が過り、冷や汗が背中を伝い身体が強ばる。
『最後はこっちで何とかしてやるから、すっからかんになるまでブン回せ!』
『りょ、了解です!』
事情を察してくれたオペレーターの言葉に感謝しつつ、言われた通りにスラスタを全開で噴かすが迫るゲートへの勢いは危険領域。
そして無慈悲にも粒子が枯渇し、ガタンッと機体が大きくふらつきレプトムスラスタが停止する。
『スラスタ停止、あとお願いします!』
無線を入れ俺は対ショック体勢を機体に取らせ、来るべき衝撃に備え気合いを込めると機内にノイズが走った。
『……い……れる時は……やさ……しくが……き……ほん……で……しょうが……』
雑音まみれだったが掠れた女性の声と、機体装甲を伝わる出力をあげ始めたヴァルジウムリアクターの駆動音に、俺のボルテージが振り切れる。
吉原先輩が生きていた。
と、喜びを爆発させる前に、ヌルっと機体位置が入れ替わる。
『吉原先輩!?』
前になった菱花は、フィンパネルに繋がっていたケーブルと背面のメインスラスタを噴き上げた。そのオーバーヒート前提としか思えない激しさは凄まじく、機体を軋ませ急激に速度が落ちていく。
揺れる機体。
飛び散る火花。
眼前のゲート。
『しょー……ね……ん、あと……お……ねが……い』
安全域まで後少しのところで弱々しい声が響き、菱花のスラスタが停止した。
しかし雄の本能が煌めく。
緊急用の補助スラスタを起動させ、三度目の位置入れ替え。
そして生命維持機能を保持する為にジェネレータに回っていたレプトム粒子をバイパスさせ、全てレプトムスラスタに注ぎ込むのだった。
*
不可視の重力網に絡まり、全身から冷却材を蒸発させる白煙を上げる愛機。
その煙まみれの両腕に抱えられている赤い鋼殻に群がる、整備士と治療班。
最後の一噴きが幸を奏しグラビティネットを中破させたものの、何とか帰投に成功した俺の前で始まった救出作戦。
無重力エリアならではの上下関係無い姿勢から、けたたましい音と光を吐き出すプラズマトーチを使い菱花の装甲をバラしてしく整備士達に、医療班がまだかまだかと声を荒げるのが分かった。
しかしすげぇ手際の良さだな。
始まって間もないのに最終装甲板へ到達した手腕に驚いていると、機体が小さく揺れた。
『暦君、もう離しても大丈夫だよ』
ヒノワの声でモニターの端に映り込んでいた大きなアームに気付いた俺は、言われた通りに菱花を離しゆっくりと体勢を整える。
『レキーっ、ワルキューレをそのままクレードルに固定してくれ。急いで換装する』
周りの作業者達に気を付けながら立ち上がっていると、今度はソラからの指示飛んできた。
『換装?』
『左腕の交換と、天回をインストールする』
何で今更?
と、聞こうとしたが、沸き上がった歓声に俺の質問は掻き消されモニターに映る全員が笑顔になったが、一瞬の内に沈痛の面持ちへと変化した。
そして一斉にPODまでの進路を空けると、抱き抱えられた白いアンダースーツ姿の身体が目に入る。
右腕上腕部より先、欠損。
右大腿部より先、欠損。
右側頭部熱傷。
その他負傷多数。
自分で驚く位冷静に、怪我の状態を分析した。
宙を漂う熔けた動殻の残骸は吉原先輩の受けた熱量を無言で物語る。焼け爛れたスーツは破れ、露出した皮膚は黒く炭化している部位もあった。
破れた隙間から覗く部位はケロイド状に脹れあがり、綺麗だった肌は見る影も無くテラテラと体液を滲ませている。
ただ欠損部を高熱で焼かれたおかげで血は止まっており、出血多量での死亡を免れた様だった。
凄惨な姿に眼の奥深くが疼く。
おかしいな。
冷静なのに……
自分で驚く程の、抑圧出来ない殺意が湧いた。
*
『レキ、時間が惜しい。直接続でいくぞ?』
交換後の神経接続時間を短縮させる為に、機体と同期させたままでの作業を提案するソラ。
『あぁ……』
クレードルに固定されたワルキューレに乗り込んだまま、俺は彼女の要求に応える。
『ん……じゃぁいくぞ?』
『あぁ……』
煮えたぎる頭とは別の思考回路が返事をし、ソラを映していたモニターがブラックアウトする。
変わりに羅列されていく白い英数字。
猛烈な速さで増殖していく文字達は、きっとヒノワの指が生んでいるのだろう。
それを焦点の合わない視線で何となく追っていると、左腕に異変が起こった。
固く噛みしめた奥歯から声が漏れる。
『っ……』
焼ける様な熱が腕を這いずりまわり次第に奥へ奥へと侵入していく。焦げる様な臭いを脳が錯覚し、突如痛みが肉の中から破裂した。
『損傷部位、除去終了。このまま交換に入る』
事務的な声色のソラは俺の状態を気にする素振りを見せず淡々と説明をすると、破裂したと思った腕に感覚が戻り始める。
しかし安堵する間も無く、激痛が俺を襲う。
感覚が戻っていく度に針が一本また一本と、肉の奥深くに埋められていく感じ。脂汗が滲み額から珠になって滴る。
『暦君、無線を切って叫べば少しは楽になるよ』
微かに作業音を混じらせ、ヒノワが心配そうに声をかけてくるが、吉原先輩の痛みに比べれば。
『大丈夫』
こんな遊びみたいな痛みで、弱音なんて吐けるはずが無いだろうが。
吉原先輩や散っていった命の代償。
楽になる?
クソ虫供を殲滅したらなるのか?
動かす度に激痛が走る腕を見つめ、俺は殺意の純度を上げるだけだった。




