吉原出雲がいざなう
お互い同じ近接タイプなのを考慮して、まずは腹の探り合いになるとの予想をした俺を、嘲笑う様に小細工無しで突っ込んで来た敵機に向かい、思わず舌打ちが出た。
完全に先手を取られた形になり俺も突撃するかどうか迷うが、菱花が左肩に手をやった事で、その選択肢を捨てる。
そのまま菱花は右腕を振るうと、手には短刀が握られており艶を消した銀色の刀身がみえた。
しかしそれも束の間。
直ぐに熱せられた鉄の様に暗い赤色へ染まっていくと、刹那的に輝きを増していった。
瞬き一つの間で輝白色へと変化した短い刀身を、俺の相棒は危険と認識。
モニターの一部に拡大映像と警告内容が映し出された。
摂氏4500度。
タングステンですら融かす熱を秘めた、超高温の刃。
その情報に俺は、足をとめて打ち合うのは危険と判断し、全レプトムスラスタを用いて離脱を試みる。
が、敵機は俺の機動を読んでおり、いくら規格外の機動性能を生むレプトムスラスタと言えども、初速では速度が乗った相手の追従を振り切るのは困難だった。
短刀が光の尾を引く。
器用に花弁の一枚を操作し、捻り込む様に俺を追尾してくる菱花に、じりじりと距離を削られていく。
猟犬を彷彿させる敵機のプレッシャーで、知らず知らずの内に腰裏におさめられている共振刀へ、俺は右手を伸ばしていた。
そして緊急反転。
全身のスラスタを連動させ、曲芸の様に軌道をねじ曲げると、副産物的に生じた強烈な慣性モーメントを利用し、一気にレゾナブレイクを抜き解く。
だが、柄を握る手から伝わる共振の響きを感じる間も無く、凍る様な殺気が俺の全神経を塗り潰す。
本能の超反応だった。
前方上左斜め四十五度。
そこ目掛けて全力で得物を、すくいあげる様に振り抜く。
キィィィン!
すると酷く甲高い耳障りな音が鳴り響き、レゾナブレイクが何かと衝突した。
回転の勢いを加算した一撃だったにも関わらず、弾き返され体勢が流れる最中、けたたましい警告音。
吹き出る汗に我を忘れ、迫り来る恐怖から逃げたい一心でスラスタを操ると、側宙の様な機動で紅い鋼殻と一緒に、白く輝く灼熱の刃が空をきるのが見えた。
ジグザグに無茶な機動で避けたせいで、機体が悲鳴をあげる中俺は、彼女のセンスに唖然とする。
まさか反転した瞬間を狙って、死角へ移動したのか!?
普通なら隙になるはずもない動きですら、彼女にとっては好機だと言うのか?
が、そんな思考ですら彼女にとってはチャンスに結び付くらしく、赤く滲む花弁を背に執拗に俺を追って来た。
クソッタレ!
予想を遥かに越える相手を心で罵りながら、更に逃げようとした時だった。
『弱気になるな!』
稲妻の様な叱咤がソラから落ちて来た。
その声はタイムラグゼロで、俺の脳髄を蹴り付けると、目を覚ました心は瞬時に反応。
己に喝を入れる為鋭く叫ぶと、俺は迫りくる敵機の方向へ、レプトムスラスタ全開で突撃をかける。
習熟の進んだワルキューレは、俺のイメージを完璧にトレースしていく。
一直線で来る敵機に対し、俺は左側を引いた半身となり、右手にもった共振刀を突き出し迎え撃つ。
両刃が交わると、再び衝撃と大音量が機体を襲う。
更に今回は相手を捕捉していた為に閃光もプラスされるが、音も光も緩衝が働き戦闘には影響しない。
それは両機同じで、菱花は何事も無かった様に、追撃の二手目を放って来た。
最小の動きで最短のコースで。
今この時最も防御しにくい、メインカメラのある双眼を突いて来るが、俺はあえてスラスタオフで回避を試みる。
首を捻り起点を作ると、次に肩、腕、胴、腰と流れる様に回転力を移して行く。
軋む全人工筋肉の音と、慣性中和を飽和したのか全身を襲う倦怠感の中、狙いを外した敵機に初めて動揺の揺らぎが見えた。
それもそのはず。
この無重力空間において、普通なら悪手とされる行動だ。
まさか純粋な体術のみで回避されるとは、夢にも思わなかったのだろう。
俺は僅かだが隙を見せた菱花へ逆襲とばかりに、回転でついた勢いそのままレゾナブレイクを、敵機の右太股へ照準を合わせ振り抜く。
腕を伸ばせば届く距離での、超近接格闘戦の幕開けだった。
*
怒号ともとれるギャラリー達の無線がこだまする中、俺が目にしていたのは、画面一面を赤く塗り潰す様に飛び散る光の粒子だった。
速度。
角度。
タイミング。
どれをとっても必中の一撃だったはずの一振りは、菱花を斬り裂いた感触とは別の物を伝えて来た。
ゴム?
俺は子供の頃、公園にあった古タイヤを木の枝で叩いた時の事を思い出す。
が、次の瞬間には思い出は掻き消える。
『いっただぁきまぁーすっ!』
突然の無線は吉原出雲。
そして同じくして左手首に衝撃と、部分欠損の表示。
フィードバックにより左手から痺れが駆け巡るが、俺は構わずレプトムスラスタの噴射を小刻みに操作し、追撃への回避行動をとる。
『オネーサンからは逃げれないよっと!』
しかしそれすらも彼女には通じない。
敵機はワルキューレの左手を噴き飛ばした犯人、真っ赤に染まった花弁の一枚を差し向けた。
プラズマエンジンの技術を応用した花弁は、赤い放電を放ちながら、左捩り込み機動をとっていたワルキューレを、ロックオンしたとばかりに迫る。
機体の警告音のみならず、自身の生存本能も悲鳴を上げ、俺は無我夢中でスラスタを操り反撃の糸口を探る。
だが菱花は、そんな俺を笑う様に死角に隠していた残り二枚の花弁を開き、待ち受けていた。
覚る。
完璧に誘導された俺は、為す術も無く、呆気なく、完全に、どうしようもなく、死地へと追いやられたのだと。
ただ所謂、走馬灯なる物はみえず血の様に赤いハナビラが、スローモーションになったセカイでワルキューレの体幹、俺を食い破ろうとするのがみえた。
それを理解した俺は一秒……いや、0.1秒でも長く生き永らえたい。ただそれだけが頭と心を埋めていくのであった。
そして、瞬間が来る。




