マイナス270.4度
天橋立で、一目見た瞬間から私は気付いたよ。
一直線向かって来てくれた姿は、あの時と一緒。
暦君は、ホント変わらないなぁ。
眩しい位に真っ直ぐだね。
でも、暦君は私を見てもやっぱりと言うか……
思い出してくれなかったね。
ちょっとショックだったんだよ?
だから少しだけ、意地悪で私も君を知らない振りをしましたー。……すっごく無駄な事の様な気がするけど……
……暦君。
あの時学校に来てくれたのに、あんな態度とってごめんなさい。
気付いていると思うけど、私虐められていました。
だから……惨めな姿を君に見られたショックで、あんな態度になって……ごめん。
でも直ぐにあの後、今の養父母に引き取って貰えたから、もう虐められていないよ!
お義兄様は……少し極端な方だけど、悪い人じゃないんだよ?
暴力に訴える人だけど、いつも後から泣いて謝ってくるんだ……
あ、それより! まさか、此処で本当に再開出来るなんて夢みたいだよ。一生懸命、鋼殻の勉強続けた甲斐があったよー。嬉しい!
今の鋼殻戦が終わったら、また一緒に鋼殻や動殻についてイッパイ……イッパイお話したいなぁ。
あの時はまだ小学生だったから、全然女の子らしくなかったけど、今は……ね?
結構出るとこ出てるんだよ?
あー何考えてるんだろ私……あ、こんな事、何時も考えてばかりじゃないよ! 暦君の事考えてる時だけだよ。あ……それじゃいつも考えてるって事か……。
うん。あの日から私は1日だって君を思い出さなかった日は無いよ。
毎日君を思い出して、手をギュっと握ってくれて助け出してくれた事を想うんだ。
暦君は私のヒーローなんだよ? あの地獄を耐えられたのも君のおかげ 。
そんなヒーローとお義兄様の鋼殻戦。
本当だったら、暦君を応援します。
……でも、暦君?
君は私以外のパートナー見つけていたんだね。
そうだよね……暦君昔から凄かったから、整備士位いて当たり前だよね……
だ か ら 私 は あ え て お 義 兄 様 の 応 援 を し ま す。
私の整備したFL-15Jと、君の選んだ相手が整備したTR-35。どちらが優秀な整備士か、暦君に分からせてあげるね?
だから……ごめんね。今日は負けて貰うね。
暦君。
君は約束覚えてる?
*
冷やっとした視線を感じ、意識が一瞬弛んだ瞬間だった。
フェイントの応酬からストライクホークは一転、隙を見逃さないとばかりに苛烈な突きを放ってきた。
メインノズルと各スラスタを連動させた見事な一撃は、ワルキューレの胸部。つまり俺目掛けて放ってきたのだった。
思考よりも生存本能。
無意識で動いた身体と脳。
歪む視界。
血が集まり黒く沈む眼前。
ドンっ、と衝撃。
咄嗟の回避行動で胸部への直撃は避けたが、超振動の刃が左肩に刺さり、捻る様に避けた動きに沿って装甲を抉りながら上部に滑り抜ける。白い肉の様にパッと金属片が散り飛んだ。
瞬時にモニターに損害レベルが表示される。
そして受けた衝撃に依って体勢が崩れ、不意に背中……ヴァルジウムリアクターを相手に晒す形となった。
無線からソラの言葉にならない怒号らしき音をバックミュージックに、奇しくも俺はチャンスを手に入れた。
損害を無視して全スラスタを「その場で静止」する様、A/B……吐き出される前にもう一度加圧し、更にレプトム粒子を加え推力を増大させる機能にすがった。
しかし本来であれば超高速機動の機能だ。一点に留まる事など想定しているはずもなく、四方八方から想定外の機体加重によって各所が悲鳴をあげる。大きくガタガタと音を立てて振動する機体。
全スラスタから湯水の様に垂れ流されるレプトム粒子が、陽炎の様に戦乙女をくるむ。
同時に犇犇と殺気を背中に感じ、ブワァっと立った鳥肌にソラの悲鳴。
『回避しろ!』
斬っ!
叫びも虚しく超音波刀の斬撃がワルキューレの左肩を捉え、バターを斬る様にあっさりと装甲を切断。骨格材まで切られた腕は、運動エネルギーを与えられた影響で人工筋肉を引き千切り、ケーブルや配管もブチブチと捻切ると、赤く透明な作動油を撒き散らしクルクルと回りながら、虚空を漂い離れて行く様を横目に俺は笑った。
何故なら。
千代島は性格とは裏腹に、戦闘スタイルは慎重との読み通りだったからだ。結果、レプトム粒子をあえて薄くした左肩を狙わせる事に成功した。
それでもストライクホークが有利な体勢なのは揺るがない。また当然誘導されたとは思っていない千代島の駆る敵機。続け様に刃を粒子の薄い左肩に追撃させるべく、スラスタが綺羅星の如く瞬いた。
対し、俺はソラにだけに届く様に声を紡ぐ。
そして「その場で静止」から、迫る危険の予想軌道線上めがけて、アフターバーナーで滾るスラスタを噴き上げた。
*
目の前にボクのレキが乗るワルキューレ。
敵機の動きから、左腕が狙われているのが手に取るように分かった瞬間。
心臓が圧し潰れるのではないか、と思う程に両手をギューッッと胸に当てボクは思わず叫んだ。
「回避しろ!」
しかし想いは届かず、虚しくも左腕は切断。
回転しながら飛ぶ左腕を見てパニックになりかけた時だった。
『ソラ』
耳に嵌め込んだインカムから、静かに優しくでも力強くレキの声がボクの鼓室を打ち、ひび割れそうな心も撃った。
今までに感じた事の無い熱を持った感情をお腹の底にボクは、マイナス270.4度の極寒の宙に、蒼白く燃える翼を拡げた真珠色の乙女に魅了された。




