強制パージします!
星の瞬きの様に、小刻みに揺らめくレプトムの光。幼い頃、父に手を引かれ見に行った蛍の優しい舞を思い出す。
大丈夫。
俺は大丈夫。
全ての事からボクに伝わってくるレキの言葉。
不完全じゃない、発展途上。
論より証拠。
無線を繋げばきっとそう言ってる。
確信に似た何かが、ボクの心に囁いたと同時に。
推力偏向パドルが大きく変化した。機体がグングンと垂直上昇していく。ボクが調整したままなら筋繊維が容易く千切れてしまう悪魔のプラスGを引き連れ、ループの頂点で背面姿勢から一息にロールし、水平飛行に移行していくワルキューレとレキ。
ブラックアウトした映像がフラッシュバック。
ギュッと心臓が収縮する。
思わず立ち上がり厚さ50センチの単晶ガラスに、握り込んだ両の拳を小指側から叩きつけていた。
ペチンッと今のボクを表す情けない音が、格納庫に響く。そして、何処からか嗚咽混じりの鼻を啜る汚い音も鳴っている。
それが自ら発していると直ぐに気付くが、無事インメルマンをやりきったワルキューレの姿に全部を持っていかれる。濃度を下げたのだろうか。白く眩しい程に光を吐き出していたスラスタは、蒼く優しい粒子を蒔き、ボクの眼前を染める。
恐怖から生まれた嗚咽と涙は、ボクの優しい年下からの、不器用で分かりにくくて、でも気持ちの籠ったメッセージで、この世に生を受けてから初めての嬉し泣きへ、生まれ変わっていた。
*
『レキ! 14時上方くるぞ!!』
ゾクリとする殺気と同時に、すっかり元気になったお姫様から管制が飛び込んでくる。
言われるまでもなく、機体をロールさせスラスタを噴かすと、ヌルっとした感覚が全身を覆う。ヒノワによって劇的に改善された慣性中和システムが、初期設定なら気絶寸前まで追い込まれる高Gを、あっさりと吸収した証拠だった。
回転する視界の端に、虚しく撒き散らされた重水素プラズマが写るが、俺の眼は敵機に固定される。
『暦君! ホーネットのプラズマは二段階構え!』
今朝のブリーフィングで耳にタコが出来る程、繰り返し言われた注意点を念押しの為か、叫ぶ様にヒノワからの無線。
『りょーかい!』
嘘の様にGから解放された俺は、身に釣られたのか軽口に似た返事をすると、握り締めた共振刀へ限界値ギリギリのエネルギーを供給する。
激しく唸るヴァルジウムリアクター。ジェネレータを回し、なにこれ構わず崩壊される凶悪な刀身へパワーを与える。そして余剰粒子は、直ぐ様レプトムスラスタへ流れ爆発的に濃度を上げていく。
目まぐるしく流れていく情報を、眼を滑らせながら要不用を判断しつつ初の校内戦の相手、燻した銀の様に鈍色に磨かれた装甲を持つDK-18J・ペインホーネットの動きにも注意を払いっていると、ヒノワの警告通りの展開がくる。
初撃をあっさりかわされたのにも関わらず、さして慌てる様子の見えない敵機は急速退避を開始。そして、エネルギー充填中の右腕とは逆、左腕をこちらに向けるのが確認できた。折角詰めた間合いが開き若干の苛立ちを覚えるが、充分過ぎる粒子量が俺を宥める。
同時に、両腕に同じ兵装を持つホーネットの二本目の針が、容赦無くワルキューレに発射された。
重水素を用い、恒星の初期核融合と同じ反応をおこし生み出された、全て正イオンと電子に別れている超高温の完全電離プラズマが、融解させる獲物を求め、赤紫色に輝く。
触手の様に細い繊維状の電子枝を生やしながら、磁界によって誘導された一撃は、寸分の狂い無くこちらに向かって来た。
予想を上回るスムーズさで放たれた攻撃に俺は、慌てて旋回途中にA/Bを焚き急加速で射線上を逃れる。
ズブズブっと泥に嵌まる感触と、動殻が下半身を締め付けた刹那の後に、中和量を超えたのかズンッと後ろへ圧されると、歯を喰いしばって肺から空気が抜けるのを耐え忍ぶ。
直撃かと思われたホットプラズマをかわした俺の機動に、沸いた観客の叫びがヘッドギア内に響いた。
『バカ!! 二発目の前に片をつけろといっただろうが!』
『さっさと沈めて、宇宙の藻屑にしなきゃっ!』
といい気分になりかけた俺を、ソラ、ヒノワの順で来た罵声が正気に戻す。
最高出力で放ったのだろう。
出力が落ち、逃げる速度に勢いの無い鈍色の鋼殻は、羽根のもがれた蜂の如く足掻く。スラスタ全てを連動させた見事な技術で、それなりの動きを保ちながら牽制してくるホーネットへ俺は呟く。
「今回は見逃してやるけど、次は壊すから」
慟哭の様な本能の昂りを、前回よりは余裕のある環境で残った理性が歯止めをかけた。
A/Bカットしたレプトムスラスタの蒼白い排気を背負った戦乙女は、一撃、二撃と敵機にレゾナブレイクを打ち込み体勢を崩す。
そしてヴァルジウムリアクター破壊の為、この日一番の機動力を発揮し後ろへ回り込むと、真空の空間が歪む程のエネルギーを溜め込んだ共振刀が横薙ぎに振るわれ、あっさりと決着がついた。
動力を失ったホーネットは、力無く四肢を脱力させ無重力を漂う。ショートしているのか断続的に火花が飛び、抉られたリアクター内部が照らされているのを見ていると、ようやく俺達の勝利がコールされるのであった。
*
コールより先に向かって来ていた救助の鋼殻からの指示もあり、戦域を後にした俺はゆっくりとベースへ戻って来た。
格納庫内に設置してある、ワルキューレ専用のクレードルへ機体を預けると、自動で駐留ケーブルが伸び、接続されていく。自然と大きく息を吐いくと、ジョイント完了のメッセージが浮かんだ。
ブシュゥッと放出音がして装甲のロックが解除されていくと、アンビリカル・コードに押し出される形で鋼殻から降りた俺は、ヨロヨロっとたたらを踏んでしまった。短時間解放されただけなのに、やけに重く感じる人工重力を少し恨む。
なんとか転ばずに体勢を戻そうとすると、笑い声が。
「おいヒノワ今の見たか??」
「ぷっ……ソ、ソラさんそこは見てない振りしてあげないと可哀想ですよっ」
急速に血液が集まるのが分かる位、一気に顔が熱くなっていく。あぁ……きっと真っ赤なんだろう……
しかし幸いな事に、まだヘッドギアを外していないから、二人には見えないはず。なんて事を考えていた俺は、自分の甘さと女子の容赦の無さに後悔する。
何事も無かった様に振る舞おうとした瞬間。
両腕に未知の荷重と、質の違う二種の膨らみの感触が。
「ヒノワ! 緊急事態! レキの心拍が急上昇だ!!」
「それは大変! 強制脱衣します!」
大根女優ここにあり。的な棒読みの台詞を放った二人は、超反応で離脱を試みた俺を上回る速度で、行動した。
動殻の左首筋にある小さなテンキーを、あり得ない指さばきで叩いたのはヒノワ。そして、ロックが解除されたヘッドギアを外したのはソラ。完璧とも言える連携に成功した二人。晒されるのは、耳まで赤く染めた俺の顔。パクパクと声にならない抗議をしていると、融けそうに甘い言葉が耳許から聞こえた。
「レキ、初勝利おめでとう。ボクの……初めてを奪ってくれてありがとう……」
囁く様に紡がれたソラの声に乗って届いた甘美な熱は、ゆっくりと確実に俺の全部を犯していった。




