ジャッジですの
突如上がった怒号に反応して、俺達へ視線が集まった。
注目された事に気付いた千代島は、拳を握ってはいたが流石にソラへ向ける事はせずに、口撃を選択した。そして彼女も応戦する様で、小さな口の両端を持ち上げていた。
ソラのペロリと唇を濡らす仕草がまぁ邪悪過ぎる事……
異様な雰囲気に気付いた生徒達が、野次馬根性丸出しで遠巻きから見ている中で睨み合う両者。離れた場所から届く鋼殻の駆動音や地面を揺らす衝撃の中、先に動いたのは千代島だった。
「おいロリビッチ……今なら許してやらない事もねーぞぉ?」
……ビキビキと額に青筋を浮かべて言う台詞じゃないぞ……
そんな俺の突っ込みが届いたのか、彼女も同様に嘲笑った。
「言葉と表情すらも合わせられないのか……心底可哀想な先輩だな」
ソラがフンっと鼻を鳴らし、ヤレヤレとばかりに頭を振ると、千代島の青筋が、はち切れんばかりに更に膨れ上がり、握った左の拳を振り上げ殴り掛かった。
「死ねくそがぁっ!」
悲鳴とも取れる叫びを上げ、ついに暴力へ訴えた千代島へ俺は辛くも反応出来た。
「っだから、女に手あげるんじゃねぇーぞごらぁー!」
前回同様に、今回も上手く千代島の腰を抱えるのに成功した俺は、全身の筋肉を使い一気にテイクダウン!
と思ったが千代島も俺を忘れていなかった様で、腰を落として対応し耐えきられてしまった。ただ俺はソラへの暴力さえ止められば問題無しなので、ホッと一息をつく。
しかし腰を抱えたままの俺へ。
「てめぇも何度も調子にノッテんじゃねーぞ、おい!?」
叫びと同時に背中に衝撃が!
「がっ!?」
固く握られた拳が背中へ降り下ろされ、筋肉を鈍く潰される様な痛みに、思わず口から漏れる声と息。
「さっさと離せボケがぁ!」
再度強打が振り落とされる、と思ったその時。
「おにいさま!」
いきなりの大声と共に、千代島の腕に誰かが飛び付いた。
「あぁ!? 何で止めやがる陽輪! 離せぇー!」
「これ以上は退校になってしまいます! 絶対に離しません!」
慌てて千代島から離れた俺は声の方へ顔を向けると、そこには真っ青になった表情で、千代島にしがみつきながら必死の形相で止める少女がいた。
「なっさけない男だな先輩は」
すると俺がヒノワと呼ばれた少女に目を奪われていた間に、三度ソラが野次馬に言いふらす様に、千代島を煽っていた。
「おい! もういいだろ!?」
落とし処と思った俺は、ついキツめに言ってしまうと、ソラは鋼殻からのダウンウォッシュに、はためくスカートを抑えながら、目を剥いて反論してきた。
「はぁ? いいわけないだろうが! この恥知らずはボクの……お、お尻を触ったんだぞ!? 極刑以外に選択は無い!」
「あぁ? てめえの色気のねぇケツ位でガタガタぬかすなぁ、このボケが!」
羽交い締めにされながらも、直ぐに被してくる千代島だったが、その発言がソラの撃鉄を弾いた。
「ボクのお尻に色気が無い……だ? ……よーし分かった。よーく分かった。……レキ……この恥知らずと一騎討ちだ……鋼殻戦でぶっ潰せ」
背後に空中浮遊を続ける鋼殻をまるで従える様に、魔王と猛吹雪の雰囲気を纏った神崎ソラ様が、ピッと立てた親指を勢い良くグルンっ、と下を向け俺へ命令を下した。
鋼殻戦で一騎討ち!?
はぁー!? とソラへ聞き返そうとしたら。
「ソロだ? ぶっ潰せだ?」
「そうだが? あ……先輩恥知らずでしたよね……逃げてもいいです……よ?」
舌戦が再開されました……あ、ヒノワさん涙目ですよー。
そして、おーいソラ……ヤるの俺なんですけどー?
上級生ですよー。
しかし子憎たらしい顔をしたソラの煽りで、千代島のボルテージは臨界だった。次第に赤を通り越し、土気色になった彼は痙攣を起こす唇を動かし言った。
「上等だこのメスガキがぁ…… 受けてたってやる……で、日時はいつだぁ?」
どうやら怒りが大き過ぎた様で、1周回って逆に冷静になった千代島は徐々に静まる口調で受けて立つと言い、その穏やかさに、驚きの表情を浮かべているヒノワさん。
俺は彼女の表情で、普段の苦労が手にとる様に分かった気がした。ところが俺達の事など気にもせず、荒ぶるソラ様が言い放つ。
「ではドラフトが三日後……では、その前日。明後日だ」
「ちっ……今すぐじゃねぇのか……まぁいい。それでいい。で、機体はどーすんだぁ?」
「統一鋼殻戦規制に適合していれば機体は自由。それでどうだ?」
「上等だが、カーニバルレギュレーションなら審判員が3人必要になるぞ?」
ソラに対して一騎討ちの話になった途端、冷静に話を詰めていく千代島を俺は少し、本当に少しだけ見直した。
そして相手が言う様に、グローバルカーニバルレギュレーション……長いので単にレギュレーションと言うのが殆どだが、この場合確かにジャッジが3人必要となるはずだ。
「おー何か盛り上がってるなぁ?」
すると、後ろからやる気の無さそうな声がした。振り返ると、入試の成績データ入り携帯端末を持っていた男が、先程は着ていなかった濃紺の上着をだらしなく羽織り立っていた。
男に気付いた途端、千代島が直立不動の姿勢をとった。そして、みるみる内に顔色が青白くなっていく。
「あーいいよ。カリキュラム中じゃないし楽にしてよ。で何してんの?」
気の抜けた声で、ヒラヒラと手をやり楽にする様に言われたのだったが、千代島は姿勢を変えず口を開いた。
「さ、真田教官……これはで」
「鋼殻戦の調整中ですが」
が、千代島が口篭ると、ソラが説明を被せ無表情に言った。そして鋼殻戦と聞くやいなや、男はパンっと手を鳴らし嬉しそうに食い付いた。
「おーカーニバルか、今年の1年は元気があっていいなー。面白そうだし詳しく聞いていいか?」
一見やる気の無い男に見えた男は、どうやらラグランジュの教官らしいが、意外にもノリノリで事情を聞いて来るのであった。教官が出張ってきた事で安心したのか、遠巻きに出来ていた野次馬の壁は輪を縮め、柔らかな人工光を受け人々の熱量と合わさり初夏を過ぎ、真夏の熱気を俺達へ放っていた。