響の鋼殻講座ーその1ー
パチンっとまばたきに乗って星が飛んできた錯覚に陥ったが、俺は何とか表情を保ちソラの反応を待っていると、彼女が他所行きの表情を貼り付けていくのが見えた。
「響教官殿。ご提案は大変有難いのですが……。申し訳ございません。本日はTR-35のフェイズ検査中ですので、辞退申し上げます」
幼い容姿とは対極な雰囲気で、ハッキリ笑顔で断りを入れた我らがオーナーに対し。
「自分で言うのもアレだけど、僕の指導って人気あるんダヨ??」
キラキラした笑顔を崩さずソラヘ食い下がった男の娘教官は、何故か右手首に通していた黒いヘアゴムを外すと、キューティクル満タンの髪をポニーテールに結った。
その行動からソラは、相手が退く気を持っていないと判断した様で、軽く溜め息をつくと更なる断りを入れる。
「もちろん存じ上げています。最も予約が取れない教官としてお名前を良くお聞きしております。感覚的な作業も、理論的且つ実践的に指導してくれる、と。ただ、だからこそ響教官のお力を必要とする生徒を優先させるべきだと思うのですが?」
と、そこまでソラが言うと、初めて響教官の表情に変化が起きた。
「うーん。まぁ神崎ちゃんの言う事はもっともだとは思うんだけどねぇ。でもここはラグランジュだから」
教官の顔からキラキラは水が引く様に消え、真面目な顔つきで言われると、ソラの表情も変わる。
「……代表戦の為ですか?」
「うん。察しが良くて助かるし、その答えが出せるなら、指導の意味も理解出来てるよネ?」
「まだ……一ヶ月ですよ?」
「うん一ヶ月だね。だけど、その間に君達は幾つ白星を重ねた?」
偽りの表情はやめた様で、少々不遜ではあるが普段通りの感じで話すソラだったが、質問に質問を返され纏う空気が冷たくなっていくのが分かった。
だが教官相手だ。渋々ながらも答える。
「八つです」
「そうだね。しかも一年のみで八連勝だよ。そんなチームほっとかれると思うの?」
しかし結論が見えているやり取りだ。あっさりと逃げ道を塞がれたソラは、ゆっくりと首を横に振るしかなかったのであった。
*
「いい? 鋼殻は構成として大きく六つに分けられます」
なし崩し的に指導へ持ち込まれた俺達は、ショッキングピンクの動殻を装着した響教官が、鋼殻の構成についての説明を黙って聞いていた。
基礎中の基礎だが、ソラもヒノワもアシスタをノートモードに切り替え準備万端で挑んでいるのであった。
「まずは装甲。機種によって様々な材質が使用されているけど、最も多く採用されている物は、繊維強化セラミックとバイオシリコーンの積層装甲だよネ。ちなみにTR-35は装甲用に特別配合されたカーボンチタニウムの多層構造装甲、FL-15JのBS装甲には、ヒヒイロカネって大層な名前をつけられた特殊な合金が使用されてまーす」
アイデンティフィケーションタグを付けられ、作業台の上に並べられた装甲を指差し、響教官は続けていく。
「でぇー、それを外すと下に駆動系統のメインである生体有機部品、人工筋肉が出て来るんだけど、人の筋肉配置に良く似た造りになってるから、鋼殻以外にも人体構造の勉強も大事って訳なんだヨー。あ、油圧、電動、リニア・アクチュエータと紆余曲折を経て、現在に至ってマス」
ワルキューレに横付けされた作業ステップから、響教官に促された俺は手を伸ばし艶かしい表面を指で押すと、弾力性の高さを示す様にグイっと反発を感じるのであった。ソラとヒノワは触り慣れている為今回はスルーみたいだ。
「レッキーが触れてる部分は赤筋だね。持久系統で柔らかいのが特長で、逆に白筋は瞬発系統で固いんだよ」
地上にいた頃は、親父に整備全般を任せていたから、あまり馴染みの無い経験に夢中になっていると、よくわからないアダ名と共に教官の説明が耳に入って来た。
「ちなみに可動部の殆どには、室内超伝導のマイスナー効果を応用した浮遊関節機構が初期から採用されてまーす。ってレッキー……君は大人の階段を登るのはもう少し後がいいかもね……」
妙に癖になる触感に掌全体を使って、一心不乱で弾力と戯れている俺を捨て置き、話しを進めて行く教官。
「さぁ気をとりなおして! 次は内骨格。初期の機体には炭素繊維強化プラスチック複合材を加工した物が使われていたんだけど、テラフォーミング用から軍事兵器へと需要が変化すると共に、より柔軟性に富み強度の高いカーボンチタニウムに取って変わって来た訳ですねー」
一頻り赤筋を堪能した俺は、女子二人の視線を感じ、誤魔化す様に説明のあった人工筋肉の隙間から覗く、煤けた色の金属に目を止める。
光沢の無い無機質な表面に、配合が違うといえ、同じ材質であるカーボンチタニウムの装甲とのギャップを感じていると、教官はソラとヒノワを連れて機体後方移動して行くのが見えた。
「そしてー動力。人類の叡智ヴァルジウムリアクターで精製したレプトム粒子を素にして、ジェネレータを回した電力で、主な機器類を稼働させてます。当然、人工筋肉もだネ」
火の入っていないリアクター表面をコツコツ叩いた教官は、二人を引き連れ一周してまた正面に戻って来た。そしてフェイズ検査には操作系統の点検項目も入っており、搭乗口である体幹部前面は肋骨を思わせるフレームが左右に開き、内部を露出させていた。
「ここはヒノワっちの方が得意かな。搭乗室でーす。マスタースレーブ・システムが採用されてて、搭乗士の動きや脳波で入力される思考を読み取り、鋼殻へ伝える役割。これにより機体の動きは人工筋肉との相乗効果で、人に近い動きが再現可能となっているんだよー。まぁ実際には搭乗士の身体は動殻に固定されており、動かないんだけども」
様々なケーブル類が見え隠れする中を、響教官が指を差しつつ言った前半部分の言葉に、青筋を立てる幼女と、満面の笑みを浮かべる少女。あ、ヒノワさんが凄い勢いでメモを取り始めたな……
「はーいヒノワっち、鋼殻に関係無い事は、メモしなくてもイイヨー。あ、神崎ちゃん……本気で睨むのは禁止ですよー。て、遊んでる場合じゃないか。さあ最後は……その他色々! センサーや、配線・配管関連等、人で言うなれば血管や神経みたいな物だね。あ、後は武装関係や管理システムも入るねー」
コックピット内に垂れ下がっているケーブルを、手に取って説明をしていた小さな教官は、キャッキャウフフと女子二人とじゃれあいながら、鋼殻の簡単な説明を終えるのであった。




