下弦の月
高Gが俺の首に鎌をかけるが如く、視界が黒く塗り潰されて行く。耐Gの為に動殻が収縮し、脳への血液を辛うじて維持する。朦朧とする意識の中で、俺の脳裏に二人の姿が想い浮かんだ。
一人はソラ。
一人はヒノワ。
何故ヒノワが出て来たのか疑問にも思わず、俺は意識を保つ為に二人の力を勝手に借りた。
*
レプトム粒子の残滓。
レプトムスラスタから吐き出され続ける光の粒子。
迫る重質量のDU弾の嵐。
対し、俺の取った機動。
進む軌道を変えずに3Dロール機動を行い、スラスタから吐き出されるレプトム粒子で機体全体を覆った。
瞬間。
銃弾の嵐が襲った。連続する炸裂音。BS装甲では無い戦乙女の柔肌を蹂躙するかと思われた攻撃。だが良く見ると、ワルキューレの装甲に辿り着いた弾丸は一発足りとも無かった。
鋼鉄すら砕きかねない衝撃と激しい金属音と共に、高密度で形成されたレプトム粒子の層にぶつかり、粉々になって霧散していくDU弾を尻目に、俺は左捻りのロール機動へと切り替え、銃撃での戦闘を諦め超音波刀を構えたストライクホークへ急速接近。
ヴァルジウムリアクターから漏れでる粒子の排気で、青い機体を更に蒼く輝かせ、俺を迎え撃とうと構える姿。
慣性中和を飽和した高Gに耐えつつ、ペロリと下唇をなぞる様に舌を動かす。
そして。
*
打ち合う両機。
重なる真珠と青。
響く甲高い衝撃音。
煌めく閃光。
騰がる悲鳴。
騰がる歓声。
繰り返し、繰り返し行われる打ち合い。
二匹は一歩も譲らない。
橙の檻で獣は雄の本能を晒け出し、眼前の敵を打ち続ける。
*
鳴り響くアラート。スラスタの連続使用によるレプトム粒子量低下の知らせに、接近戦に持ち込めばどうにか出来ると思っていた、さっまでの自分を呪いたい気持ちでいっぱいだった。
『絶対に離れるなよ!』
目の前で普通では考えられない速度の機動を見せるストライクホークを、ギリギリで捌きながらソラの指示に従う。
『レキ! どーかにかしろ!』
ヒステリックに叫ぶ暴君様に言われるまでも無く、俺もどうにかするべく愛機を動かす。
OSの書き換えは、イオンスラスタの制御系統にも及ぶらしく、凄まじい機動性能を見せるストライクホーク。ただレプトムスラスタ程では無いので、俺は守勢にまわりながらも搭乗士の癖を探っていった。
開始直後の油断や嘲りを振り払った千代島は、機動性能で劣る機体を、巧みに動かし俺を押さえ込んでいる。既に相手も近接格闘に絞った様で、直撃こそ無いがこの打ち合いの間に、両機の装甲には激しい格闘を物語る痕跡が幾筋も刻まれていった。
鳴り続けるアラートの間隔が、どんどん短くなっていく。
焦りそうになる気持ちを押さえつけ、冷静に思考する。
BS装甲だってレプトムスラスタ並に燃費が悪い。はず……きっと向こうだって枯渇寸前……。
………………………
俺の選んだ選択は。
ソラの指示とは真逆。
鍔迫り合いから押し出される反動を利用し、お互いの射程外へ離脱を選ぶ。
あえて距離をとり、ヴァルジウムリアクターをフル稼働させる事にしたのだ。
さすがに、距離をとって来ると予想もしていなかった相手は、一瞬追撃するか迷い結局は追って来なかった。レゾナブレイクを正眼に構え直した俺は、チャンスとばかりにレプトム粒子を補充していく。
*
ラグランジュのコロニー群を背景に、ゆっくりとお互いに左へ弧を描きながらタイミングを図る。十二分に粒子を補充し終えた両機なのに、先ほどまでの勢いは何処へとばかりに、静かに立ち会う。
じっとりと汗ばんだ身体に、インナースーツが貼り付く感じが気持ち悪い。チラリと思いながらも、鉄壁の鋼殻から目を離さない。
時折暗闇にストライクホークのイオンスラスタが、黄色の花弁を咲かせ小刻みに軌道修正をしていた。
対してワルキューレはレプトム粒子そのままに、蒼白い花弁を落としていく。
次第にゆっくりとした円運動は、スピードを上げる。
スピードに反比例し2機の距離は近付き、お互いにフェイントを入れ牽制し合う。
自然と口元が変化していった。
正直、地球にいた時の練習用オンラインシュミレータでは敵無しだった。ランクを上げる事無く早々に切り捨て、親父との対戦に明け暮れ腕を磨いた。殻職人である親父の腕はかなりの物だったが、互角以上にヤれる様になるまで大して時間はかからなかった。
が、目の前の相手はどうだ。
機体性能はこちらが上だろうが、習熟度で言えば相手が上。よって鋼殻は互角。
なのに攻めきれない。
結果。力量が肉薄していると言う事だろう。
ピリピリした空気感に、どんどんと口元の弧がきつくなっていく。人間性は女に手を上げる糞野郎。最低限の人格は求められるのだが……ただ搭乗士に優れた人格など求める奴はあまりいない。所詮は軍用。効率的に有機物や無機物を破壊できる能力が優先される。
まぁそんな事はどうでもいい。何にせよ、今までで一番壊しがいがありそうだ。
口元の笑みと同じ様に、俺の心も酷く歪んだ衝動に塗り潰されていく。
暗闇に浮くラグランジュ。
重なる様に細く朧に光る月。
赤く妖しく艶かしく。
下弦の月は弧を描く。




