Not progress&Coming out
ドラフトとカップリングが無事終了した翌朝、第一グラウンドと隣接する形で建っている多目的ホールで、俺達はラグランジュ・シックスに来てから初めての、全員参加のカリキュラムを受けていた。
ドラフト会場に比べれば遥かに小さい造りだったが、全一年400人位は楽に収容出来るサイズではあった。綺麗にワックス掛けされた木目の床に並べられたパイプ椅子には、姿勢を正した生徒達が壇上で話す壮年の男性へ視線を向けていた。
「さて、今お話したここでのルール等は、各自しっかりと復習しておいて下さい。自由ですが無法ではありません。ルールを破る人間には、それ相応の処罰をしますので。と、まぁ規則関連の話しはそろそろ終いにしましょうか」
大部分が灰色に色褪せた髪を、しっかりと後ろへ撫で付けた色男で、エディケーションエリアの最高責任者であり校長でもある益田甚三郎は、表情を緩め笑顔を作った。
それに釣られる様に全体の雰囲気も軽くなり、心なしか姿勢を崩す者もチラホラ見えた。
そして程好く空気がほぐれた頃に、益田校長は唐突に話し出した。
「あーここからは、私個人の話しとして聞いて欲しい」
低く腹に響く声で、ゆっくりと言った。一呼吸おき俺達の反応を見て、再び話し始める。
「このままではそう遠くない未来、人類史上最大規模の争いがおこるだろう、と私は常々考えている」
グラウンドから流れてくる上級生達の訓練音の中、表情を一変させると冗談では無いらしく、真剣そのもので言い切る校長の姿に、俺は殺気に似た何かを感じ呑まれそうになる。
しかし校長は両の手を固く握り先を紡ぐ。
「人類が本当の意味で宇宙に進出して、既に約300年だ。六基の軌道エレベーターが稼働し、ラグランジュも建造された。科学の進歩も止まる事無く、確実に前に向かっている。現に小規模ではあるが、旧時代では絵空事だった太陽系外への調査船団も、定期的に送り出す事が出来る様になった」
確か宇宙への進出を果たしてから、かなり早い段階で太陽系内の惑星及び衛星は調べ尽くされたんだよな。結果、生命の痕跡は見つかったものの、生命体そのものは未だに発見されておらず、必然的に科学者達は外に目を向ける事になり、生まれたのが調査船団だったはず。
そして調査船団の乗員は男女問わず人気職で、校長からこの単語が出ただけで少しざわついた。
そんな沸き立ちそうな俺達を見回し、一つ咳払いをしてから。
「しかしだ。我々はどうだ? 地上にいた頃と何か変わったか? ……私の答えはNoだ。皆も知っての通り、人類は宇宙に来ても尚、覇権争いを続けている。軍事力による駆け引き。エレベーターやコロニーの有無によって開き続ける貧富の差。時代は代わり場所も変わった。だが結局は何一つ変わっていない。それが現状だ」
諭す様に話し終えた益田校長は、ふぅーっと大きく深呼吸をして、更に続きがあったのか、再び口を開く。
「そして現状を変えなければいけない、と多くの人々はハッキリと認識しているはずだ。同時にそれが出来るのは、現代を生きる我々だと言う事を君達に覚えてて貰いたい。願わくは未来に繋がる、希望のある世界を望んで欲しい。以上だ」
最後にそう言い、壇上で深く頭を下げる大人が、ひどく格好良く俺の目には写った。
*
初めてのカリキュラムが終わってからも、早送りの様に過ぎ去って行った日々。
そして始まる本当の意味でのラグランジュの教育……と言いたかったが、実は決められた授業など無いのだ。学びたい事は自ら教官に教えを乞い、欲しい部品や機材は資金調達して購入する。
自主性を重んじたと言えば聞こえは良いが、一年のみの俺達にはノウハウも無く毎日が文字通り、勉強の日々だった。
*
『レキー! 左腕アップー!』
今日も元気な幼女様の声が、ヘッドギア内に木霊する。
対千代島戦で破損した左肩部位の換装を終えたソラから、無線で指示を受け【了解】と返しそうになった時、もう一人の班員から待ったがかかった。
『暦君ストップ!! まだだめっ!』
キィン、と鼓膜を叩いたヒノワさんの甲高い声に、寸前のところで留まった俺は聞き返す。
『とりあえずストップでいいか?』
『うん。ストップー。ソラさーん、ちょっといいー?』
返事をくれたヒノワさんがソラに向かって、びっしりと書き込みの足された図面を指差し走っていくのが見えた。
彼女達をモニター越しに見下ろし、更にその先にある、格納庫を二分する簡易隔壁を見つめた。俺達はあの鋼殻戦の時に申請した格納庫にいる。
実は真田教官の厚意のもと、実績ゼロにも関わらず将来性を買われ、本来であれば高額な賃料が発生する格納庫を、そのまま無料で拠点として使用出来る事になったのだった。
と言ってもさすがに貸し切りは有り得ず、もう一つのチームと共同使用なのだが、又その相手が豪華だった。
The Impulse。そう、京野先輩のチームだ。
ラグランジュ・シックスで現役最強の名を欲しいままにし、それだけでは無く歴代最強との評価も挙がる正真正銘、日本のエースチーム。それが薄い壁一枚挟んだ向こうにいるのだ。
そう考えるだけで身体がブルっとしたのは、武者震いか、はたまた恐れか……
剥き出しの鉄骨と、白く塗られたコンクリの床が大半を占める空間へ、俺は返ってこない自問を投げ掛けた。
*
結局作業中断後、OSを書き換える事を前提とした調整に落ち着き、無事換装は終了した。
細かな修理も完了しており、残すはワルキューレのOS調整だけだった。
「……ヒノワ、本当に大丈夫か?」
ソラは、この時代には珍しいメカニカルスイッチ方式のフルキーボードを広げ、細く長い指をワキワキするヒノワさんへ、不安を隠そうともせず声をかけていた。
「んー……解析した感じはイケると思いますよ。まぁ、失敗したら初期化するだけですし」
モニター前の椅子に腰掛けたまま見上げ、実にイイ笑顔で答えた彼女だったが、ソラは目を瞑り顔をしかめた。
「……正直、初期化はキツイな。資金的にはまだ少し余裕はあるが、日程的にそろそろ校内戦に出ないとヤバい」
ソラの思わぬ報告に、固まる俺とヒノワさん。
しかしこういった時は女性が強いのか、先に復活したヒノワさんが、ちょっと真剣な表情になり聞き直すのだった。
「もしかして指名入ってるんですか?」




