Obscene sign
噛み倒した事で放心状態になったソラをよそに俺は、真田教官に催促に従い鋼殻へ流れて行く。
あ、ワルキューレの隣にソラがいるんだっけ。
そう思いつつも、地球で幼少の頃から玩具の様に触れて来た動殻。最近新調したばかりの物だとしても基本は変わらないので、俺は無意識下で操りワルキューレを目指した。まぁ結果としてソラにも接近するのだが。
そして、膝を折った体勢で俺を待っていた戦乙女の背後へ回った。
横目でチラリとソラを見ると、大きな翡翠の瞳の端に零れ落ちそうな量の涙を携え、俺を恨めしそうに睨んでいるのが分かった。しかし俺はあえてスルーして、鋼殻に乗り込もうと機体に手を掛けた所で、またしても真田教官の無線が飛んだ 。
『あーすまんすまん。催促しといてアレだが、ちょっと乗り込み待った。このまま始めると完全にただの喧嘩だから、ちょいと建前を……よし頼んだ今季首席の神崎ソラ』
ガクッと思わず、なり掛けた内容だったが、確かに必要な事ではありそうだった。今度はしっかりと視線をソラへ向けると、真田教官の言葉に反応しスイッチを入れ直した彼女は、既に臨戦状態になっていた。
悪の手先どころか、上位に座する親玉の笑みを浮かべたソラは、真田教官に短く返事をしてから、観客に向かって高らかに美声をあげた。
『あー只今、真田教官殿から指名された神崎ソラだ。
恐らく今まで掛けられた罵声からボク達が悪役のだと言うのは理解した。しかし、ボクはあえてその事に対しては弁明しない。ただ、これだけ言わせて貰えれば結構だ。
ボクは明日のドラフトでチームオーナーに立候補する。で、ボクが選んだ搭乗士の六木暦をドラフト1位で指名する。そもそも鋼殻戦に年齢や学年なんて上下関係が存在するなんてナンセンスだ。まぁ力こそ全てだとは言わないが……不当な評価や扱いを受けている者も、多くいるのも又事実だとボクは思っている。
だからボクは作る新チームは実力主義。これをコンセプトにボクはヤっていく。恐らくは観客の中や、ネット配信されている映像視聴者の中にも1年生も大勢いるはずだ。ドラフトで強豪へ行くのも確かに選択肢の1つだ。しかしな……選択肢にボクのチームも加えて貰えないだろうか?
もちろん上級生だって大歓迎だ。ドラフト後のトレードや移籍でウチのチームが候補に上がれば幸いだ。だが、お願いしたって結局は魅力が無ければ話しにならない。だから、今回その為に千代島先輩が、アピールの場を作って下さっただけでは無く、真田教官公認の鋼殻戦となった、この場でボク達の将来性を証明させて頂く所存だ。以上』
悪の親玉的なスピーチを披露するかと思いきや、右腕はソッと胸に当て、左腕は伸ばし訴える表情で、無難な内容にて纏めて来た彼女に俺は驚く。
が、言い切った後に戻した手で押さえた口元の歪みを見てしまい、やっぱりソラはソラかと心底痛感しました。
しかし、観客達に気付いた者はいなかった様で、スピーチする銀髪の美幼女の姿が健気に写ったのか、無線から流れる反応に変化が出た。
『……幼女も有り……だよな?』
『銀髪ロリとかストライクじゃん?』
『六木死ねばいいのに……』
『とりあえず俺今回はソラちゃん応援するわ』
幼女様恐るべし。
あと、死ねばいいのにとか本気で傷付くからね?
*
俺達はそんなこんなで一部の人種を、味方に引き入れる事に成功した。完全アウェイから抜け出した空気となった所で、真田教官の無線が飛んだ。
『よっしゃ。最高の建前感謝する。では搭乗していいぞー』
……建前ってはっきり言っちゃうんですね……しかもちょっと「やる気無いモード」になってますよ教官?
しかし俺の思いとは別に、千代島の反応は機敏だった。
全身青色の影が小刻みにスラスタを吹かせながら、ストライクホークの正面に移動していった。敵ながら見事な技術に、ラグランジュのレベルの高さを思い知る。真っ直ぐ鋼殻に飛んだ千代島へ俺が抱いた感想は、以外にも賛辞だった。
『レキ?』
一向に動き出さない俺に、ソラが心配そうな声で無線を飛ばして来た。
『あーすまん。何でもない』
誤魔化す様に、思った事を口に出さず答えると、動殻のスラスタを優しく吹かす。
俺の戦乙女に抱かれる為に。
*
膝を折りジッと待つ鋼殻。
日本……いや、地球を離れる前日まで親父のコネを使い、軍用機のシュミレータデータで訓練に明け暮れた日々が、脳裏を駆け巡った。そしてシュミレータのみでは技術が片寄ると、殻職人の持論で旧型鋼殻での実機取り扱いも、比喩じゃなく血を吐いても続けて来た。そんな思いを胸に、ワルキューレの正面へゆっくりと到着した俺。
すると胸から腹部にかけ、パールホワイトの装甲が開いく。俺を受け入れる準備は万端だと言わんばかりに、そこから僅かに覗く赤や青、緑に様々な光色を放つ接続端子達。
動殻を纏った時と同様に、俺はクルリと反転し背中からワルキューレの胸へ飛び込み入って行くと、まず動殻のヴァルジウムリアクターに、母体側から臍帯端子が生き物の様に伸びて来て接続される。グシュっと小さく鳴った音と共に、ヘッドギア内部に届くワルキューレの声。
【Do you become one?】
旧式鋼殻の無骨な電子音声とは違い、彼女が放つのはまるで肉声の響きだ。地上での訓練との妙な違和感を感じつつも、耳元で囁かれる様な感覚だなぁと錯覚する俺は、ソラの決めたちょっと卑猥な起動合図で返す。
「I’m going to put all the way」
普段の生活で、まだ使う機会に恵まれた事の無い俺は、いつか誰かへと言う事があるのだろうか、とちょっと恥ずかしい考えをしながら、彼女の返事を待つのであった。




