動殻(move shell)
鈍色の巨大な扉が4つへ分かれ、弧を描きながら隔壁内部へ収まり始め隙間が生じた瞬間。そこからドオォっと、音圧の激流が俺の全身を打った。
怒号の様な声、声、声。
ビリビリと空気を震わせ、俺の鼓膜を叩く。
「おぉおおー!? きたきたきたぁ~!」
「ちーよーしーまぁっ!! くそ生意気な1年坊主はぶっ殺せYO!」
「瞬殺以外は認めない!」
「上級生の実力魅せてやれ!」
「銀髪ロリと組んでるリア充なんぞ戦域の藻屑にしてしまえ!! う、羨ましくなんてないんだからなぁ~!」
「おーい! 1年! 5分は耐えろよー!? まぁ無理だろうけどなぁ!」
等々、完全アウェイな声援でした。
……一部アレな感じが混ざっていてアレだったが。
内容はどうであれ、もの凄い音量を受けジンジンする耳を擦りながら千代島を見ると、彼は事態を想定していた様で両耳をしっかりと手で押さえていた。もちろん真田教官もだ……くっそ。
そうしてる間にも扉はゆっくりと開いていく。音圧も比例して高くなっていき、やがて全て開いた先にあったのは。
黒をベースとした親父作の一点物動殻。
肩から腕部にトライバルラインの銀線がアクセントとなり、俺は一目でコイツの虜になった記憶がよぎる。
その一目惚れしたお気に入りが両手両足を広げ、俺を今か今かと待っている様に此方を向いて待機していた。
そして更に先には。
真っ直ぐ延びる可視光線で造られた光の花道。その周りには疑似重力から解放された生徒達が、花道を囲う様に360度浮いて覆っており、相も変わらず怒号怒号怒号。
鳴り止まない怒号に晒され見えない圧力に押された俺が、後退りそうになった時、耳元に声が届いた。
「ま、死ななきゃ上出来だ」
諭す様に言った真田教官は、勢い良く俺の背中を押した。
重力の境界線に立っていた俺は、疑似重力から一瞬で切り離され、一直線に黒の動殻のもとへ流れて行く。
突然の空中遊泳だったが、無重力自体は地球の訓練施設で慣らして来たので、俺は慌てる事無く姿勢を正すと、ふと千代島の動殻が目に入って来た。多少ふらつきながらも身体ごと千代島の動殻へ向けると、相手も同じ様な姿勢で此方を見ていた。
しかしアイツの方が、遥かに安定した姿勢で空中を流れて行く。ただ後からスタートしたはずの千代島の方が、先に動殻へ辿り着く。こういった細かな事が、一年間の経験値の差だろう。
そんな彼の動殻は青一色だった。ワンポイントや差し色等一切無しの青一色だ。インナースーツも青一色なので彼のパーソナルカラーなのだろう。
千代島は青い動殻の解放されている前面に、自分の背中を滑り込ませ手慣れた仕草で纏って行くのが見えた。
遅れる事数秒。
俺も黒い動殻へ到着し、それと同時に装着する為、相手と同じ様に解放された動殻の前面に背中を滑り込ませた。
大の字に広げられた強化外骨格の手足。胴体部分も含め前面部分が全て解放されているので、後は身体を入れていくだけだ。しかし無重力状態ではそれも結構難しいのだが、何とか纏って行く。
一般的な動殻は基本セミオーダーだが、俺の動殻は殻職人である親父のフルオーダーメイドだ。
何故動殻を纏うかと言うと、現代製造されている殆どの鋼殻は、動殻を身に付けないと動かせないからだ。まぁ宇宙服+搭乗服だと思えばいいのだろう。
解放された動殻内へ左側の身体から入れ始め、そして右側を入れた辺りから、あれほど煩く届いていた観客達の声は、集中し出した俺へは届かなくなっていた。
そうして全て身体を動殻内へ収めると、跳ね上がっていたヘッドギアが少しだけ降りて来る。
【You have control?】
すると、地球での訓練で聞き慣れてしまい、親しい友人の声に感じる電子音声が、いつもの様に俺へ問い掛けてきた。
それに対する俺の返答はいつも同じだ。
「I have control」
答えが解っていた様なタイミングで短く、【will comply】と動殻が俺の声に従うと、変化をみせて行く。
小さくヴァルジウムリアクターが唸り、動殻内に入り込んでいた俺の身体を固定する為に、立体拘束具が優しくもキツく全身を包んで行く。
それと同時に解放されていた動殻の前面部も、僅かに軋む音を立てながら人工筋肉によって閉じられて行く。
順次、頭部以外の解放部位が閉鎖されると、いよいよ最後にヘッドギアがゆっくりと俺の上に降りて来るが、動殻を纏っている間に、回転してしまっていた様だった。最初は鈍色の扉の方向を見ていた筈なのに、今の俺が目に捉えたのは昨日1日、たった1日しか弄くり回していないのに、既に俺の精神も身体も虜にしたTR-35・ワルキューレだった。そして、真珠色をした雅な装甲を俺に晒したら戦乙女は、膝を折った体勢で搭乗士を待っていた。まだ誰にも汚された事の無いパールホワイトの装甲を照らすのは疑似太陽光。暖かな陽を全身に浴びる戦乙女を捉える俺の肉眼。
しかしそれもつかの間。
ゆっくりと降りて来ていた頭部が、俺の視界を遮る事で訪れる暗闇。
視界を奪われた俺の耳に届く、動殻の人工筋肉の軋む僅かな物音。続いて閉じられただけの動殻の外装同士が、お互いにお互いを固定して行く作動音が俺の耳へ届き、最後に後頭部近くで音がした。
最後の固定音をスイッチとし頭部の前面部分。いわゆる風防部分がパッと透き通りる。カメラ等の映像では無く、シールド自体が透けて向こうが見えている状態だ。ただシールドには俺のバイタルサインや動殻の機体数値等、色々な物も写っていた。
各種の情報もろとも、俺が戦乙女を再び視界に捉えると、三度電子音声が俺に告げた。
【System all green】
動殻装着完了の合図はやっぱり、親しい友人の声に感じてしまう電子音声だった。




