風景の中の人物
共振刀と超音波刀が激突した瞬間、慣性中和システムの容量を超えた衝撃で、上下左右前後に激しく揺さぶられブレる視界。
鋼殻戦が本当の意味で開始された合図だった。
けたたましく点滅を繰り返す煌めきがスイッチとなり、何の因果か過去の記憶が意識を塗り潰していった。
*
光を無くし濁った瞳を俺に向けるマキオ。
ぎこちなく笑う表情に張り付く色は諦め。
両親を事故で無くし施設で育った孤児。
そんなマキオと知り合いになったのは、小学生になったばかりだった。山積みになったジャンクパーツから流れ出る、オイルや錆の臭いが漂う部品屋。
既に親父の造った動殻で遊んでいた俺は、小さな部品のお使いを頼まれた部品屋で、細く小柄な同級生と出会った。
お互いに動殻や鋼殻が好きだった為か、部品を待っている間に俺達は直ぐに意気投合。まぁ年の近い相手が珍しいのも後押ししたのだろうが。
それから部品屋で度々会う様になり、子供なりに親睦を深めて行った。マキオは俺と違い知識特化のタイプ、搭乗士になるには壊滅的な運動神経の持ち主だ、と言う事も何となく理解していった。
そして知り合ってから暫くたった、とある日。
数人の男女児童に囲まれ、突き飛ばされ笑われる華奢な友人の姿を俺は目撃した。カッとなった俺は怒りに任せ、囲んでいた児童達からマキオを奪い、ギュっと手を掴みその場から走って逃げた。
思い出せば以前から手や足、顔にも痣を付けていた理由が解った瞬間だった。しかしまだ小学生一年だった俺には、問題を解決する力は勿論、自分が取った行動が友人に及ぼす影響を考える能力も思慮深さもなかった。
アノ日を境にマキオは部品屋に来なくなった。
でも、どうしようもなく子供だった俺は、忙しいんだろう。呑気に構え、自分のせいで更に苛烈なイジメにマキオがあっているなんて、想像もしていなかった。
部品屋に来なくなってから3ヶ月が過ぎた頃。
さすがにおかしいと思い始めた俺は、以前聞いたマキオが通っている学校へと足を向けた。
そこで俺は知る。
自分が呑気に過ごしていた3ヶ月。
学校が全ての世界である、この年代での3ヶ月。
地獄の様なイジメにあったマキオの目からは、一切の光が消え代わりに諦めの色が濃く、強く、泥々と存在していた。
慌てて駆け寄った俺にかけられた言葉。
「ありがとう。でもごめんなさい」
感情の無い声でグサリと拒絶する友達の言葉に、俺は目眩を覚えた。目に見える場所には痣は少なかったが、ちらりと覗くシャツの袖口から見えた腕には、真っ青に染まった幾多の痕。
立ち竦む俺を振り返る事も無く去って行った。
俺はマキオの後ろ姿を見送るだけで、声もかけられず何もしてやれなかった。あの後どうやって家路に着いたのか俺は覚えていない。脱け殻の様に無意味に日々を食い潰していったある日。
俺は親父からマキオの話しを聞かされた。
マキオが裕福な家に養子に貰われていった事。
それに伴い、遠くの学校へ転校した事。
そう。あっさりと俺とマキオの縁は切れたのだった。
でもあれ以来、俺はマキオの事を忘れた日は1日も無い。
あの光を失った眼を俺は忘れてはいけない。絶対に。
*
一瞬の邂逅。
だが苦い記憶は、激しい揺れとモニター越しに網膜を焼こうとする猛烈な光によって、再び記憶の底に押し戻される。
過去の過ちに鋭く舌打ちをした俺は、反射で次の行動に移る。
鍔迫り合いから弾き飛ばそうと、更にヴァルジウムリアクターの出力を上げると、ミチミチっと人工筋肉が膨れ上がり、全力で押し込む。
しかし向こうも負けてはおらず、双発の強みである大出力でゴリゴリと押し返して来た。
共振と超振動を保った両機の得物が、再び激しい閃光と音を生み出し、両機のパワーが拮抗している事を知らしめた。
本来双発であるストライクホークの方に、力比べは分があると思っていた観客から、歓声が上がったのが無線から聞こえて来る。
さすが最新鋭。
愛機を褒めながら、限界まで出力を上げる。するとモニターにアラートがポップアップして出力を下げろと警告。
しかし俺は無視。むしろ更にブン回す。
甲高い駆動音で鳴き喚くヴァルジウムリアクターは、限界が近いのか高周波音の様に音が変化していく。アラートが渦巻く中、気合いの声と共に機体を捻り、相手のバランスを崩そうと共振刀を素早く引き込む。
いきなりの出力限界を無視した動きに面食らったのか、相手は反応仕切れずに前のめりに体勢を崩した。
が、過剰出力の影響かワルキューレも体勢を崩し、機体が無重力の宙を僅かに流れた。
先手は前のめりの体勢だったストライクホーク。姿勢を崩しながらも、右腕に仕込まれた20mmバルカンを至近距離から、ワルキューレへ掃射してきた。
夥しい数の火花を生んだ重質量の弾丸達が、ワルキューレの装甲を蹂躙しようと襲いかかる。
ゆっくりと散る火花。
ゆっくりと流れる時間。
そして超反応で動く俺の身体。
掃射された弾丸より先に反応した俺は、虎の子であるレプトムスラスタ起動。
従来の物とは比べ物にならない推力を生み出した最新鋭技術は、レプトム粒子そのままに蒼白く輝く粒子を吐き出し、機体を射線上から瞬時に離脱させる。
電磁緩衝機構に高濃度圧縮させたレプトム粒子を緩衝材へ運用している慣性中和システムの限界を軽々越えた強烈なGに、俺の意識が飛びかける。
しかし逆に強烈過ぎる刺激が、意識を飛ばす邪魔をする。歯を食い縛り女性の肌を触れる感覚で繊細に、レプトムスラスタを操作し吹かした。
過剰に出力を上げた性でオーバーフロー寸前だったレプトム粒子を、惜しみ無く吐き出しワルキューレは推力偏向。複数のスラスタを連動させ、垂直上昇を行いつつ横転に入って急激な方向転換を行う鋭い機動で、ストライクホークの背後を俺は狙ったのだった。




