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 ズズッ……ジュボボッ!


 薄く色付いた液体から匂い立つ、いりこ出汁の香ばしさに誘われた俺は、火傷する程に熱せられた麺を一息にすすり上げた。同時に鼻を抜けていく上品な香りと、うどんに絡む(つゆ)からは、昆布のうま味が口一杯に広がる。

 コシの強い麺は、噛めば噛む程に甘味が強まり、複数の出汁も重なって止められない味となっていく。

 ……まぁ、所謂(いわゆる)【素うどん】だったが、エデュケーションエリア内の学食で出された一品は逸品だった。

 更にPODで急速回復の副作用で、強制的に代謝させられた影響により俺の胃袋はすっからかん。

 空腹と言う最強の調味料を加えられたUDONは湯気を立て、晴嵐(せいらん)が流れる様に消えていったのだった。



 *



「も……もう一杯……」


 そんな自ら発した微妙な寝言で、俺は目を覚ました。

 霞む目だったが、最近自分の部屋と認識してきた寮の天井とは違うシミに、ここが何処か思い出す。

 あの後、さすがに帰宅は許されず、うどん堪能後に再び医務室へ戻された俺は、そのまま一泊となったのだ。


 独り静かな薄暗い空間へ、遮光カーテンの合間から差し込む陽が、埃をキラキラとさせていた。ブレスレットに目をやると、いつもの起床時間より少し早い時刻を標している。ただ二度寝をする気分でも無かったので、俺は若干違和感の残る身体を起こす。ギシっと軋んだベッドを降りると、ヒヤリとするリノリウムの床を素足の裏に感じた。

 グッと伸びをしてから、そのまま横に併設されている棚からハンガーにかけられた制服へ手を伸ばすが、病衣を着ている事に気付き手を戻す。いそいそと脱ぐと黒のボクサータイプの下着1枚となる。


 ヒョイとベッドへ脱いだ物を捨てると、再び制服に手をかける。ストレッチ素材のパンツに足を通しベルトは締めず、続けて白のボディスーツを着込む。それから細めのベルトをバックルに入れながら、ヒノワさんとの事後を思い出して行く。


 客観的に見れば口論(ディベート)は、ヒノワさんの勝ちだったと思う。まぁソラの負けと言うか、俺とソラの負けだろうなぁ。安全性能を無視した機体は、やはり褒められた物ではない。他にも反省すべき点は次から次に出てくるが、それを相談すべきオーナー様は当然ここにはいない。


 と言うか、昨日ヒノワさんが退室した後、ソラは言い負かされたに等しい状況にも関わらず、終始笑顔だった。


 あの神崎ソラがだ。


 しかし偽りの笑みでは無かった様で、彼女は俺の体調を優先した。反省会は後日と言って、なぜか弛んだ顔の鼻歌まじりで帰って行ったのだった。


 なので、反省ネタは溜まる一方と言う感じだ。



 一旦回想を中断し、ベッドに腰掛け靴下まで身に付け終わると、軍靴(コンバットブーツ)へ足を入れる。昔ながらの編み上げでは無く、加圧で密着させるボアタイプだ。足首にあるボタンを数回押し込むと、適度に締まりフィットした。立ち上がりグニグニと足を動かすが、ガチッと固められたブーツによって抵抗を受ける。しっかりと保護されているのを確認した俺は、最後に上着を取ると白薔薇(ソラ)の残り香に気付く。彼女の容姿には、ちょっと背伸びをした大人の香りだとも思うが、ソラの……はにかんだ笑顔を思い出すと、アンバランスさが実にエ……良い。




 まぁ起き抜けから不埒な事を考えてしまった俺だったが、昨夜から引き続きPODの副作用か、空腹感が半端ない。

 少し早いかもしれないが、とりあえず学食へ向かう事にした。


 しかし、その前に身嗜み、と思い医務室脇にある洗面へ向かう。鏡に自分の顔が映り寝癖がないかチェックをする。

 親父に大して似ていない顔。

 そして、昨夜は毛細血管が切れ、充血していた眼球は白く綺麗に潤んでいた。余りの超回復ぶりに俺は思った。


 ……やっぱPODすげぇわ。E.(Embryonic)S.(Stem)S.( Soup)と呼ばれる特殊な液体で満たされた、丸い水槽みたいな物に全裸で頭まで浸かるだけで、あら不思議。傷があっという間に治ってしまう最先端医療機器。早く一般にも普及して欲しいものです。


 確か強制的に細胞を急速活性させ、代謝を上げて更にE.S.S.が損傷した細胞に変体するので一気に治る。多分こんな感じだったはずだ。

 あ、呼吸器は無しで、肺に入ったE.S.S.から酸素を取り込む事が出来るビックリ仕様でした。



 *



 医務室を出る前に洗顔と歯磨きを済ませた俺は、さっぱりとした気持ちで、学食へ到着した。アシスタがナビ代わりです。


 俺の予想に反して開いており、味噌やら醤油やらの良い匂いが漂っていた。既に食事をとっている者の箸と茶碗の当たる音が小気味良く響いていた。


 壁に貼ってある注意書曰く、自分で手に取って行くシステムの学食らしいのだが、朝定食オンリーのみのメニューらしい。配膳レーンにはずらりとお盆に、ご飯、味噌汁、焼いた塩鮭、大根サラダ、海苔が盛り付けられたお盆が並んでいた。

 俺は一番サラダが少ないのを厳選し手を伸ばす。カウンターの奥には3人の妙齢な女性達がおり、(せわ)しなく手と口を動かし次から次へと、作り上げては売れた場所へと料理を補充して行っていた。



「昨日の鋼殻戦(カーニバル)、引き分けだってなー」

「お前んとこ、誰指名すんの?」

「また調査船団と連絡途絶えたんだって?」

「真田教官ってゲイなのかな……」

「最近火星もキナ臭いらしいぜ」



 見事な連係を見せる3人を観察しながら、ブレスレットを精算機にかざし支払いをしている後ろで、色々と話が飛んでいた。

 気になる話題ばかりで、つい聞き耳を立ててしまうが、突っ立っている訳にもいかず、首を回し良さげな席を探していると……マナーモードの携帯端末アシスタが、胸ポケットでブゥ~と震えた。


 別に音が鳴り響いている訳でもないので、慌てる事もないのだが、不思議と急かされている気持ちになり、近場のテーブルに決め食事を置くと、そのまま椅子に座る。画面を確認するとソラからのメールだったのだが、テキストを開いた俺は内容に驚愕した。


【野菜嫌いなのか?】


 エスパーがいた。

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