出来る事を
一瞬のやみ間もつかの間、再び彼方より飛来する光の筋。
それを抜群の連係を持って受け流す花弁は、身を散らす様に赤い粒子を撒いていた。
軌道を逸らされ掻き消える光を横目に、俺は菱花の下に辿り着く。強制脱衣させて搭乗士の安否を知りたい衝動に駆られるが、確認した所で何も出来ないと思い止まり、一秒でも早く帰還する事だけに集中する。
どの姿勢が一番いいのか迷うが、機動性を保つには抱き合う形が一番、と結論付け邪魔になったレゾナブレイクを手放し、俺は菱花を抱える。
右手で切断された左手首の上辺りを握り、固定具合を確認しているとビデオチャットが入った。
『P.O.Dの手配もついた。あとは君達だけだ。たっぷり説教をくれてやるから、さっさと戻って来てくれ』
『野菜責めは勘弁してくれよ』
『軽口などいらん。シックスにも砲撃が来ているが、外よりは安全だろう。ほら、さっさと動け!』
鳴り響く警報も一緒に届ける、ソラからの通信が切れると、俺は細心の注意でレプトムスラスタに身を委ねる。
近くを流れる光の隙間。
アンノンの攻撃位置を特定したのか、編隊を組んで飛んでいく鋼殻達を、加速を始めたワルキューレのカメラは捉えていた。
しかし嵐の様な光の掃射は緩むどころか、一層激しさを増していき爆ぜる様な輝きがいくつもみえる。
やりきれなさから噛み締めた唇は、容易く裂け生暖かい鉄の味が口腔を汚すが、俺はアレが何の光なのかを考える事を止める。
今俺が出来る事だけを思考しろ。
降り注ぐ光束は自身にも迫ってるのだから。
*
P.O.Dの手配を済ませた私が戻ると、ようやくラグランジュ・シックスの防衛システムが起動完了したらしく、降り注ぐ光の筋を容易く遮る輝く壁がモニターに映っていた。
「……遠い」
だけど私の口から出た声に、喜びは含まれていない。
だって、よりによって一番遠い戦域にいる暦君を思うと、不安でならない。
震える身体。
張り裂けそうで、でも潰れそうに痛む胸を押さえ、モニターに釘付けになっていると掠れた声がかけられる。
「ヒノワ、天回の点検。ボクは左手の交換準備をする」
「え、何言ってるんですか? 暦君が戻ったら避難するんじゃないの?」
すでに動殻のアシストを受け、部品を運び始めていたソラさんは意味の解らない言葉を私に向けた。
「……レキには言ってないが、ボクはあの蒼白い光束に見覚えがある……」
足を止め振り返った彼女の表情は、悲しみが張り付いていた。力なく下を向いた視線が弱々しい。
しかし内容の方は穏やかじゃない……
私が持つ知識では黄や赤、白等は見当がついたが、あれだけ高出力の蒼白い光だけは正体がわからなかった。
でも何故かワルキューレの姿がリンクして閃いた。
「見覚えって……あんな色のレーザーなんて有るわ……ってまさかレプトム粒子!?」
「察しがいいな。ボクも実物を拝むのは初めてだが、母の研究資料にあった物と酷似している。……まぁ間違いないだろう」
「間違いないって……スラスタ以上に実用化が困難視されてきましたよね? ……あの出力に耐えられる回生増幅器なんて出来っこない」
「ヒノワそれは過去だ。実際にスラスタはワルキューレに実装され、レーザーだって……ほら、雨あられだ」
ソラさんは、慈悲の欠片も存在しない空間を顎で示す。
防衛システムの影響で、レーザーの被弾による微細な振動は無くなり、いつの間にかサイレンの音も消えていた。
変わらないのは赤く点滅を繰り返す警報ランプと、ラグランジュ・シックス防衛システム外の宇宙空間で猛威を振るう、あの光束だけ。
そこに混じる蒼白い筋に、私は一先ず納得する事を優先した。
「にわかには信じられませんが、レーザーの詳しい説明は後で。ただ天回と左手の準備が何故必要なのかは、簡潔にお願いします」
すると私の脳波に反応した動殻が、素早くアシストを開始する。
軽く締め付けられる感じと同時に全身の重みは消えたけど、ソラさんの言葉は別の重みをもたらした。
「十中八九、相手は火星だろう。そして砲撃をみて分かる様に、奴等は本気だ。対応を間違えれば、その先にあるのは死あるのみだ」
「ちょっ、ちょっと火星って……それ本気で言ってるんですか?」
「あくまで推測だがな。だがボクの視た資料は火星の実験データだった。それに此処はもう戦場だ。レキを死なせたくないなら、最悪の事態を想定しろ」
そう言って作業に向かったソラさんは、もうこちらを振り返る事は無かった。
一人残された私の目には白々しく点滅するSOS信号の光。
それが一つ、また一つと確実に数を減らす。
そう答えは一つ。
私は全速力で駆けた。
*
蒼白い光束が最後の赤い花弁を突き破る。
辛うじて射線がずれ、幾分減退した光束が俺の横を通り過ぎていった。
『六木、今ので最後……後は管制位しか出来ん。出雲を頼むぞ』
『大丈夫っす。先輩達のお陰でなんとかこの状態に慣れる時間貰いましたし、残りは管制して貰えるだけで十分』
安全圏まで約半分の距離を残して三枚の花弁を失い、心底申し訳なさそうに謝る先輩へ俺は正直な思いを告げた。確かに花弁と言う防御手段が無くなったのは痛いが、それ以上に管制士の恩恵が勝っている、と実感出来るからだ。
すると、早速の情報。
『頼もしい限りだ。その冷静さのお陰で俺達もパニックにならずにすんだよ。だが危険は変わらぬどころか増して来てるぞ。蒼白い光束の出力が異常過ぎる。数が多くないのが救いだが、特に注意してくれ』
『補足。蒼白いのは一定の隙間を保って掃射してきている。これまでの射線から推測するに、相手はシックスに対して傘状に展開しているはず。……正直衝撃的過ぎて感覚が麻痺してるよ』
『あと連射は出来ないのかも。蒼白いの単発ばっかだね。……俺は冷静を保てているのか、混乱しているか判断つかない……』
先程まで対戦チームだった三人から、矢継ぎ早にもたらせられる貴重なデータと、不安定の吐露。
俺も生と死の狭間で脳内麻薬が大量分泌された事による、一時的な麻痺状態であると自己分析していたので、先輩達の気持ちもよく分かった。
そしてナビはと言うと、ろくに照準されずただ放たれているだけであろう攻撃だったが、手数の多さに紛れて届く致死性の光束を予測するのにありがたい物だった。
『……実はやせ我慢っす。気を抜くと一気にパニックになりそうだから……あと、申し訳ないんですが逐一情報お願いします。以後返事しませんけど全部聞いてますんで』
会話中も容赦無く降り注ぐ攻撃を、何とか最小の回避運動で凌ぎながら、俺は要望を伝え通信を切ると、一方的な言葉にもかかわらず先輩達は、律儀に情報を流してくれた。
彼等も何かしていた方が気が紛れるのだろう。
俺はそれを基に軌道を修正しながら、周囲の様子を視界に修めていく。
モニターに映る世界は色取り取りの光が彩り、普段の様相とは全く別の表情をみせている。
流れ星の様に跡を残す光束は理不尽な鎌。
儚く揺れる花火は、正体さえ知らなければ見惚れる命の輝き。
両腕にかかる負荷は鋼殻の質量。約2000キログラムの重みは、数字には表れない重圧を俺にもたらす。
ゆっくりとだが単機より確実に早いペースで減り続けるレプトムの残量ゲージに、背後から迫る死の足音が聴こえた気がした。




