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罪の息吹

「潜入させた草壁(くさかべ)からの情報通りですな」


 綺麗に撫で付けられた白い髪の毛先を触りながら、柔和な笑みを貼り付けた顔を私に向ける初老の男(ふくかん)テイラー。


 私はシート脇にあるサブディスプレイに出された、一件の個人情報に目を通している途中だった。


 草壁(くさかべ)ユヅル。


 18歳、男。

 今では数少くなった、第一期(ファースト)火星開拓移民(チャイルド)の子孫。

 幼少時代より鋼殻の操縦に類い稀な才能をみせ、三年も前倒して12歳で星営(せいえい)の搭乗士育成機関を卒業。

 同時に火星自衛軍がスカウトし、試作研究機のテストパイロットとして数々の貴重なデータを残す。

 その後開発の仕事にも回るが、ある任務の為軍を偽装除籍。

 それが今日現在、ラグランジュ・シックス一年として日々を過ごす彼の経歴。


 幾度となく読み込んだ情報は既に暗記しており、私は最後までいく事なく副官へ返す。


「で、その草壁は今?」


「こちらの砲撃開始から30分後に、主要施設の破壊工作を実施すべくシックス内で待機中です」


 テイラーは手早く携帯端末(アシスタ)を確認すると、ウソ臭い笑みを絶やす事無く報告してきた。

 その後も特段計画に変更は無い、と付け足したテイラーは(うやうや)しく頭を下げ、私の言葉を待つ。


 するとテイラーの身で遮られていたメインモニターが視界に入る。

 本来であれば大気の無い宇宙空間では、くっきりとみえるはずの景観に、ステルス擬装の影響で(もや)がかかっていた。


 人が造りし人工の世界。

 ラグランジュ・ポイントを中心としたコロニー群。

 人々の希望であり人類が誇る叡知の結晶は、脈動する様にコロニーのビーコンライトが規則正しく点滅を繰り返し、己を誇示する様に悠然と佇む。


 そして、か弱い光りは鋼殻だろう。

 同じ星に住む者同士で争う為だけに、腕を磨く瞬きに思わず鼻で笑ってしまう。


 愚かなり。

 私の中にあるのは、ただそれだけ。

 多数あるオレンジに囲われた宙域を見た私は、沸き上がる感情に囚われそうになるが、見計らったタイミングでテイラーが引き留める。


「ラヴィニア様」


 腹の奥底を揺さぶる声に、私は感情を押し止める。

 顔をテイラーに向けると、いつの間にか彼は姿勢を戻しており、偽りの笑みで此方を見ていた。


 その物心ついた頃から記憶にある表情に、私はやるべき事やらねばならぬ事を思い出す。


 私はゆっくりと頷き、口を開く。


「報告ご苦労。では予定通り、このまま作戦へ移る。隠密行動(ステルスコロイド)維持のまま回線開け」


「回線開け」


 私の指示を復唱するテイラーに従い通信士も復唱する。

 有線接続を示す部位のランプが緑に灯り準備が整うと、艦橋(ブリッジ)にいる全員の視線と感情が、私に集中してくるのがわかった。


 期待

 興奮

 不安

 怒り

 狂気


 それも全部私が背負おう。

 だからあなた達は従うだけでいい。


『諸君。ラヴィニア・ヴィンチだ。まずは礼を言わせて欲しい。君達の力無しで今日という日を迎える事は出来なかった、ありがとう。そして……ついに火星に住まう者への、長年に渡る地球からの呪縛を解き放つ時が来たのだ。地球人(テラノイド)は傲っている! 火星の技術力を持ってすれば、食糧プラント型のコロニーなど造作も無く建造出来るのにもかかわらず、奴らは再三の話し合いを持ってしても、それを認めなかった。そして皆も知っての通り、先人達は武力で勝ち取ろうとし、逆に武力によって屈した。その結果、より一層厳しくなった食糧統制により、我々……火星人(マルスノイド)を新技術を生む家畜の様に扱って来た。……否、これからもずっと家畜扱いだろう。だがしかしそんな事は一部の人間だけで大多数の地球人は友好的だ、と言う声もあるだろう。確かに全ての地球人が、その様な考えであるとは私も思っていない。が、その大多数から漏れている少数の人間、軌道エレベーター保有六国を中心として結成されている国連、それを取り巻く各国の首脳陣こそが問題なのだ。被害妄想? 笑わせるな。古くは疑似重力機構、人工太陽光に完全循環型閉鎖環境(バイオスフィア)システム等。数え上げればキリが無い程の火星が生んだ技術を、奴らは表面上では甘い言葉を並べ立て、我々から技術を吸い上げる事しかして来なかった、その結果が今の状況だ! 生かさず殺さずの支援が欲しいのか? 名前だけの、飾りにもならない自治権等必要か? お前達は搾取される事で幸せを覚えるマゾヒストなのか? このままでいいのか? ……私は……私は、断じて許せん。先人達の犠牲を無駄にしてはならない。私達は人間だ。前回の敗北で我等は学んだ。衝動だけではどうにもならない、と。あの敗戦から脈々と繋がって来た準備(けいかく)は、今ようやく熟した。いいか諸君。これは革命では無く火星の息吹だ!』


 そう。あなた達は引き金を引かされるだけ。だから(つみ)は無い。


 全て私の(ざい)



 陶酔にも似た視線の渦。

 演説と言う名の煽動を終えた私は、ゆっくりと右手を上げ息を整えると、乗員達の雰囲気は一変し己の役割へと集中していった。


『全艦、照準合わせ』


 いい緊張感のなか私の命令と同時に、正面のモニターに映るラグランジュ・シックス。

 元は日本人の血筋である草壁ユヅルが潜入しやすい、と言う理由だけで最初の標的になった哀れな(まと)


 数秒の空白の後。

 砲撃担当からの報告。


「全艦照準よし。いつでもいけます」


 平淡に抑えられた声が、逆に気持ちを高揚させる。

 状況を逐一報告する声がスピーカーから流れる中、身動(みじろ)ぎ一つしない乗員達の緊張が手に取る様に分かった。


 それもそうだろう。ここにいる全員の想いが重なる第一歩で、緊張しない方がどうかしている。

 現に私の腕も震えが……

 これが歓びの震えになるか、恥辱の震えになるかは今から決まる。



 そして雛鳥の様に初々しい軌道が、モニターに光の線を残す。

 鋼殻戦(カーニバル)の為に(そら)に出ているのは、未来ある若者が殆どだろうが、その若い蕾は私の合図で呆気なく摘まれるのだ。


 正直恨みなど無い。


 しかし躊躇はしない。

 地球人(テラノイド)に生まれた運命を呪い、我等の花道を赤く華やかに彩ってくれ。


 私は大きく息を吸い、これまで生きてきた中で最大の声で叫んだ。


『全艦、主砲発射!』


 私の怒号はタイムラグ無しで各艦へ伝わり、積年の想いと混ざり合ったカクテルライトの光束が走る。

 主砲発射の影響で艦が僅かに揺れた震動の後、遠くで慎ましやかな花火が幾つも()ぜた。


『作戦通り、ラグランジュの鋼殻接近まで撃ち方維持』


 少し痛む喉を水で潤し命令を出すと、堰が切れた様に再び光が溢れた。縦横無尽に伸びるそれは火星の怒りだ、と言わんばかりに蹂躙を繰り広げていく。



 塵芥の如く散って逝く命に私の何かが壊れたのが、はっきりと分かった。

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