その程度
ほぼ全生徒が集まっていた会場内だったが終了するやいなや、新チーム始動とばかりに蜘蛛の子を散らす様に一斉に退出していった結果、喧騒は去り代わりに哀愁を感じさせ、まとわりつく空気が残る。
「あ~? 指名漏れと拒否った一年、とりあえずこっち集合っー」
そんな雰囲気を震わせたのは、拡声器によってひび割れた声だった。俺は反応し視線を向けると呼び掛けと並行して、顔を真っ赤にしブンブンと手を振っている一人の男が目に入った。真田教官と同じ制服から分かる様に、どうやらその男も教官らしく、気付いた生徒たちはゾロゾロと集まっていく。俺達も例に漏れず流れに乗るのであった。
*
筧響。名前に負けない中性的な容姿を持った教官は寄ってくる生徒がいなくなった頃に、キューティクルまみれの黒髪に天使の輪を乗っけて生声で名乗る。
……男の娘……なの……か?
サラサラストレートを肩口まで下ろしたオカッパスタイルも相まって、恐らくこの場にいる全生徒が思っているに違いない疑問を余所に、筧教官は声変わりしていない男児の様な声で、カップリングについて説明を開始するのであった。
しかしソラから聞いていた物と大差無いせいか、他の生徒達も内容を把握していた様で、説明を聞く振りをしながらも、抜け目無く周りを探っている者が大半だった。
当然ウチの二輪の華達も、教官そっちのけでアシスタに写るデータと、集まっている生徒達を照合していく。100名近い人数がいるのだが、ソラとヒノワさんはあっという間に作業を終わらせ、アシスタのチャット機能で意見交換をし出す。ただ淡々とした表情から鑑みるに、めぼしい人材はいなかったみたいだ。
そして完全に明るさの戻った会場には、ドラフトで使われた機材等を片付ける音と、それを指示する大きな声が飛んでいた。俺は無意識に声の方へ視線をやると、生身では持ち上げる事すら不可能なサイズのスピーカーを、軽々移動させる白い動殻に目を奪われた。裸で作業しているのでは、と錯覚する程に自然な動きをする男子生徒は、こちらに気付いたのか軽く会釈をし、また作業に戻って行った。しかし俺は目を離す事が出来ずそのまま追い続けていると、ふいに携帯端末にメッセージ。
名残惜しい気持ちを抑えサッと確認すると、解禁と同時に三人で申請するぞ、とソラから。
了解、と最小限で短く二人へ返信すると、こちらを見る事なく頷くソラとヒノワさんを確認して、再び先ほどの男子生徒を探すが、既に姿は無かった。
そして話しも佳境に入り、にわかに殺気立つ雰囲気に当てられ俺は自然と高揚する。時折カンニングペーパーを見ながらも、滞り無く説明し切った教官は、ほっと一息つき深く呼吸してから、高々と宣言するのであった。
「残り者の皆さんーー! 頑張って自分を高く売って下さいねっ! じゃぁーカップリング開始です!」
精一杯の大声で叫ばれた言葉から、どうやら天然毒舌らしい、と言うどうでもいい確信を得つつ俺達の本戦が始まった。
*
結果から言うと俺達三人は無事カップリングに成功し、晴れて正式にチーム登録する事が出来た。
開始と同時に、一応期待の新人に位置されてしまった俺の元に人が殺到したのだが、ソラとヒノワさんと言うある意味最強の壁が生徒の前に立ちはだかった。屈強な男子生徒達は銀髪の妖精に拐かされ、強かな女子生徒達は黒曜の美神に退けられたのであった。
圧倒的な突破力で筧教官の元へ着いた俺達は、サクサクっと登録を終わらせ今に至るのだが。
順調だったのは俺達だけだった様で、最初の獲物を逃した生徒達は、直ぐに切り替え行動をおこしており、いたる場所から熱のこもった交渉の声が挙がっているのであった。
指名組は勿論だが、このカップリング組も当然ライバルだと考える俺は、誰と誰が組んでいくのか注意深く観察していると、ソラが不思議そうに声をかけてきた。
「レキ、何をそんな真剣に見てるのだ?」
「へ? そりゃどういった組み合わせになるのか、見てるに決まってるだろ?」
さもありん、と返してみるがソラの反応は薄く、そればかりかヒノワさんまで不思議そうな表情で首を捻る始末だ。
「暦君もしかして、この場に残ってる生徒達の事まで警戒してるの?」
「当然だろ??」
伺う様なヒノワさんへの物言いへ返事をしたが、それに返された言葉は残酷な物だった。
「レキ。意識を向けるべき対象が間違ってるぞ」
「……ソラさんの言う通り、私達が目を向けるべき相手は、この場にいない生徒達だよ」
「そうだな。ここにいる面子を完全無視と決めるつもりもないが、データ上では特筆すべき人材はいないからな」
「ですね。油断するつもりは無いですが、ここで時間を割くよりも、自分達の事をまずが優先するべきかと」
実にあっけらかんと女性陣の言葉。
オブラートに包んであるが、要は眼中に無いから最小限の注意で行くぞ。
暗にそう言った内容に、思わず反論してしまう。
「……足元すくわれないか?」
警戒して損は無いと伝えるが一刀両断だった。
「この程度のレベルにすくわれる様なら、端からその程度と言う事だよ」
クルリと俺に背を向け、言い終わる前に出口へ歩き始めるソラを、ヒノワさんも同じタイミングで着いて行く。
その程度。
表情は見えないが、あの自信満々な顔が頭に浮かび、つい吹き出してしまう。結構大きな音が出たのだが、カップリングに忙しく必死な生徒達は俺を見向きもしなかった。ただ後片付け組の数名は不思議そうな表情でこちらを見ていたが、俺は出来る限り真面目な表情で、前を行く二人の背中に視線をやり駆け足で追う。
一歩また一歩、と近付く後ろ姿は無言で俺に語っていた。
誰が相手でも負けるつもりは毛頭無い。
俺にはハッキリと、いつもの調子で言うソラの声が聞こえた。




