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腫れた頬。フラッシュバック

 俺は今、世界で6基ある内の1つ。

 日本保有の軌道エレベーター、天橋立あまのはしだての搭乗口近くに立っている。ガラス張りになっている大きな窓から、透けて見える天橋立。


 大地に根を張る人造の世界樹エレベーター。季節や時刻、天候によって表情を変化させるこの人類の叡知は、4月上旬の雲一つ無い朗らかな晴天の今日、引っ掛かり無く組み上げられた単体晶ガラスの滑らかな外隔壁に、瑞々しい空色スカイブルーを写し天を突きそらに幹を延ばしていた。


 本当に何度見上げても、人類の偉業に誇らしい気持ちになる。上を見ているはずなのに、空へ墜ちていく錯覚を持ち始めた頃、聞きなれたバリトンボイスが俺を呼んだ。





「暦。体調には気をつけてな」


 空に向けていた顔を掛けられた声の方へやると、しっかりと日焼けをした親父が俺の肩を軽く叩いた。



「おう。親父こそ春菜はるなさんに迷惑かけるなよ」


 お隣さんの未亡人を思い出し、俺も肩を叩き返した。しかし逆に叩いた手が痛み、相変わらずの筋肉馬鹿(マッチョ)ぶりに苦笑いをしていると、俺の言葉に反応したのか親父の顔に朱がさした。



「は、春菜さんに儂が迷惑をか、かけるはずがないだろ! ふぇふっ」


 変な咳が出る位に動揺した親父が、慌てて否定するのだが、声の大きさに驚いた周囲から視線が集まってしまう。


 ……親父……周りが一斉に注目する程の大声なんか出すなよ……


 心の中で溜め息をつき、周りの空気を無視して別れの挨拶をする。


「ま、愛想だけは尽かされ無いように、宇宙そらから祈っててやるよ。じゃ、行ってきます」


 俺の何でもないですよー、的な態度に立ち止まった人達の視線は薄れ、親父に軽く手を振る。


「よ、余計なお世話だ! そ、そんな事よりも気をつけて行って来いよ」


 顔を真っ赤にした親父も手を振り返して言った。

 そうして俺は宇宙へと続く巨大建造物の下で、この世でたった1人の肉親と別れの挨拶を済ませるのだった。





 *




 挨拶を済ませた俺は 、宇宙までの数時間を共にするおかしを物色していた。


 んー。たまには……チョコレート系でも攻めてみますかっと!


 そう思い「一番人気!」、と可愛いポップが貼られている棚にあるチョコレート系菓子を、買い物かごへ入れレジに向かうと。


「おい! 他の男に色目使ってんじゃねぇーぞ?」


 男の怒鳴り声と一緒に、乾いた音が俺の耳に届いた。

 思わず足を止め見る、と真っ赤になった頬を手で抑え、涙目で自分を叩いた男を見る少女が目に入った 。


 ……おいおい……震えてるぞあの子……


「……い、色目なんて使ってません……でも紛らわしい真似をしてごめんなさい……」


「はっ? 俺に口答えするのか? へーお前も偉くなったなぁ!?」


 頭を下げて謝った少女だったが、男は言葉が気に入らなかった様で、少女の後頭部辺りの髪を掴み引っ張りあげた。


 痛みがあるのだろう。

 小さく悲鳴を上げる少女に、居合わせた人々が男へ非難の視線を向けるが、俺も含めて見ているだけだった。


 そして男は全く動じず、引っ張りあげた少女の顔を平手で打った。


 バチンっと鈍くも乾いた音。

 それが引き金だった。



 連続写真の様に、俺の過去の映像トラウマがフラッシュバックした。



 買い物かごを投げ捨てた俺は、自分でも驚く叫び声を上げ、男の下半身を狙い鋭く飛び掛かった。突然のタックルで男は、あっさり俺と一緒にピカピカに磨きあげられている床の上を、滑りながら転がっていく。


 滑る間、男が大声で何やら叫んでいるが興奮した俺の耳には入ってこない。


 そして割って出たのは。


「女に手あげてんじゃねーぞごらぁ!」


 語尾が巻き舌になった俺の叫びが、辺り一面へ響き渡り喧騒が一瞬だけ無くなった。野次馬達の視線も興味も、一斉に集まる。


 好奇の壁を破ったのは、息を荒げた男の声だった。


「おい! 何の騒ぎだ?」


 誰かが通報したのか、ガチャガチャ装備のぶつかる音をさせ、大きく肩で息をする警備員だった。向けられた声に一気に冷静になった俺は、警備員へ慌てて返す。


「こいつがその子へ暴力を振るったんだよ!」


 ここで勘違い拘束とかマジ勘弁だぞ……

 って事でジタバタと暴れる男を羽交い締めに、ガッチリとホールドした状態で説明し、話しを聞いた警備員はギャラリーへ目を向ける。


 こくこく、と頷くギャラリーの面々に、説明を信じた警備員が暴れる男へ手を伸ばした瞬間。


「お、お騒がせしてすいません! た、ただの兄妹きょうだい喧嘩ですから!」


 震える声で少女が言った。

 は? きょうだいげんか?

 俺は思わず少女を凝視するが、真っ赤に腫れ上がった頬が目に入る。ダメだ。信じれる訳もなければ、許せるはずもない。



「そんな頬になる力で叩かれて、ただの喧嘩です、って通用しねーぞ?」


「で、でも……」


「そいつの言う通りただの兄妹喧嘩だよ。つーか早く離せクソがっ」


 俺の下から男が悪態をついてくる。

 再びカッとなるが、警備員の手前何とか我慢したのだけれど、返って来た言葉に耳を疑った。


「……これからは周りを巻き込ま無いように。それに兄妹仲良くしなさい」


 いたずらに物事を大きくしたくないのか、警備員は無罪と判断した。



「なっ? おい! その子の頬を見てみろよ!?」


 無罪とかありえん。思わず抗議しようと警備員に意識が向き、男への注意が薄れてしまう。


「うるせーよ」


 拘束が弛んだのか肘でドンっと俺は跳ね除けられ、立ち上がった男に睨らまれた。


 そして俺は、男から離れてようやく気付く。


 男が着る上下、灰黄緑(セージグリーン)色をした制服を着ている事に。大日本帝国時代の軍服を模したそれは、詰襟と両胸、それと左右脇に付けられたポケットが特徴のシンプルな上着。ズボンも余分な装飾は無く、立体裁断で作られたストレート。共に少しタイトにデザインされておりシャープな印象を植え付ける仕上がりだった。


 しかしそれは俺と同じ制服。


 そして視界の隅にいた少女へ焦点が無意識に移る。

 彼女も同色の服を着ており、折襟以外は同じ作りの上着に、見事な曲線を描く下半身を包むのは、膝丈のタイトスカート。


 導きだされた答えは。


 げ、まじ……こいつら俺と同じラグランジュの生徒かよ!?


「あ? ……お前新入生か?」


 おふぅ……当たり前だけど、お気付きになられた様で……

 袖口からチラチラしてるブレスレットの色は2年じゃないですか……


 ……ヤバくない俺?


 そんないきなりの窮地に一筋の光り。


「お、おにいさま! そんなどこの馬の骨か分からない様な男はほっといて、早く行きましょう」


 じゃなくて扱き下ろされましたー。まてこら。



 しかし扱き下ろした少女は、渋る兄の背中を押しながら顔を俺へ向け、口の動きだけでゆっくりとはっきりと読み取れる様に。



 ありがとう。でもごめんなさい。



 腫れ上がった頬が痛々しい顔で確かに、名前も知らない少女は悲しそうに俺へ言ったんだ。

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