表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグランジュ・ポイント  作者: かりんのいえ
ミックスアップ
45/59

吉原出雲がいざなう

 お互い同じ近接タイプなのを考慮して、まずは腹の探り合いになるとの予想(シミュレーション)をした俺を、嘲笑う様に小細工無しで突っ込んで来た敵機に向かい、思わず舌打ちが出た。


 完全に先手を取られた形になり俺も突撃するかどうか迷うが、菱花が左肩に手をやった事で、その選択肢を捨てる。


 そのまま菱花(りょうか)は右腕を振るうと、手には短刀が握られており艶を消した銀色の刀身がみえた。


 しかしそれも束の間。


 直ぐに熱せられた鉄の様に暗い赤色へ染まっていくと、刹那的に輝きを増していった。


 瞬き一つの間で輝白色(きはくしょく)へと変化した短い刀身を、俺の相棒(パートナー)は危険と認識。

 モニターの一部に拡大映像と警告内容が映し出された。


 摂氏4500度。

 タングステンですら融かす熱を秘めた、超高温の刃。


 その情報に俺は、足をとめて打ち合うのは危険と判断し、全レプトムスラスタを用いて離脱を試みる。


 が、敵機は俺の機動を読んでおり、いくら規格外の機動性能を生むレプトムスラスタと言えども、初速では速度が乗った相手の追従を振り切るのは困難だった。


 短刀(エクストリームナイフ)が光の尾を引く。

 器用に花弁(フィンパネル)の一枚を操作し、捻り込む様に俺を追尾してくる菱花に、じりじりと距離を削られていく。


 猟犬を彷彿させる敵機のプレッシャーで、知らず知らずの内に腰裏におさめられている共振刀(レゾナブレイク)へ、俺は右手を伸ばしていた。


 そして緊急反転。


 全身のスラスタを連動させ、曲芸の様に軌道をねじ曲げると、副産物的に生じた強烈な慣性モーメントを利用し、一気にレゾナブレイクを抜き解く。


 だが、柄を握る手から伝わる共振の響きを感じる間も無く、凍る様な殺気が俺の全神経を塗り潰す。


 本能の超反応だった。


 前方上左斜め四十五度。


 そこ目掛けて全力で得物を、すくいあげる様に振り抜く。



 キィィィン!



 すると酷く甲高い耳障りな音が鳴り響き、レゾナブレイクが何かと衝突した。

 回転の勢いを加算した一撃だったにも関わらず、弾き返され体勢が流れる最中、けたたましい警告音。


 吹き出る汗に我を忘れ、迫り来る恐怖から逃げたい一心でスラスタを操ると、側宙の様な機動(マニューバ)で紅い鋼殻と一緒に、白く輝く灼熱の刃が空をきるのが見えた。


 ジグザグに無茶な機動で避けたせいで、機体が悲鳴をあげる中俺は、彼女のセンスに唖然とする。


 まさか反転した瞬間を狙って、死角へ移動したのか!?

 普通なら隙になるはずもない動きですら、彼女にとっては好機だと言うのか?


 が、そんな思考ですら彼女にとってはチャンスに結び付くらしく、赤く滲む花弁を背に執拗に俺を追って来た。


 クソッタレ!


 予想を遥かに越える相手を心で罵りながら、更に逃げようとした時だった。


『弱気になるな!』


 稲妻の様な叱咤がソラから落ちて来た。

 その声はタイムラグゼロで、俺の脳髄を蹴り付けると、目を覚ました心は瞬時に反応。


 己に喝を入れる為鋭く叫ぶと、俺は迫りくる敵機の方向へ、レプトムスラスタ全開で突撃(チャージ)をかける。

 習熟の進んだワルキューレは、俺のイメージを完璧にトレースしていく。


 一直線で来る敵機に対し、俺は左側を引いた半身となり、右手にもった共振刀を突き出し迎え撃つ。


 両刃が交わると、再び衝撃と大音量が機体を襲う。

 更に今回は相手を捕捉していた為に閃光もプラスされるが、音も光も緩衝(アブソーバー)が働き戦闘には影響しない。


 それは両機同じで、菱花は何事も無かった様に、追撃の二手目を放って来た。


 最小の動きで最短のコースで。


 今この時最も防御しにくい、メインカメラのある双眼(デュアルアイ)を突いて来るが、俺はあえてスラスタオフで回避を試みる。

 首を捻り起点を作ると、次に肩、腕、胴、腰と流れる様に回転力を移して行く。


 軋む全人工筋肉(ソフトアクチュエータ)の音と、慣性中和を飽和したのか全身を襲う倦怠感の中、狙いを外した敵機に初めて動揺の揺らぎが見えた。


 それもそのはず。


 この無重力空間において、普通なら悪手とされる行動だ。

 まさか純粋な体術のみで回避されるとは、夢にも思わなかったのだろう。



 俺は僅かだが隙を見せた菱花へ逆襲とばかりに、回転でついた勢いそのままレゾナブレイクを、敵機の右太股へ照準を合わせ振り抜く。


 腕を伸ばせば届く距離での、超近接格闘戦の幕開けだった。



 *



 怒号ともとれるギャラリー達の無線(ひめい)がこだまする中、俺が目にしていたのは、画面(モニター)一面を赤く塗り潰す様に飛び散る光の粒子だった。


 速度。

 角度。

 タイミング。


 どれをとっても必中の一撃だったはずの一振りは、菱花を斬り裂いた感触とは別の物を伝えて来た。


 ゴム?


 俺は子供の頃、公園にあった古タイヤを木の枝で叩いた時の事を思い出す。


 が、次の瞬間には思い出は掻き消える。


『いっただぁきまぁーすっ!』


 突然の無線は吉原出雲。

 そして同じくして左手首に衝撃と、部分欠損の表示。


 フィードバックにより左手から痺れが駆け巡るが、俺は構わずレプトムスラスタの噴射を小刻みに操作し、追撃への回避行動をとる。


『オネーサンからは逃げれないよっと!』


 しかしそれすらも彼女には通じない。

 敵機はワルキューレの左手を噴き飛ばした犯人、真っ赤に染まった花弁(フィンパネル)の一枚を差し向けた。


 プラズマエンジンの技術を応用した花弁は、赤い放電を放ちながら、左捩り込み機動(マニューバ)をとっていたワルキューレを、ロックオンしたとばかりに迫る。


 機体の警告音(アラート)のみならず、自身の生存本能も悲鳴を上げ、俺は無我夢中でスラスタを操り反撃の糸口を探る。


 だが菱花は、そんな俺を笑う様に死角に隠していた残り二枚の花弁を開き、待ち受けていた。


 覚る。


 完璧に誘導された俺は、為す術も無く、呆気なく、完全に、どうしようもなく、死地へと追いやられたのだと。


 ただ所謂、走馬灯なる物はみえず血の様に赤いハナビラが、スローモーションになったセカイでワルキューレの体幹、俺を食い破ろうとするのがみえた。


 それを理解した俺は一秒……いや、0.1秒でも長く生き永らえたい。ただそれだけが頭と心を埋めていくのであった。







 そして、瞬間が来る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ