確かな前進
数多に瞬く星々を、なぞる様に引かれるレプトム粒子の放射線。蒼白く輝いては霧散していく淡き残光は、何処へ消えるのか。
宇宙に出て直ぐ様、戦闘モードへ移行し、急速にパワーを上げて行くワルキューレの中で俺は、どうでもいい問題を考えていた。
しかしそれも束の間。
精製量が限界値寸前だと知らせる音をスイッチに、俺自身の気持ちを切り替える。
目を瞑り集中して行くと、ジェネレータがおこす小さなノイズが、耳を打つ。
ヴァルジウムリアクターからジェネレータへ。電力へ変換されたエネルギーが、血液の代わりに人工筋肉に内包されるナノオイルに供給された際に発生する、ホント小さな雑音。
普段なら気付く事すら出来ない事を、自然と探知する程冴えた五感に集中力の昂まりを実感する。
そしてマスタースレーブを通じ、戦乙女に語りかける。
お前の本性をみせてくれ。
視線の先で俯くソラに届く様に、俺と一緒に舞ってくれ。
ゆっくりと開いた目が、虚無の空間に馴れたその時、淡いレプトムは濃い光へ変貌し、機体を異次元の機動へ連れていった。
*
エアロックから室内へ戻ると、立ち上がりガラスに貼り付く様に、外を見つめる銀髪の女。見た目こそ幼いが、自分以上の天才。
そんな溢れる才能を持った人間が、涙を絶え間無く流し、鼻水を垂らし、激しい嗚咽のあまり閉じる事も出来ない口からは、涎が糸を引いて上着へ跡を残していた。
そして嗚咽に微かに混ざる声。
何も無い、だだっ広い格納庫に、女二人。嫉妬を隠す事が出来なかった私は、きっと悪くない。
それは大きく開いた窓の先。これまで見てきたどの鋼殻の動きも、霞んでしまう程の機動で演舞する機体から伝わってくる想い(メッセージ)は、千代島陽輪には一切届いては来ない。
そこで泣き笑いをしている女に、全て注がれているのだから。
*
「流、アレ捕らえられる?」
眉の上で切り揃えられた前髪を持つ野性的な女性、北条シノンが探る様に俺へ問いを投げてきた。
目の前で規格外の動きをする真珠色の鋼殻。
俺の搭乗機以上に、入手困難とされる最新鋭機種の性能を目の当たりにした、我がチーム自慢の才女は珍しく弱気だった。
しかしながら、シノンの気持ちも理解出来なくもない程の超高機動だ。
正直、接近戦になれば勝ち目は薄いだろう。
「まぁ今なら、そう苦労する事なく勝てるな」
但し彼が俺を相手に接近戦に持ち込めれば、の話だが。絶対的に経験値が低い今ならば、まず大丈夫だろう。それが素直な感想だった。
「……今なら……か。それほどなの?」
どうやら俺の答えに、不安を煽られたシノンは少し濃い眉をひそめ、更に問うてきた。
「そうだな。TR-35と六木君の相性もあって、って事だが。別々の組み合わせなら、秒殺できる」
答えつつも、先の鋼殻戦をなぞっているのか、ただの演舞にしては高G過ぎる連続機動を繰り返す機体に目を奪われる。
「おぉ!!! あれに耐えたょ! 前よりも速度もキレも凄いのに、気絶せずに、インメルマンやりきった! こりゃー機体と搭乗士以上に、整備女子二人がまぢやばぃねぇー!」
「ちょっとうるさい。解りきった事をいちいち叫ばないで。集中できない。黙ってみなさい」
すると俺と同じ意見を元気いっぱいに叫ぶ吉乃の頭へ、冷静に拳骨を落とす環の姿があった。
ゴツンっと鈍い衝突音がすると頭頂部を両手で押さえ、涙目で助けを求める吉乃を容赦無く無視をし、徐々に動きを緩めていくワルキューレに視線を戻した。
「今年の戦力になりそう?」
今度は校内から対ラグランジュ戦へと意識を切り替えたシノンが、キラキラとピンクに輝くデコレーションされた特注アシスタに出した、校内上位のチームデータを見ながら、俺に再び六木暦の評価を求めてきた。
「逆に聞くが、俺が戦力にならん人材を誘うと思うのか?」
しかしちょっと意地悪がしたくなり質問で返すと、切れ長でシャープな目が俺をい抜き、青筋を額に貼ったシノンが大股で歩み寄って来るじゃないか……
「……」
そして顔が触れる寸前まで接近してきた才女は、無言で俺を睨んだまま押し黙る。
相も変わらず頑固一徹な大事なパートナーは、自分の容姿が年頃の男にどう映っているか等、微塵も考えていないだろうなぁ、と思わせる距離感に俺は苦笑いを浮かべ、やれやれと六木暦の分析及び評価を話すのであった。
*
TR-35・ワルキューレ。
ボクが知る限りでは、最上位の機動性能を持つ機体。
同時に。
業界きっての挑戦者と称されるトルクレックス製の中でも、最も扱いが難しいと言われる欠陥機でもあった。性能向上だけを求めた先に生まれた癖の強い操縦性に、パワーバンドが極端なジェネレータ。それを補う為に世界で初めて実装されたレプトムスラスタは、まさに本末転倒なピーキーさで多くの搭乗士を振り払って来たじゃじゃ馬だった。
だけど。
今、目の前で蒼白い軌跡を描く鋼殻の機動は、そんな事を欠片もみせず、ただ……ただ美しかった。




