フェイズ1
カツン……カツン……と軍靴の音が響く中、最低限の灯りに絞られた格納庫の一角に、鎮座する真珠色の鋼。
ヴァルジウムの火は落とされ、沈黙する相棒の足下に辿り着いた俺は、左脚へ手を当てる。
するとカーボンチタニウムを多層構造にした装甲から、冷やっとした感触が返って来た。ゆっくり撫でてやると、独特のザラツキが指先に残る。何とも言えない刺激が癖になりそうだったが、それよりも目に入って来た事の方が気になった。
各スラスタの噴射口付近に白く積もった物質。
「準結晶化したレプトム粒子か……」
写真等で見たことはあったが、実物をお目にかかるのは初めてだった。半透明で不思議な輝きに触ってみたい欲求に駆られるが、先ほどまで一緒だったヒノワの言葉が思い出される。
【これだけの準結晶化は稀だから、教官の指示が出るまで触っちゃだめ!】
有無も言わさぬ勢いの彼女に同意なのか、ソラも縦に大きく頷いた姿が脳裏を過り、俺は伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。ただ名残惜しい気は残り、その代わりと言っては何だが、別の場所に興味を惹かれ恐る恐る触れてみた。
「重水素プラズマの余波で……」
赤紫色に伸びたホットプラズマの枝線を思い出す。直撃こそしなかったが、ギリギリでかわしたプラズマの熱波により、歪んだ装甲だった。波打つ手触りに自分達の勘違いに気付く。
反省会と言う名の、簡単な祝勝会を三人で行った。自動販売機で買った炭酸飲料の弾ける泡の様に、思い切り【乾杯】と叫んだ。記念すべき初勝利。単純に喜び、この先の校内戦の展望は明るい、と笑いあった。
が、何を根拠に。
俺達よりも遥かに経験豊富な相手達を向こうに回して、簡単にいけるはずないだろう。たった一回の勝利で何が解る。
何を勘違いした。
俺は強くない。
驕りは呆気なく死を招く。
頭上で弱々しく光りを落とすライトに浮かぶワルキューレからは、既に熱は逃げ常温のはずの表面から伝わる痛みは幻か。冷たくなった掌が、酷く滑稽だった。
*
あの後、何かに駆り立てられた俺は、いつもの三倍にあたる量のトレーニングをこなし、翌朝オーバーワークの影響か全身筋肉痛で苦しんだ事を思い出し、苦笑いを浮かべていると頭上から声が。
「ヒノワ! そっちどうだっ?」
「もう終わってますよっ! ソラさんのそこでラスト!」
頭部を上げた状態で、動殻を装着したソラとヒノワが大きく声を張りあげていた。お互いの進歩情況を確認しながら、普段の屈んだ姿勢では無く、珍しくやや脚を開いたら状態で直立するワルキューレの装甲を、動殻の補助を受けてステップの上で取り外して行く二人だった。
そしてヒノワの言葉通り、今ソラが作業している一枚で最後なのが、下から見上げた俺の目に写る。
真珠を想像させる雅やかな外部装甲の中身が露になっていく。整備の為に増された光量によって、生体有機部品である赤と白の人工筋肉は、特有の艶かしさを強調する様に照らされていた。
そんな鋼の鎧を脱ぎ、文字通り生身に近い姿の機体に対し、呆れた色を乗せた声が聞こえて来た。
「……嘘みたいに傷んで無いな」
「そうですね……さすがに白筋の一部に疲労はありそうですけど、赤筋に至っては、ほぼ無傷にみえますね……」
あの初校内戦を皮切りに、怒濤の指命ラッシュを受けた結果、規定の稼働時間へ瞬く間に達したワルキューレは、一時検査を実施する事になったのだが……
早速、目視と触診を開始し始めた二人の眉が、中央に寄せられる。
「この新考案された、ワルキューレ専用人工筋肉の性能もあるだろうが……ほぼレキのお陰だろうな……」
「間違いないでしょうね……暦君の超反応とも言える反射神経で、機体制御に余裕が出来る分、過度なオーバーGが生まれず結果ダメージが少ないんでしょう……」
「だな。データで確認していて頭では解ってたつもりだったが……あの速度であの機動だろう? 今、この目でチェックしていても正直信じられん」
無線を切り忘れている女子二人の筒抜けな会話が、俺の耳朶を打ち、きっと褒められているのだろうけれど正直微妙な気持ちになっていると、半ば俺達の専属みたいになって来た男性教官が、呼んでもいないのに現れた。
「それも搭乗士の才能の内だー。すぐ壊す馬鹿より全然いいと思うぞ」
突然の後ろからかけられた声に俺達三人は振り返ると、相も変わらずヤル気無しモードな真田教官が、ニヤニヤしながら手を挙げていた。俺達はラグランジュ・シックスに来てから身に付けた素早さで、サッと姿勢を正し挨拶すると、見慣れない小柄な人影に気付く。
「えー真ちゃん、それ自虐ネターーっ」
未変声でキャッキャと声を上げるオカッパな少年……もとい。響教官は一切のくすみ無い表情で、動く度に肩口で揺れる髪を手で抑えながら、真田教官に笑いかけていた。
すると、どうやら自分でも突っ込まれる事を予想していたのか、真田教官は上着のボタンを外しながら意地悪く笑う。
「機体が俺の全開について来れないのが悪いだけだ」
「あー、それ言っちゃうんだ? むぅーそれでも壊さないで乗るのが、腕の見せ所だと思うんですけどぉー?」
頭一つ分は大きい相方に対し、両頬を栗鼠の様に膨らませた響教官が文句を返していた。それから暫く、不思議なじゃれあいをみせられた俺達だったが、いち早く我に返ったオーナー様は作業を中断して、高所作業用のステップから降りて来た。
「お楽しみ中のところ申し訳無いのですが、本日はどういった御用件で?」
ソラは今日指導を頼んだ覚えの無い両名へ聞くと、響教官が顔だけをこちらに向け、桃色に潤った唇で訪問の理由を教えてくれたのだった。
「押し掛け指導に来ちゃっただけだよっ☆」




