雪路覚醒
視界の端で黄色く点滅する表示が、粒子の枯渇をちらつかせる。加速分をカットし回避へ回す事を決め、メインスラスタの出力を絞った。
俺は一刻も早く帰投したいのに、命を繋ぐ為にはヴァルジウムリアクターを全開で稼働させる選択しか出来ないのか、と悪態をついてしまう。
「クソッタレ……」
俺の声が虚しく響く中、緩む事もなく無作為にバラ撒かれる光束は、既に直撃を受け生命活動を止めた無重力に漂う残骸を、容赦無く蹂躙していく。
ピンボールの様に弾かれ、砕かれ、超高熱に焼かれ真っ赤に溶解していくのを、俺はモニター越しにただ見るだけ。
そして元の姿を無くした残骸達はデブリに生まれ変わり、時速三万キロメートルと言う猛烈な速度で宙をさ迷う。
「冷静に……集中しろ……生きて還るんだろ……」
直撃すれば粉微塵となるデブリの暴風雨が渦巻き、警告音は鳴り続け擦り切れそうになる自分に言い聞かせ、俺は脅威を避けて飛ぶ。
ピッチ、ヨー、ロール。
目紛るしく変わる景色。
それでも吉原先輩へ極力負担のかからない機動を意識して、全ての要素を最適かつ最小で繰り返し難を逃れる。
しかし確実に量を減らしていくレプトム粒子。
舌打ちを鋭く鳴らすと、合図の様に警告が黄色から赤色に姿を変え、更に大型デブリの接近を報せて来る。
熔解し引きちぎられた鋼殻の腕だった物。
赤や白い人工筋繊維。
生々しく無惨に延びるケーブルを晒しながらワルキューレに迫るその後ろに、カメラが一隻の大型シャトルを捉える。
条件反射で映像を拡大すると、機体のいたる箇所から煙をあげており、目眩の様に視界が狭まる。だがシャトルは大きな残骸を巧みに利用し、命を永らえここまで来たのが分かった。
凄腕。
ただそうとしか評せない奇跡に希望が湧く。
あのサイズは長距離移送用のシャトルだろう。パワーはあるが小回りの利かない機体で、この嵐の様な砲撃の中生き残っている操舵士に、俺は尊敬の念しか抱け無かった。
しかもよく見ると、デブリを機体係留用のテザーケーブルを利用し、盾にしているのが目視出来き操縦士の機転に笑みが溢れる。
この状況で諦める事無く職務を全うしようとする操舵士に、俺は心の中で敬礼を送った。
そして単晶ガラスから覗く、機内乗員の様子も俺に力を分けてくれる。
命に替えても子供を守ろうと、子供を抱き抱える若い夫婦。
両手を握りしめ、何かに祈りを捧げる男。
頭を抱え身を小さくする老婆。
回りを鼓舞する若い男。
負傷した少年を懸命に治療する女性。
絶望してもおかしくない状況で誰一人、生を諦める事無く自分に出来る事をやっていた。
胸が熱くなった。
だが糞な状況に容赦等無い。
遠方より飛来した蒼白い光束が盾代わりのデブリを易々と貫通し、シャトルのメインノズルを撃ったのだ。
円く刳り貫くかれ、周囲から赤熱色に染まっていく被弾箇所が、一瞬遅れて赤黒い爆炎を噴き出す。
「クソッタレが!」
理不尽過ぎる一撃に感情の抑えが効かず声が荒ぶる。
神懸かった反応で間一髪ノズルの切り離しは間に合ったようだが、シャトルの機動力は半減。
最悪の結末が見え始め、映る映像に怒り震える全身と、諦めにも似た感情が俺に湧く。
レーダーが複数の熱源を探知したのだった。
射線はシャトルと交わっており、あの推力じゃ回避不能。
もう何度嘆いたか分からない俺は、どうしようも出来ず視線を外しかけた時だった。
『簡単に諦めてんじゃねぇーぞ幼女趣味野郎』
巻き舌ぎみに届いた無線と、猛烈な速度でレーダーに映った鋼殻の機影が、熱源群とシャトルを分断する様に飛び込む。
防御姿勢のままスラスタを全開推力で焚いた鋼殻は、秒速約30万キロメートルの勢いで迫った艦砲射撃級の高出力レーザーに呑み込まれる。
迸る閃光。
拉げ撒き散らされ、宙に霧散していく光束が浮かび上がらせる青い装甲。
抗う事など不可能なはずの暴力を耐える鋼殻に、俺の理解が着いていけない。
回避運動も忘れ棒立ちで漂う俺をよそに、青い鋼殻のスラスタはレッドラインを越えた出力で機体を押し留める。
そして刹那的な時の間に光の奔流は鎮まり、残光が輝く宙に無線が響く。
『こちらラグランジュ・シックス所属、千代島雪路。操舵士及び乗員の皆さん、よくここまで耐えてくれました。ここからは私が安全圏まで護衛させて頂きます』
背を晒していたシャトルへ向き直り、元の塗装など見る影を無くした大きな盾をかざす、青いストライクホーク。
絶望から護ってくれたのは、あの千代島雪路だと俺はようやく気付くが、言葉が出ない。
すると苛ついた声が。
『おいロリコン、ぼさっとしてっと叩き落とすぞ』
秘匿回線で届いた無線と一緒にストライクホークが持つ盾から、何かがワルキューレに向かい射出されたとモニターに表示される。
まさか砲撃?
跳ねた心臓に俺は咄嗟に回避しようと機体を捻ると、更に苛ついた声が。
『それぶっ挿して、とっとと吉原を届けろ不能ロリコン野郎』
『あ……え?』
展開の読めない状況に混乱していると、突如ワルキューレからの許可申請が上がる。
ポップアップした表示は【補給】の2文字。
『テンパり過ぎだド素人が。レプトムバッテリーだから、さっさと受け入れろ』
しかし俺の理解よりも前に来た千代島の答えは、今一番ワルキューレに必要な物だった。
『は、はい!』
知っている人物とは別人の様な雰囲気を出す千代島に思わず返事をすると、バッテリーがリアクターの外部接続コネクタへ強制的に自動で突き刺さる。瞬く間にレプトム粒子が補充されゲージがみるみる内に回復していく。
5秒程で役目を終えたレプトムバッテリーは、軽い炸裂音を鳴らす。コネクタから抜け宙に浮いたカートリッジはデブリになるのを防ぐ為に、自壊プログラムが起動し跡形も無く融解し散っていった。
ワルキューレからの補給完了合図で思考も動き始め、いきなり俺はトップギアへ入ってしまう。
『き、機体は大丈夫なんです? BS装甲と言えど、無事じゃ済まないでしょ? あ、ありがとうございます』
要領を得ない言葉で捲し立て、あのクラスの光束を耐えられるはずの無いストライクホークへの心配が先に出た。
『女神の盾舐めんな』
だが俺の心配を鼻で笑い、心外とばかりに返してきた千代島は、再び飛来した光束を鋼殻を覆う程のサイズの盾で2度目も問題無く防ぐ。
軽く光束をやり過ごした様だが、熱で塗装が焼けているのか煙を撒く楕円形の盾に俺の注意が向く。
よく見ると内側には幾つものスラスタノズルが着いている様で、其を利用し機動力を失わず巧みにシャトルを護っていた。
しかし見た事の無い兵装だな。
『イージス?』
初めて聞いた名称に聞き返してみたが、千代島の怒りを買うだけだったらしい。
『うるせえぞっ! 一分一秒も無駄に出来ない非常時だろうがっ! 補給したら、さっさといけ!』
呆気なくキレた千代島は吠え、俺の返事を待たずに次を続ける。
『とにかくシャトルは任せろ。お前はお前の役割をこなせばいい』
補給を確認した千代島は、そう言って一方的に無線を切ると、シャトルを護る為の機動に集中していくのが解った。
腐ってもラグランジュの先輩か……
そんな千代島のせいで、不謹慎と思いながらも表情が弛むが、悪い気はしない。
気を取り直しモニターを確認すると、残り距離は僅か。
思いがけない先輩からのプレゼントに、レプトムスラスタと気持ちに火が入る。
ここからは全開だ。




