記憶(オンナへ)の固執
【In as you like it】
俺の恥ずかしい台詞に対して、淑女を想わせるしっとりとした声で返事をした戦乙女は、全てを俺に任せて来た。
「接続開始」
短く命令を出すと、瞬時に従った戦乙女は接続端子達を動殻へ繋ぐ為に動かしていく。一本一本のケーブルがウネウネと意思を持って、然るべき場所を目指す。次々に鈍い音と共に全身へ接続されて行き、その都度、風防に新たな情報が追記されていった。
そして最後の端子と動殻が繋がり終えると、淑女は言った。
【Soon,please put】
まるで俺を誘う様な声色で囁く戦乙女。
機械相手にドキドキとしてしまい負けた気になってしまったが、童貞野郎の如く、言われるがままに彼女の奥深くへ俺自身を侵入させるべく命令した。するとガッチリと嵌合された端子から延びるケーブルが、ゆっくりと俺を引き込んで行く。
引き寄せられた全身が戦乙女の中へ納まると、動殻をワルキューレの電磁緩衝機構へ固定させる為のアームが背中へ捩じ込まれ、ロックと同時に大きな衝撃が走った。そして開いていた装甲が閉じ始め、俺の視界を狭めて行く。
が、いつの間にか目の前に来ていたソラが、隙間から顔を見せ無線を繋いだ。
『レキなら楽勝だ』
幼女風貌の癖に、妙な母性を感じさせる表情で鼓舞された俺は、男の本能を臨界寸前にまで上げられたのであった。
*
慈愛の表情を眼前にしながらも、閉まり続ける装甲は止まらない。あえて返事をせずに俺は、残り僅かな隙間から小さく首を縦に振ってみせた。
すると、俺の言わんとする内容を察してくれたソラは、閉じきる寸前に満面の笑みで返してくれた。
笑顔の後で装甲は完全に閉まり、俺の視界は暗く閉ざされガチンっと固定音が響くが、直ぐに視界は回復する。
ワルキューレと動殻が最初に繋がれたアンビリカル・コードにより、俺の風防には彼女の視界が共有され、映し出されたのだった。
モニター代わりになった風防の映像を確認していると、今まで静かに唸っていたヴァルジウムリアクターが大きく反応を始めた。
それに合わせ俺は、ワルキューレの全身に張り巡らせられている人工筋肉が脈動する、確かな響きを感じながら静かに言った。
「ワルキューレ、起動」
*
俺の言葉に応える様に、更にヴァルジウムリアクターの反応を上昇させていくワルキューレ。モニターと化した風防に映る各種数値も上昇を続け、待機から戦闘モードへシフトして行く。
機体から離れて行くソラを確認すると、俺はゆっくりと丁寧に機体を動かす。
ヴァルジウムリアクターから発生したレプトム粒子によって、唸りを上げるジェネレータからのエネルギーを得た人工筋肉が、まるで自分の身体の様に違和感無く反応し体勢を整えていく。
昨日1日だけの習熟では流石に、違和感やぎこちなさの残る動きで大まかなチェックを済ませた俺は、千代島が操るストライクホークへ視線を投げた。
日本仕様のグレーでは無く、彼のパーソナルカラーであろう青色に塗装されている機体が目に入る。ただ鋼殻は一色では無く、青色をベースに白の曲線が要所に入れられ、締まった印象を持つ仕上がりだ。
あちらも最新鋭が気になっているのか、上から下までじっくりと此方を見ていた。既に鋼殻戦は始まってるんだぞ、と言わんばかりにアクティブ・ソナーで機体が舐められていると警告が鳴る。
微々たる情報もくれてやる訳にいかないので、こちらもアクティブ・ソナーを発し相殺してやると、お互い目視による睨む様な探り合いへと変化していく。
そこから得た画像データを、事細かくソラの端末へ随時送信していると、冷やりとする声で無線が入った。
『では、戦域に入れ』
起動シークエンスが完了したと判断した真田教官から、フィールドインの号令が出たのであった。
*
オレンジに光輝く12本のライン。
全く同じ長さのラインで構成された正立方体の中が、今回の戦域だ。
俺は今、その橙の枠で囲われた戦域中央に座していた。
現実の宇宙空間で行う、初の鋼殻戦。
まだかまだかと、激しく波打つ俺の心臓から届く音と熱気。そして、レギュレーション規定の距離きっかりと離れた先には、青い鋼殻が1機。
疼く奥歯。
高鳴る気持ち。
震える身体。
開く瞳孔。
浅く速まる呼吸。
驚く程の好戦的な己の反応に気付き、思わず浮かぶ獰猛な笑み。真っ暗な空間を背負った青い獲物に、今すぐにでも飛び掛かりたい衝動を必死に抑えている時だった。
『準備が整ったら右腕をあげろ』
再び威圧的な雰囲気に戻った真田教官の声は、昂った気持ちを程好く抑える効果があったらしく、スッと頭の深い部分が冷えて行く。
浮かび上がる計器類を一瞥し、正常を確認した俺は小さく息を吐き、言われた様に右腕を上げる。
そして……目の前には青い機体。
同様に右腕を上げてこちらを見ており、両機の交錯した視線で、真空の宙に不可視の火花が飛んだ様に錯覚した瞬間だった。
『よーし。両者準備完了だな。じゃぁカウントダウン始めるぞ』
至極、あっさりと宣言された鋼殻戦開始の言葉で、真田教官の無線と共に、パッとモニターに数字が表示され時を刻んで行く。
10
9
8
7
規則正しく正確に削られて行く数字。
6
5
4
直ぐにでも飛び出したい衝動を押さえ付け、熱を圧縮していく。
3
圧縮した燃料を爆発させる準備の様に、大きく息を吸い込む。
2
吸気された酸素は肺から血液へ混ざり、動脈を経由し四肢の末端まで行き渡る。そして脳へも届き準備完了。一切の音が消え集中は極限。
1
臨界。もう我慢しなくてもいい。抑えなくていい。目の前の獲物に全ての欲求をぶつけていい。壊せ。喰らえ。衝動のままに。
0
カウントゼロ。
刹那。
蒼白い光の残滓を引いた白い影。
蒼白い光の残滓を引いた青い影。
俺と千代島がとった行動は同じ。
2機は一瞬でゼロ距離へ。
ヴァルジウムリアクターの大出力を推力に変えた2機。
俺は慣性抑制を越えたGを全身で感じつつ、叫ぶ。
「俺の! 仲間にぃ! 手ぇ! 上げてんじゃぁ! ねぇーぞごらぁ!!」
本能のままに燃焼爆発させた言葉と想いを原動力に、俺は腰裏から共振刀を抜き放つ。
そして、超音波刀を引き抜いたストライクホークと、刀身がぶつかり合う。
ヴァルジウムリアクターの恩恵を受けた力と力によって、激しい閃光が一面を照らした。
2匹の鋼の獣をくっきりと闇に写し出した光は、若い精の輝きの様にも見えた。




