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 天橋立(あまのはしだて)で、一目見た瞬間から私は気付いたよ。


 一直線向かって来てくれた姿は、あの時と一緒。

 暦君は、ホント変わらないなぁ。

 眩しい位に真っ直ぐだね。

 でも、暦君は私を見てもやっぱりと言うか……

 思い出してくれなかったね。

 ちょっとショックだったんだよ?


 だから少しだけ、意地悪で私も君を知らない振りをしましたー。……すっごく無駄な事の様な気がするけど……




 ……暦君。

 あの時学校に来てくれたのに、あんな態度とってごめんなさい。

 気付いていると思うけど、私虐められていました。

 だから……惨めな姿を君に見られたショックで、あんな態度になって……ごめん。


 でも直ぐにあの後、今の養父母に引き取って貰えたから、もう虐められていないよ!


 お義兄様は……少し極端な方だけど、悪い人じゃないんだよ?

 暴力に訴える人だけど、いつも後から泣いて謝ってくるんだ……



 あ、それより! まさか、此処で本当に再開出来るなんて夢みたいだよ。一生懸命、鋼殻の勉強続けた甲斐があったよー。嬉しい!


 今の鋼殻戦カーニバルが終わったら、また一緒に鋼殻や動殻についてイッパイ……イッパイお話したいなぁ。

 あの時はまだ小学生だったから、全然女の子らしくなかったけど、今は……ね?

 結構出るとこ出てるんだよ?

 あー何考えてるんだろ私……あ、こんな事、何時いつも考えてばかりじゃないよ! 暦君の事考えてる時だけだよ。あ……それじゃいつも考えてるって事か……。

 うん。あの日から私は1日だって君を思い出さなかった日は無いよ。


 毎日君を思い出して、手をギュっと握ってくれて助け出してくれた事を想うんだ。

 暦君は私のヒーローなんだよ? あの地獄を耐えられたのも君のおかげ 。



 そんなヒーローとお義兄様の鋼殻戦。

 本当だったら、暦君を応援します。



 ……でも、暦君?

 君は私以外のパートナー見つけていたんだね。

 そうだよね……暦君昔から凄かったから、整備士パートナー位いて当たり前だよね……



 だ か ら 私 は あ え て お 義 兄 様 の 応 援 を し ま す。



 私の整備したFL-15Jと、君の選んだ相手が整備したTR-35。どちらが優秀な整備士か、暦君に分からせてあげるね?


 だから……ごめんね。今日は負けて貰うね。



 暦君。





 君は約束覚えてる?



 *



 冷やっとした視線を感じ、意識が一瞬弛んだ瞬間だった。

 フェイントの応酬からストライクホークは一転、隙を見逃さないとばかりに苛烈な突きを放ってきた。


 メインノズルと各スラスタを連動させた見事な一撃は、ワルキューレの胸部。つまり俺目掛けて放ってきたのだった。


 思考よりも生存本能。


 無意識で動いた身体と脳。

 歪む視界。

 血が集まり黒く沈む眼前。



 ドンっ、と衝撃。



 咄嗟の回避行動で胸部への直撃は避けたが、超振動の刃が左肩に刺さり、捻る様に避けた動きに沿って装甲を抉りながら上部に滑り抜ける。白い肉の様にパッと金属片が散り飛んだ。


 瞬時にモニターに損害ダメージレベルが表示される。

 そして受けた衝撃に依って体勢が崩れ、不意に背中……ヴァルジウムリアクターを相手に晒す形となった。


 無線からソラの言葉にならない怒号らしき音をバックミュージックに、()しくも俺はチャンスを手に入れた。

 損害(ダメージ)を無視して全スラスタを「その場で静止」する様、アフターバーナー……吐き出される前にもう一度加圧し、更にレプトム粒子を加え推力を増大バンプアップさせる機能にすがった。



 しかし本来であれば超高速機動の機能だ。一点に留まる事など想定しているはずもなく、四方八方から想定外の機体加重によって各所が悲鳴(アラート)をあげる。大きくガタガタと音を立てて振動する機体。


 全スラスタから湯水の様に垂れ流されるレプトム粒子が、陽炎の様に戦乙女をくるむ。


 同時に犇犇(ひしひし)と殺気を背中に感じ、ブワァっと立った鳥肌にソラの悲鳴(おうえん)


『回避しろ!』

 ざんっ!


 叫びも虚しく超音波刀ハーモニクスブレイドの斬撃がワルキューレの左肩を捉え、バターを斬る様にあっさりと装甲を切断。骨格材まで切られた腕は、運動エネルギーを与えられた影響で人工筋肉を引き千切り、ケーブルや配管もブチブチと捻切ると、赤く透明な作動油を撒き散らしクルクルと回りながら、虚空を漂い離れて行く様を横目に俺は笑った。


 何故なら。


 千代島は性格とは裏腹に、戦闘スタイルは慎重との読み通りだったからだ。結果、レプトム粒子をあえて薄くした左肩を狙わせる事に成功した。


 それでもストライクホークが有利な体勢なのは揺るがない。また当然誘導されたとは思っていない千代島の駆る敵機。続け様に刃を粒子の薄い左肩に追撃させるべく、スラスタが綺羅星の如く瞬いた。


 対し、俺はソラにだけに届く様に声を紡ぐ。


 そして「その場で静止」から、迫る危険の予想軌道線上めがけて、アフターバーナーで(たぎ)るスラスタを噴き上げた。



 *



 目の前にボクのレキが乗るワルキューレ。

 敵機の動きから、左腕が狙われているのが手に取るように分かった瞬間。

 心臓が圧し潰れるのではないか、と思う程に両手をギューッッと胸に当てボクは思わず叫んだ。



「回避しろ!」



 しかし想いは届かず、虚しくも左腕は切断。

 回転しながら飛ぶ左腕を見てパニックになりかけた時だった。



『ソラ』



 耳に嵌め込んだインカムから、静かに優しくでも力強くレキの声がボクの鼓室を打ち、ひび割れそうな心も撃った。



 今までに感じた事の無い熱を持った感情をお腹の底にボクは、マイナス270.4度の極寒の宙に、蒼白く燃える翼を拡げた真珠色の乙女に魅了された。


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