指名
いつしか挑発的な視線に変化した二人から逃げる様に、両手で頭を抱えテーブルに突っ伏していると、直ぐにソラがパンっと手を鳴らした。躾られてもいないはずなのにも関わらず、瞬時に起き上がりソラを見ると、彼女は満足そうに頷き口を開いた。
「ヒノワ、あのバカの事はいいのか?」
心底嫌そうな声色で言うソラに、最後の難関を思い出した俺は、ヒノワさんに視線をやる。
癖は強そうだが、短く整えられた艶々の黒い毛先を指で弄りながら、チラッと横目で俺を見たヒノワさん。流し目の様な格好となり妙な色香にどぎまぎしていると、口元を動かしあっけらかんと笑った。
「えぇ。その事でしたら大丈夫です。あんなシスコンDV野郎の事は忘れて下さい。それに邪魔する様でしたら、次も暦君にぶっ潰して貰いますし」
さらっとイイ笑顔で、猛毒を吐いたヒノワさんに驚くが、ソラはさしてびっくりしなかった様で、悪い笑顔でサムズアップして返していた。しかし俺はそんな簡単には納得出来ず、ヒノワさんに再度確認した。
「ちょっと待って千代島さん。簡単そうに言ってるけど、天橋立やグラウンドでのオニイサンの行動や態度を見る限り、とても君を手放すとは思えない……言いにくいけど……日常的な暴力とか大丈夫?」
「ん……すっごく怒り狂うでしょうね……でも、もし暴力に訴えて来たら、また暦君が守ってくれるんだよね? ……それにラグランジュに来た最大の目的を今さら逃す訳ないよ……」
嘘っぽい笑顔から自然な笑みに変わり、ホワっとした空気がヒノワさんから溢れる。太陽の様な温かさに、思わず見とれてしまい後半部分を聞き逃してしまうが、何とか気を取り直し俺は答えた。
「そりゃぁ守るには守るけど……兄妹でしょ? あーその……部屋とかで二人っきりになっちゃうよね?」
一人っ子の俺には、正直良く分からない事だが、兄弟のいる友人達の話しを思い出しながら聞くと、ヒノワさんは小さく頷きながら言った。
「その点については大丈夫かなぁ。私養女だから、お義兄様と血が繋がっていなくて、それでお義父様が間違いがあったらいけないって、二つお部屋を借りてくれてるの」
思いがけないヒノワさんのカミングアウトだったが、朗報とばかりにソラは喜び邪悪に口元を綻ばせた。俺も格段気になる事でも無く、むしろ日常的にあの馬鹿の危険に晒される事が無いと分かり、ホッとしたぐらいだった。
若干砕けた感じで話すヒノワさんの姿は、思ったよりもしっかりしている様で、第一印象のオドオドした感じから随分とイメージが変わっていった。それから今更だけど、とソラ主導で改めて簡単な自己紹介を行う事になったのだが、俺の情報など興味が無いと思うので、銀はAで黒はD。
今はこれだけを此処に記す。
*
「まぁドラフト指名で得られる様々な特典を放棄する形になるが、人材には代えられないしな。とりあえず初動の資金はボクが準備するから、まずは無事カップリングを成功させるぞ」
自己紹介後の細かな打ち合わせを終え、ソラが俺とヒノワさんの顔を見ながらまとめると、測った様に放送が入った。
『間もなく新入生ドラフトの開始時間です。関係者各位は会場に参集願います』
落ち着いた雰囲気の声がスピーカーから流れ、俺達は顔を見合わせる。そして三人で壁掛け時計を確認し、開始時間まで残り15分を確認した。
誰が音頭を取るわけでも無かったが、俺、ソラ、ヒノワさんは、スッと立ち上がり、三角形を描く様に自然と三人で掌を合わせる。触れた箇所から、一人では得られない心地好い温もりが伝わり、俺と同じ気持ちを抱いてくれているかは分からないが、二人は笑う。
対照的な笑みを浮かべて。
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鋼殻を配備しての式典等を行う事も想定された造りの大ホール。
高重合体床材は素材特有の光沢を魅せ、ドーム型の天井一面に貼られた有機エレクトロルミネッセンス照明の優しい光を受け止めていた。
そんな空間の中で進行役は二人。グラウンドで見たガッシリした体型の最上級生と、女性の割には長身な綺麗系美人。スタイルは細身だが、華奢な感じは一切せず野生の獣を彷彿とさせる雰囲気を出していた。栗色のロングストレートヘアは眉が出る位置で真っ直ぐ切り揃え、切れ長で形の良い目を強調する。それとブレスレットの色が確認出来ないので学年不明だが、声はあのアナウンスと一緒だと言う事は直ぐに気付いた。
そして空間投影式立体ホログラフィーでホール中央に映し出された二人によって、ドラフトは滞り無く進んで行く。
抜け道が多く、正直大荒れの展開を期待していたのだが、そんなワクワクを裏切る様に、次々と指名が確定していった。アシスタで集めた情報から、今回の目玉であろう火星人の搭乗士を巡って3チーム指名が被った位で、その後は淡々と流れて行く。
予定調和と言うか、根回しと言うべきか。出来るだけ効率的に人材確保したいのか事前に調整している、とヒノワさんが俺に耳打ちして教えてくれた。耳たぶと唇が接触寸前の距離まで顔を寄せてくれたので、吐息が穴にかかりムズムズしてしまう。しかし平静を装い真顔で切り抜けたつもりだったのだが、隣のブーツが躊躇する事無く無防備な脛を打ち抜いたのだった。
全力では無いと思われる一撃だったが、目から火花が散る位の痛みが走り、辛うじて叫び声を耐えるが堪らず悶絶した。涙目になりながらソラに抗議の視線を向けるが、逆に据わった目で睨み返され出鼻を挫かれる。なんか理不尽さを感じながらも親父の【本能に従え】を思い出し、文句を我慢していると遂に名前がコールされる。一気に視線が矢の様に集まり、様々な感情が乗った想いが肌を焼いて行く。
そして呼ばれたのは俺。対して指名チームは驚く事に進行役がオーナーを務める、ラグランジュでトップに君臨するチームからだった。




