合法だよ
はた迷惑な騒ぎを起こした色々とありそうな2人は、揉めつつも去って行き、いつの間にか警備員も姿を消していた。ギャラリー達も騒動の顛末を見届け、興味を無くした様に足早に後にする。
元通りの喧騒が戻り、俺の耳にはスピーカーから流れるアナウンスや、行き交う人達の会話が聞こえるが先ほどの事が頭から離れないでいた。
ん……まさかの先輩って……
いきなりトラブル抱えたなぁ……
「でもまぁ……見過ごす選択肢は無かったしな……」
自然と心の声となり漏れ出てブツブツと独り言を言いながら、投げ捨てた買い物かごと商品をコソコソと回収して購入したのだった。
*
会計を済ませた俺は搭乗時間も近くなっていたので、早足に2番ゲートをくぐりチェックを終わらせ一番窓際の指定席へ着いた。
っと、あの2人とは別のフロアか……
ほぼ満席となっているが、例の2人がいないのを確認しホッと溜め息を一つ付く。そしてカバンから1冊のパンフレットを取り出す。
「「ラグランジュ」」
真っ黒の表紙に白抜きで書かれた文字が、デカデカと載っている。
上質な紙で作られていたが、もう何度も読み返したせいでパンフレットの端はボロボロ。俺は読み込んだ内容を復習する様にページを捲る。
*
ラグランジュ。
文字通りラグランジュ・ポイントに本部を構える教育機関。
主に鋼殻に関する4種の専門士を育成する為の場だ。
・搭乗士
文字通り、直接乗り込み操縦する者。
・整備士
鋼殻の点検整備、改良や改修等、主にハード面を触る者。
・管制士
戦闘時、弾道予測や敵機の捕捉、リアルタイムで変化する戦況等を予想し搭乗士をサポートする者。
・開発士
鋼殻の装備一式の研究開発やシステム等、ソフト面を司る者。
紙面に記された、各コースの在籍期間は7年。年齢は関係無く試験さえパスすれば俺の様に15才でも、門をくぐる事が許される。
そして、この機関は各国の力の縮図であり、軌道エレベーターの所有国同士の意地と技術と人材のぶつかり合う場所でもある。
ラグランジュ・ポイントの周囲を回る衛星コロニー。
L1(ワン)から6(シックス)まであるコロニーは各軌道エレベーターの所有国が保有している。
1・アメリカ
2・イギリス
3・インド
4・オーストラリア
5・ブラジル
6・日本
その為に非軌道エレベーター保有国は保有6カ国と良好な関係を築く為に、技術、資金、資源……人材、ありとあらゆる手段を講じて、必死の外交を繰り広げているらしい。
また、全ての衛星ラグランジュには保有国が運営する教育機関があり、全6校の取り纏めがラグランジュ・ポイントにある本部となっている。ただ本部とラグランジュ・ポイントは国連保有となっている為に、関係者以外の渡航許可は中々下りない。
そして毎年、各校総当たり戦で成績を競っており、成績は生徒達は勿論、国とそれをサポートする国々の威信をかけた本気の戦いとなっていた。テレビ放映もされ国を挙げて本気で応援するのは当たり前だった。
で、その威信をかけた戦いとは。
鋼殻(HS)を使った格闘技……と言っても、殴り蹴り等だけではなくて、遠距離光学兵器から接近戦闘用武器などレギュレーションを守っていれば何でもありの戦闘競技なのだけれども、何でコレが威信に繋がると言えば。
単純。
宇宙に出ても尚、人類は主導権争いの手段は武力のままだからだ。流石に2000年初頭の様にドンパチ派手にやり合う事は無いが、抑止力として武力は相も変わらず使われているのだ。まぁやり合うのは学生だから成績=国の武力って訳ではないが、そこはホラ、あれだ。
面子なんだろう。
*
暗記している内容にも関わらず集中し過ぎて、いつの間にかNO2シャフトが上昇を始めている事に気付くまで暫くかかった。
高速で離れて行く景色と地面。
軌道エレベーター「天橋立」は中央2基のメインシャフトと、それを囲む様に立つサブシャフト4基の合計6基で構成されている。
メインシャフトは物流、サブシャフトは人員を運ぶ様に設計されており、各エレベーターは多層構造だ。
確か一度にサブ1基で1000人位は運べるはず。
……メインの方は知りません……後で調べるか……
くだらない事を考えつつ、ふとガラス越しにメインシャフトへ目をやると、丁度同じタイミングであちらも上昇を開始していた様だった。僅かに振動を伝えながら、俺達の乗っているサブシャフトよりも遥かに大きな箱が上昇していた。
そして俺は、透明度の高いガラス越しにピカピカに真新しい装甲を光らせ、鋼殻専用のクレイドルに直立固定されている最新鋭機種に気付き、急激にテンションをあげた。
おぉ……あれはフラックス社!
むむ! こっちはドレイク社!
ふぉー! 極めつけは……トルクレックス社!!
有名鋼殻製造企業各社の鋼殻に俺は、思わずガラスに顔が変形する位強く、べたりと付け食い入ってしまう。
すると
「ふむ。若いのにいい趣味だ。特にトルクレックス製に一番の興奮を覚える当たり……実にボク好みだ」
もの凄く落ち着いた雰囲気なのに、恐ろしく小さな少女……いわゆる幼女的な声が斜め後ろからかけられた。俺はギクリとしながらも、ソーっと振り返ってみると、ひどく華奢な未成熟の脚が目に入ってきた。
……やはりお子さまか……年上として……はずひ……
しかし無視する訳にも行かず、俺は平静を装い……幼女の顔へと視線を持ち上げると、眼前に衝撃が!
銀髪幼女キタコレ!
脳内でお祭りした瞬間だった。
「もぐぞ?」
にっこり「はーとまーく」的な笑顔で、銀髪幼女が百々目色のオーラと一言を放つ。
……なんてエスパー 。と馬鹿な脳内処理を施していると
「ふむ。どうやら君もボクと一緒で新入生かい?」
本気では無かったのか一瞬で殺気を納めると、俺のブレスレットに視線をやり、ピンクの唇を動かし言った。
銀髪幼女でボクっ子キター! と思わなくもなかったが、幼女の言葉を聞き服を確認すると、先程頬を腫らした少女と同じ制服を着こんでいた。
今度は失敗してはいけないと
「あ、ども。搭乗士コースの1年の六木暦、15才です」
条件反射の如く無難な挨拶をした。
すると、こちらからの自己紹介を好意的に受け止めてくれたのか、幼女は笑顔で頷き返してくれたのだが……
「ふむ。意外と礼儀正しいな。神崎ソラだ。ちなみに18のお姉さんだ」
予想外来た。
衝撃的な事実に硬直していると、年上の幼女はニヤリと口角を上げ花咲く様に言った。
「合法だよ?」