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ラグランジュ・ポイント  作者: かりんのいえ
ミックスアップ
42/59

きょじゃくさまと、重い女と、サバサバきどりと。

 白を基調とした部屋は6人も入れば満員御礼な広さ。


 その壁に埋め込まれたタクティクスボードの向かって左側に、制服と良く似た色(セージグリーン)の動殻を半装着した状態でソラが立っていた。


「レキ。ここまでで質問は?」


 アナログチックに置かれたエネミーじっきのマグネットを、取り巻く様に引かれた幾つもの予測軌道線。


 しかしボードに写る細かく書き込まれた校内戦ギャンブリングの対戦搭乗士と機体てっき詳細データは、ソラの携帯端末アシスタから転送された物で、文字(フォント)は対照的にデジタルそのものだった。


「んー……質問と言うか疑問?」


 俺はボードの右上に点滅する、青いラインで囲われた中に表示されている実機ワルキューレ状態コンディション。その近接武装に付いて聞こうとした。


天回(スカイ・ロンド)の件ですか?」


 しかし、ソラと反対側に立つヒノワから先手を打たれるが、とりあえず言ってみる。


「そうそう、天回。慣らしも出来てきてるし、何で使わないんだ?」


 校内戦(ギャンブリング)初戦の際に、スラスタ周辺に付着した準結晶化したレプトム粒子を、調査・持ち帰りしたトルクレックス社の研究チームから、見返りとして提供された試作武装が、今回も投入されない事への疑問を聞いてみた。


「その事については、もう何度も説明しただろう?」


 提供以来、事ある事に【天回】の使用をせがむ俺へ、若干イラつきながらソラが、こちらを睨む。


 それを宥める様にヒノワは笑いながら、もう何度も聞いた説明を繰り返す。


「ソラさんから話しがあった様に、貴重な試作だからしょうがないよ。でももう少ししたら、これまでの試験(データ)を反映させたヴァージョン1.1がくる予定だから、最短でもそれ以降でしか、投入は無理だよ」


「そうだレキ。まったく、何度も何度も何度も何度も君は、新しいオモチャをオアズケされている子供のようだな」


 ヒノワの言葉尻に乗っかりソラが、薄い胸部前で腕を組み大きく頷く。


 あれ……悪寒が。


「ソラさん、それは思っても言っちゃ可哀想ですよ。暦君だって一応男の子なんですから」


 身体の芯から来た、謎の震えと共にヒノワのキツい一言が俺の心を抉るが、大人(かんちがい)な俺は平静を装い機体データを盾に、食い下がりを試みる。


「それは解ってるけど、機体バランス考えたら、やっぱり天回の方がいいと思うんだけど?」


 表示される機体情報の横へ【天回】を装備させたバリエーションを並べると、あくまで計算上だが、性能向上を示す赤い文字が比較する様にアピールしていた。


 しかし俺の説得でウチの女子が動くはずも無く、ソラがいつもの表情で俺の尻を叩く。


「ふむ……解った。ヒノワよ、どうやらウチの搭乗士様(きょじゃくさま)は、天回じゃないと、勝てる自信が無い様だぞ」


「あ……そっか……だから……。ソラさん、私そこまで気が回らなかったです……じゃぁ調整は終わっているので、急いで換装しましょうか?」


 ちょっと待て。


「はっ!? 何言ってるか意味解りませんよ? 別に天回じゃ無くても楽勝だしっ」


 (マスラヲ)には引いてはいけない瞬間(たたかい)がある。


 そう。男子諸君、それが今この場面だ。



 *



【Soon,please put】


 既に聞き慣れた台詞が、肉声かと勘違いする程に艶やかな電子音声で、俺のもとへ届けられる。


 絶対に引けない闘い(せいせん)の後、あれよあれよと事前確認(ブリーフィング)は終了し、気付けば鋼殻起動直前だった。


 掌で転がされる自分に苦笑いしつつも、反復練習の成果で自然と口が反応した。


「ワルキューレ起動」


 俺の指示と同時に、急速に火が入って行くヴァルジウムリアクター。レプトム粒子は波打つ脈動の様に激しくジェネレーターを動かす。


 マスタースレーブ・システムにより神経接続された感覚が、全身を駆け巡った。己の肉体が生まれ変わっていく妙な感覚と、人ならざる者の力を得て行く事による暴力的なまでの高揚感は、他の鋼殻では経験した事の無い現象だった。


 そしてそれを肯定するが如く眼前に映る数値は、戦闘(コンバット)モードに機体も移行した事を無言で伝えてくるが、何とか呑み込まれず遣り過ごすと、見透かした様に無線が入る。


『レキ。やはりもう少し同期率(シンクロニズム)を下げた方がいいんじゃないか?』


 いつもなら音声のみのなのに、何故か映像通話(ビデオチャット)だ。とりあえず管制室かららしく、ヘッドギアを装着していないソラの顔がモニターの半分を埋める。


『大丈夫だよ。むしろもっと上げたいく……いや今のところ、これがベストだ』


 途中で急激につり上がったソラの眉に気付いた俺は言葉を濁すが、彼女の小言(せっきょう)には関係無い。


『今ですら標準値を越えているのに、あまつさえこれ以上にしたいのか君はっ! 確かに操作性や感覚は向上するだろうが、逆に負荷の帰還(フィードバック)も大きくなるんだぞ? それを理解した上での言葉なら、今すぐ再教育が必要なのだがっ!?』


 翡翠色の勝ち気な瞳を限界まで見開いた彼女は、喉の奥まで見えるほどに大きく開いた口から、雷の様に落ちて来た。


『っ! そんな大声出さなくても解ってるって』


 首筋から直接うずまき器官、そして聴覚神経に届いたソラの声量に、クラクラした頭を振って返事をするが、まだ言い足りないのか彼女のボルテージは高いままだ。


『機体を預かる身としては、今の数値以上は容認出来ないからな!』


『だから解ってるって。ソラが苦労して調整してくれてるのも、理解してるから』


 真っ赤に染まりきった顔で睨みを効かすソラへ、労う(ねぎら)つもりで声をかけると、即座に反応する人が。


『あれー、何か手元が狂いそうだよー』


 最終確認の為、機体に張り付いていたヒノワから、ものすごく棒読みな感じの冗談にならない台詞。


『ちょっ!? いやいや、もちろんヒノワも苦労して調整してくれてるの知ってるから! すげぇ感謝してるから!』


『じゃぁ、今日は、【わ・た・し】の為に勝って来る。そう言って?』


 慌てた俺の言葉に被せる様に、思考を凍らせる甘美な声。


『ほぅ……ヒノワ。ついに本性を現したか。レキ、そんな【くそ重い】女はやめておいた方がいいぞ』


『えー。ソラさんこそ、【サバサバきどり】止めた方がいいですよー。ねぇー暦君?』


 そしてそれは、もう日常茶飯事になった二人の舌戦の開始の合図でもあった。しかしヒートアップしていく内容とは裏腹に、ソラとヒノワの声は潤いを増して行く。


 不安定になりがちな俺を気遣う様に、二人の声は精神(こころ)を包み込む。それから眼を瞑り声に集中していくと、次第に二人も収まっていく。


 眼を開きモニターを確認すると、ソラの顔は消えており、残った値は正常。


 自然と表情が緩みかけるが、次の無線でそんな気持ちは吹き飛んだ。



『両機、戦域(フィールド)へ入って下さい』


 女性としては、やや硬質的な声で告げられる合図は、これまで対戦して来たどの相手よりも上物との校内戦(ギャンブリング)へのカウントダウン。


 あの千代島雪路を抑えての、二年学年最強。


 モニターに反射した俺の顔は、崩れる表情を隠す事も出来ず、三日月様に弧を描く口元は、禍々しい位に(べに)がさされていた。


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