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ラグランジュ・ポイント  作者: かりんのいえ
ミックスアップ
44/59

ギャンブリング

 遥か彼方に、だが目視出来る距離に浮かぶラグランジュ・ポイントと、衛星の様に配置されている各ラグランジュが見える。



『と、まぁ説明は以上だ。質問はあるか?』


 そんな中毎度お馴染みの、極めてシンプルなレギュレーションを説明し終わった真田教官は、決まり文句の様に言うと俺達の反応を待つ。



 真空の空間に身を置く三機の鋼殻。



 (グレイ)

 洋紅(カーマイン)

 そして……真珠(パール)


 大気の無い黒い背景(キャンバス)は、それぞれの輪郭を際立させていた。


 トクン、トクン、と自己の心音が聞こえる程の静寂。


 定期的に届くのは、無意識に姿勢制御を行うスラスタの駆動音や、安定した反応をみせるヴァルジウムリアクターとジェネレータの鼓動。


 軒並み基準値周辺で推移する各種数値だったが、教官の説明を聞き終わった辺りから伸びる物が一つあった。


『レキ』


 すると、目敏(めざと)く変化に気付いたソラから確認のチーム無線だ。


『大丈夫。いつも通りだ』


 俺は努めて冷静に、腹の底で粘着性を持った黒いマグマの様な感情を隠して返すが、最近ソラとますます息が合ってきた(ヒノワ)から釘をさされる。


天回(スカイ・ロンド)を持たせないで言うのもアレですけど、今日は冷静さを欠いたら暦君でも瞬殺ですよ』


『そうだな。旧型だが名機と名高い鋼殻に加え、重度のシスコンと言えあの馬鹿を抑えての学年最強だからな』


 そして見事な連係で、更にヒノワの言葉を補足したソラ。


『だから大丈夫だって。ちょっと興奮してるだけだから』


 俺は再度息の合った二人へ訴えかけると、すごくドロドロした御言葉が。


『巨乳だもんな』

『口元のホクロとか、男の子大好きですもんね』


『……今から大事な一戦なのですが?』


 流石の俺でも解る程の嫌味を放った二人へ軽く抗議してみるが、綺麗にスルーされ回線が切られ、直ぐ様メッセージが届く。


【この巨乳好きが】

【発情期なんですね。エロザルが】


 頭が痛くなった。



 *



『んー。チーム内のすり合わせは終わったかー? 質問も無い様ならそろそろいくぞ?』


 二人への言い訳を考える間も無く、両機が定位置(スタートライン)へ移動が完了しているのを確認したのか、教官(ジャッジ)の催促が入る。

 無機質な真田教官の声に急激に高まっていく緊張感の中、先に反応したのは相手。


 準備完了の印である右腕を高く挙げたポーズをとる。

 ヴァルジウムリアクターの出力が上がったのだろう。排気口から放出される蒼白い粒子が勢いを増すのがわかった。

 同時に、背負った三枚の花弁(フィンパネル)が、俺を誘う様に艶かしく動く。しかしそれは次第に激しさを増していく。

 有線型ではあるが、脳波操作式兵器(サイコウェポン)特有の拡張と収縮を繰り返す姿に、敵機の挑発が透けて見えた。


 そして【菱花】の一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)に、熱を帯びていく観客(ギャラリー)の声援。

 だが逆に俺は、身体の芯に宿るどす黒い熱量から絶え間なく足される衝動を、集中力へ昇華させていく。


 そんな俺とリンクする様に、機体(ワルキューレ)も急速に臨戦態勢へと出力を上げる。


 それを証明する様に目まぐるしくモニターの数値や、デジタルメーターが変化していくのだが、俺は表示される精神状態の酷さを視認すると、我慢できず笑ってしまう。



 冷静に。

 落ち着け。

 平常心。



 同期(シンクロ)の影響で引っ張られ、攻撃性が増している精神(こころ)の弱さに俺は、先程二人に注意された事も思い出しながら、深い呼吸と共にゆっくりと己に言い聞かせた。

 すると吐いた息が一瞬だけモニターを曇らせ、画面を隠そうとするが直ぐに取れ元に戻る。そこに表れた攻撃性を示す数値は標準のレベルまで下がっていた。



 だが、俺がいつまで経っても準備完了(セットアップ)の合図を出さない事に苛ついた一部の観客(ギャラリー)から、野次が飛び始める。


 最近ようやくクソ生意気な一年(ヒール)から、新進気鋭な小僧(アップカマー)昇格(クラスチェンジ)出来たと思っていたのだが、今日は相手が悪いみたいだ。

 全周波無線(オープンチャンネル)から届くのは罵詈雑言ばかり。

 中には威嚇射撃までする過激な観客(ファン)もおり、黄や白の線が流れ星の様に引かれては消えた。


 さすがに戦域の中に撃ち込む馬鹿はいない様だが、今後の為にも俺への不満(フラストレーション)を無駄に蓄積させる事は得策では無いだろう。


 俺は目の前でウォームアップを終え、花弁を収納した敵機に視線を向ける。

 右腕を揚げたまま微動だにしない、見事な機体制御を魅せる吉原先輩の技量に、これまでとは一線を画す相手だと本能が訴えかけてくる。


 俺は今の自分に合わせて最適化されたヴァルジウムリアクターの出力を、遠慮無しに上げていく。

 ほぼ満タンなレプトム粒子量は、追加精製によってオーバーフロー寸前まで濃度を高められると、ワルキューレはしきりに抑制の警告(アラート)を発する。


 それと並行して少しでも粒子を消費しようと、ジェネレータは許容値限界までエネルギー変換を行う。

 フィードバックにより持久系人工筋肉である赤筋が、貪る様に生み出されてくる電力を蓄積させ、瞬発系の白筋は、はち切れんばかりに膨れあがるのが、自分の身体のこと同然に理解出来た。


 同時に相対する鋼殻からぶつけられる純粋な殺気も、犇々(ひしひし)装甲(はだ)を通じて感じられ、否応(いやおう)無しに俺を刺激する。


 無線でしか先輩と話した事は無いが、あの気安さは鳴りを潜め、ただ正面に見据えた機体(おれ)を沈黙させる事しか考えていない様だ。


 そんなこれまでには無い【何か】を持っていると感じられる相手に、俺の【何か】が震え脊髄反射の様に右腕を挙げると、間髪入れずに真田教官がカウントダウンを開始する。


 静かに。

 確実に。

 たった10秒が果てしなく永く。


 俺はその間、噴き上がる衝動を押さえ付け、奥歯を噛み締める。


 本能と理性。

 逸る気持ちを縛り合図を待つ。呼吸は自然と浅くなり、心拍数も早鐘を打つ。ただ頭は限り無く冷静に、敵機の機動を予想(シミュレーション)


 そして永遠かと思われた10秒は、やがて0を迎える。


 真田教官(ジャッジ)の声が、最後の数字を塗り潰すと、洋紅(カーマイン)が弾けた。


 三枚の花弁(フィンパネル)が描く軌道線。


 それは絡み合う螺旋。


 赤い粒子を推進力に、MH-11改【菱花】が真っ直ぐ(ワルキューレ)に迫る。

 (ほぐ)れ散っていく螺旋の束は踊る花びらの様で、それを背負う姿に誰が(いくさ)の道具と思おうか。


 観ている者全ての視線を絡めとる赤い鋼殻は、(わざ)を魅せ付ける様に、優雅に橙の檻で舞うのであった。

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