solid very short
「ふむ。どうやら君は野菜嫌いみたいだな。それとも、単に大根が嫌いなのか?」
驚きの余り、硬直していた俺へ背後から掛けられた言葉に、思わず振り返る。
そこには腕を組み右手を顎に当てた格好で、大根サラダと俺の顔を交互に見るソラの姿があった。背中には大きなバックパックを装備してる。
「……別に嫌いじゃない……」
まさかの登場に動揺が隠せない俺だったが、とりあえず嘘をついてみた。
「そうか。うん。嫌いじゃないんだな。ふむ。ならよかった」
しかし稚拙な演技に騙されたのか、突然の参上だったソラは、少し眉間に皺を寄せていた表情だったのだが、俺の言葉を受けスッとほぐれた様に思えた。そして、彼女は俺の隣の空いている席に移動すると、おもむろに荷物を下ろす。
台詞の意味も行動もここに来た理由も不明なまま、銀髪の姫はカバンの中からドドンっ、と取り出した物をテーブルの上に置いたのだった。
そこには。
「えーっと……ソラさん?」
保温性に優れているのだろう、と想像つく作りの四角い入れ物が鎮座しており、一応俺は聞いてみる。
まだゴソゴソしていたソラは、何やら追加で取り出すと、ノロノロ説明を開始した。
「……まぁなんだ……昨夜、君のバイタルデータを診させて貰ってな……む、もちろん医師の許可は得たぞ。と、すまない。話しが逸れたな……単刀直入に言うと。レキ、野菜不足だ」
実に恐ろしい言葉と共に、禁断の蓋が開けられた。個人情報漏洩じゃないですかいやー。
ぎっしりと敷き詰められた温野菜達に、負けず劣らずなキラキラとした、新鮮な笑みを浮かべるソラに、今さら【野菜嫌いです】、と言えるはずも無く、俺はひきつった笑顔で覚悟を決めた。気合いを込め手を合わせる。いただきます、と小さく言って俺は勢い良く、ソラ特製ポン酢が掛けられた緑や黄、オレンジの物へ箸を伸ばすのであった。
*
「うん。良い食べっぷりだ」
リスの様にパンっと頬に蓄えた俺へ、細めた目で嬉しそうに呟くソラの左手に、幾つもの切り傷が見えた。
だが、あえて気付かない振りで、俺は咀嚼した野菜を飲み込む。水で口腔内をリフレッシュしていると彼女は真顔になり、本題はここから、と言わんばかりの雰囲気をまとう。
「さて、レキ。今日はドラフト当日だな」
「おうよ。ソラと俺の記念すべき1日になる日だ」
何故か耳が赤く染まったソラだったが、言葉を繋ぐ。
「その通りだ。だが問題発生だ」
「問題?」
「これを見てくれ」
差し出された水色にカラーリングされた携帯端末を覗くと、ずらりと並ぶ名前と数字が表示されていた。
「あ、俺の名前もあるじゃん」
目敏く自分の名前気付いた俺は、画面をタップしてみた。
すると画面が切り替わり、軽快なSE音と共に、出てきた内容に眼を開く。
中性的な顔立ちは亡き母親の譲りで、キレイな二重瞼に少し大きめの黒目。肌色も親父に似ず、男の割には色白で密かなコンプレックス。
逆に髪は烏よりも真っ黒で、短く刈り込んだソリッドベリーショート。
お隣の未亡人、春菜さんの手によって整えられた強くはないが、若干の癖を生かした髪型をした、入校の際に提出した全身写真が画面中央にあった。そして周りには入試の結果を元にした、得手不得手の解説が載っていたのだった。
また、バイタルデータや168センチの55キロと、身長体重まで記述されており、ちょっとびっくりしました。
知らぬ間に徹底解剖された自分自身のデータに、思わず身を乗り出し見入ると、ソラが説明をしてくれた。
「そう。これはレキのデータだ。そして他にも……」
ソラは軽やかに操作し、俺以外の情報を写す。
そして、数名確認したところで、俺は気付く。
「これって、もしかしてドラフトの参考資料か?」
「正解。しかもラグランジュ公認のネタであり、更にランキングまで載っている始末だ」
再びアシスタを弄り俺のページへ飛ぶと、ソラは画面左下を指差し、コツコツとつつく。
そこに書かれていた数字は3。
「……俺は3番人気って事でいいのか?」
「うむ。正確には搭乗士で3番だがな」
「あ……なるほど……でも、これが難題ってやつに関係するのか?」
ソラの言葉から分かる様に、ご丁寧にも各コース別にランキングが出てた。ただドラフトはコース関係無く行われるので、総合ランキングが重要だよな、と思っていたら。
「大ありにきまっている。昨日のパフォーマンスの影響だろうが、ずっと圏外だったのにも関わらず、一気にランク上位だ……この順位なら間違いなく、どこかと指名が被るだろうな」
そう言い終わった後に軽く息を吐き、何ほざいてるんだ、このカスが。的な表情で幼女は俺を見つめるのだった。
*
いたたまれない雰囲気が二人を包むが、お姉さんが肩を持ち上げ口を開いた。
「まぁランキングに載ってしまった原因は、ボクだからな」
ソラはスッと表情を戻しアシスタをテーブルに置くと、すっかり野菜が空になった入れ物を、片付け始める。
「んーそれを言うなら、そもそもの原因は千代島先輩だろ?」
「いや、ボクの責任だ。安い挑発に乗りさえしなければ、今の状況にはなっていない」
俺の眼を見ながら、テキパキと卓上をさらったソラは、自分の責任だ、と言い切る。個人的にはソラは悪くないと思うのだけれど、今さらソコをほじくり返しても、しょうがないので俺は話題を変えた。
「なら、ソラが言う難題ってやつの解決案を考えようぜ。過ぎた事あーだこーだ言っても意味ないし」
「……その通りだが、レキに言われると……なんだ……アレだ…………癪だな」
ソラはバックパックのファスナーを、閉めながら俺を見ると、ちょっと唇を尖らせ拗ねる様に呟く。
付き出された瑞々しい桃色の肉花に、妙な興奮を覚えるが、耳から入ってくる賑やかな音に冷静さを取り戻す。
そして周りを見ると、いつまにか食堂内に人が溢れて来ており、俺とソラは自然と、どちらからでも無く椅子を寄せ合うと、難題とやらの対策方法を議論するのであった。




