影の扉と己の奥底
「簡単な事だよ」
ソシファはふわりと微笑んだ。
「けれど、今は先にして欲しい事があるの」
続けて言うと、ルフィア達の返事も聞かず歩き出した。その足取りは、確実に城に向かっている。
「・・・・・・ソシファ姉様?」
ルフィアは向かう理由が分からず、ソシファの名を呼んだ。
ソシファは振り返らず、大丈夫、とだけ言い、足を止めなかった。
「・・・・・・・・・」
此処には暫く来なくて済むと、ルフィアは思っていた。出来れば、二度と来たくなかったのかもしれない。
たくさんの人が息絶え、両親の最後だったこの場所。居るだけでも、涙が溢れそうになった。自分の事を攻めずには居られなかった。
何故、こんなにも私は無力なんだろう。
あれから、何年も経った。しかし、あれから何の進歩もしていない。
記憶を取り戻した日から、ルフィアは毎日のように訓練した。皆が寝静まった頃起き出し、皆の迷惑にならないようにし続けた。けれど、なんの進歩なく、ルフィアは、自分の無力さを嘆いた。
もっと強ければ、皆助かっていたかもしれない。もっと、私は強ならなければ・・・・・・!
もっと強くなりたい、もっと、もっと強くなりたい。もう二度と、誰も失いたくない。失くしたくない。
そっと、祈りの奇跡に触れてみた。
この剣は、たくさんの者の死を見てきただろう。・・・・・・否、人の死しか見てこなかっただろう。
所詮は剣。戦いの為にしか使えない、武器でしかない。争いが起きる度、この剣は、人が流す紅い血を浴びてきたに違いない。
(なんて、可哀想なんでしょう・・・・・・)
ルフィアはそこでふと気が付き、指先が、自然に震え始めた。
結局のところ、ルフィアもこの剣を使い、人を殺めようとしているのだ。いくらガイルと言えど、人には変わりない。ルフィアもまた、この剣を紅へと染め様としているのだ。
ルフィアの指先だけではなく、身体全体が震え始めた。
“ルフィア、貴方は甘すぎる。そんな心じゃ、人を・・・・・・ガイルすら、殺せない。大切な人も、守れない。その甘い心は、捨てなさい。”
ソシファの言った意味が、漸く理解できた気がする。
(私は・・・・・・人を殺すのが怖い・・・・・・怖いんです・・・・・・・・・)
ルフィアは、人を殺す事を恐れていた。ソシファはそれに気づいていて、あんな事を言ったのだ。
(本当にこれでは、ガイルすら殺せませんね・・・・・・大切な人を守る時、もしもの場合で人を斬らなければならないとなった時、私には出来ません・・・・・・)
ルフィアに、人を殺す覚悟など出来ていなかった。それなのに、ガイルを倒すなどと言い、出来る筈もなかった。最初から、例えルフィアがガイルより強かったとしても、人を殺す事の覚悟が出来ていないルフィアが、人を殺す事に躊躇いを持っていないガイルに、勝てる筈がなかったのだ。
(・・・・・・私は、怖くても・・・・・・覚悟しなくてはいけない)
ルフィアは、覚悟を決めた。まだ、ザックの事は助けたいと言う気持ちは消えない。しかし、人を殺す、と言う覚悟は決めた。例えそれが、大切な仲間だったとしても、ルフィアは殺そうとも思った。けれども、
(覚悟は・・・・・・出来た・・・・・・けど、本当に私は出来るでしょうか・・・・・・?)
大切な仲間だったとしても、殺す。
ルフィアは、これだけは出来ないかもしれないと思った。やはり、まだ甘さが抜け切れていないが、でもこれだけは一番避けたいと思った。
「行こう、ルフィア。ソシファさん、見えなくなっちゃうよ?」
ティアが優しく声をかけてきてくれた。ルフィアは、はいと一言言うと、歩き出した。
先に歩き出していたティアの後姿を見て、ルフィアは、やっぱり私には、大切な人までは殺せない。と思った。
ルフィア達はただ黙ってソシファの後について行った。
謁見の間がある二階を通りこし、ルフィアが幼い頃から、決して行ってはいけないと言われていた三階へとついた。
「姉様。此処は、来てはいけないのでは?」
ルフィアは昔、念に念を押されていた事を思い出し、ソシファに尋ねてみた。しかしソシファは微笑むだけで、さっきから一言も話さなかった。
三階の、奥へと向かった。三階は、床が抜けていたりするところもなく、ただ埃だけが溜まっていた。
「・・・・・・着いた」
ソシファが、不意足を止めた。
ルフィア達は、目の前に広がる物に驚きを隠せなった。ルフィアは、こんな物が城に在った事すら知らなかった。
目の前には、兎に角巨大な扉があり、扉全てが硝子の様だった。
「この、扉は・・・・・・」
「この扉はね、影の扉と呼ばれているの」
「影の扉? 硝子の扉の方がよっぽどしっくりくるぜ?」
ライムの言う通り、扉は全面ガラスなのだ。ソシファが言う影は、どうもしっくりこない。
「私もそう思う。けどね、ちゃんとした理由があるの。今から、この扉の中に、一人ずつ入りなさい」
扉を指差し、平然とソシファは言った。
入る入らない以前に、ルフィアは開かないのではないだろうかと思った。
「開くよ」
まるでルフィアの心を読み取ったかのように、ソシファが答えたので、ルフィアは驚いた。
「ま、そんな事は良いとして、まずルフィア。貴方から入りなさい」
「私からですか?」
多少の不安を覚え、ルフィアは少し躊躇った。
しかしソシファは、平気平気と言い、ルフィアを扉の近くへと手招いた。
「扉の前に立って頂戴」
ルフィアがソシファの指示通り扉の前に立つと、突然透明な二本の腕がルフィアへと伸び、扉へと引っ張った。
「っ!?」
あまりに突然のことで、ルフィアは強く目を瞑った。
扉にぶつかると思い身構えるが、いつまで経っても衝撃は来なかった。暫くすると、ぴちゃん、と水音がした。
ルフィアが不思議に思い、恐る恐る目を開けると、一瞬にして風景が変わっていた。
「此処は・・・・・・」
たくさんの結晶状の透明な水晶があり、尖っている先端部からは、水が少量ずつ流れ、水晶を伝って透明な床へと水溜りを作っていく。
その光景は全てが、輝いて見えた。
――・・・・・・ルフィア、聞こえる?
ルフィアが周りの景色に見惚れていると、頭上からソシファの声が響いた。
「聞こえます。何処にいらっしゃるのですか? それに、此処は一体・・・・・・」
――私は扉の前に居るよ。貴方が今居る場所は、貴方の心を表した世界なの。その人の心によって、見える世界は違うの。
「・・・・・・心で、変わる・・・・・・」
ルフィアは、周りをじっくりと見渡した。
此処は、美しいと素直に感じれた。しかし、美しく綺麗な反面、どこか儚く、壊れやすい、弱弱しい感じもする。何か色が混じると、全てがその色に変わってしまいそうな染まりやすさ感じもした。
(これが・・・・・・私の心・・・・・・)
ルフィアがじっと、辺りを見つめていると、突然黒い影が現れた。
よく目を凝らすと、その影は・・・・・・剣を構えたルフィアだった。
「!?」
――その影は、今の貴方と互角の力を持っている。その影を、倒しなさい。
ソシファそれを最後に、何も言わなくなってしまった。
(・・・・・・つまり、今の自分を超えろと言う事ですね)
ルフィアは深く息を吐き、前を見据え、祈りの奇跡を構えた。
影も、ルフィアに向かって剣を構える。
「・・・・・・・・・」
暫くの間、互いに一歩も動かず、じっと相手を見つめた。
ぴちゃん、と水音が辺りに響き渡った。その瞬間、金属音も響き渡った。
「・・・・・・っ!」
一旦離れ、また剣同士を交える。こうしてみると、やはり目の前の黒い人影は、自分自身の影なのだと分かる。全く実力は同じだ。
「っ・・・・・・! ≪雷よ、敵の自由を奪え!≫」
ルフィアが魔法を唱えたのとほぼ同時。影も魔法を使い、ルフィアへと雷を落とした。それに逸早く気が付いたルフィアは、寸のところで避けた。影も、避けてしまった。
「はぁっ!」
体制を整え、素早く影に斬りかかる。影は肩に掠める程度攻撃を喰らい、怯んだが、すぐさまルフィアへと反撃をした。
「くっ!」
影の鋭い突きはルフィアの肩を掠め、紅い線を残した。筋のような線からは、つつっと血が流れる。
(・・・・・・これでは、負けてしまう・・・・・・)
これが本当に自分の実力なのだろうか。ルフィアはそう考えずにはいられなかった。
確かにこの影は自分だ。ルフィアは再び剣を交えながら感じた。しかし、この影には勝てない気がしてならないのだ。
(・・・・・・太刀に、迷いが無い)
ルフィアは、本当は気が付いていた。まだ、恐れているのだ。・・・・・・人を殺すという事を。
覚悟する事など、誰にでも出来る簡単な事だ。しかし、それを本当に覚悟しているかは、その人次第。つまりは、口先だけでならどうとでも言えるという事だ。
(迷っては、いけないのに・・・・・・!)
己の影すら、斬る事を躊躇っている。ルフィアは、情け無い気分になってきた。
――・・・・・・ルフィア、他の人の戦いを見てみなさい。
ソシファの声がしたと思ったら、一瞬にして、水晶の場から草原へと景色が変わる。
「≪奏星! ―そうせい―≫」
そこではライムと、ライムの影が戦っていた。
ライムは汗だくになりながらも、必死に攻撃をし続けている。そこには、決して迷いが無かった。
(ライム・・・・・・)
ライムは、とっくに覚悟など出来ていたのだ。
ルフィアは、唇を噛み締めた。
ぶわりと強い風が吹き、また風景が変わる。今度は、聖堂の中の様な場所へと変わる。
そこにはティアとティアの影が戦っていた。
「≪光よ!≫」
(魔法・・・・・・?)
今までティアの使える筈のなかった魔法を、ティアは使っていた。ティアは回復などの補助以外に、攻撃する事も出来る様になったのだ。
今度は眩い光が迸り、一瞬にして場を岩山へと変える。
今度は煉と煉の影が、特有の武器の巨大な扇子で戦っていた。
「貴様などに・・・・・・自分に負けるか!」
煉は何度も己の影へと攻撃を仕掛け、戦っていた。
(煉ちゃん・・・・・・)
――ルフィア、もう良い?
「・・・・・・はい」
ソシファの声が、頭上から響く。
ルフィアは短く返事をし、もとの場へと戻るのを待った。
一瞬にして、再び水晶の場へと戻る。目の前には、変わらず影が剣を此方に構えていた。
ルフィアは目を瞑り、大きく深呼吸をした。
(・・・・・・もう、迷いはしません。心を・・・・・・そう、鬼にする。心を鬼にすればいいんです)
ゆっくりと、閉じている目を開けた。
瞳は、普段優しげな蒼色ではなく、紅い、決意の色に変わっていた。
「もう、迷わない」
今度は口に出して言う。
ゆっくりと、己の影へ剣を向ける。
「心を、鬼にする・・・・・・!」
ルフィアは、祈りの奇跡を影へ向けながら、駆け出した。
ソシファは扉に手を付き、瞳の色が変わったルフィアをじっと見ていた。
「・・・・・・レキ、ルーガ。あの子がついに決意したみたい。鬼の如くなる決意を」
扉から、手を離しながら話した。
その声音は、決して嬉しそうなものではなく、とても悲しげだった。
「・・・・・・」
「馬鹿だね、私。自分からそうなれと言ったのに、いざそうなられると、正直辛いの・・・・・・。あの子には、人を殺す覚悟なんかして欲しく無かったの。ずっと、優しいあの子のままで居て欲しかった」
「・・・・・・何も、ただ決意をしただけで、これからもあいつは変わらないさ」
レキはソシファの事を安心させる為に、なるべく優しく聞こえるように言った。
「分かってるの。分かってるけど・・・・・・・・・嫌、なの・・・・・・! 私が無力な所為で、あの子を変えさせなければならなくなってしまった事が嫌なのっ!」
半ば叫びとなったソシファの言葉は、深くレキの胸に突き刺さる。
結局、ソシファにも辛い想いをさせてしまっている。
自分を恨まずにはいられなかった。
何故ソシファとルフィアだけが、こんな辛い想いをしなければいけないのか。こんな想いをするのは、自分達だけで良かった。
(・・・・・・俺達、守り神だけで良かったんだ)
神は何故、二人にこんな辛い試練を与えたのだろう。本当にそう聞いてやりたいくらいだった。
「それなら、俺達も同じだ。俺達も、無力だ。たかが人間一人の所為で、俺達が無力な所為で、まだ餓鬼のあいつを・・・・・・」
あいつを人殺しへとさせなければならなくなった。
レキは言葉を飲み込んだ。その言葉を言わずとも、ソシファには十分伝わっていた。
『・・・・・・姫、レキ。己を無力と嘆くな。嘆いたところで、何も変わりはしない』
悲しみに暮れたような、珍しく弱気なルーガに、レキ達は口を閉じた。
レキ達も、分かってはいるのだ。しかし、嘆く事しか出来ない。変わらないと分かっていても、嘆いてしまう。己が無力だ、と。
「・・・・・・なあ、あいつ等、どうなって扉の中から帰ってくるかな」
『私は、知らぬ』
ルーガに聞いてみるが、素っ気無く返されるだけだった。それは昔からの事で、もうレキは慣れてしまっているが、こういう時には不安を感じてしまう。
「・・・・・・・・・」
『ただ、確実に強くなって帰ってくるという事だけは事実だ』
力強い言葉に、レキは微かに笑った。
たった一言で、こうも安心出来る。
そう思うと、自然と笑みが毀れた。
「・・・・・・ははっ、当たり前だろ」
影の扉は、扉の中に入った時点の自分の力を超えなければ出れない仕組みだ。出てこれたと言う事、つまりは己を超えれたという事だ。
「・・・・・・早く、帰ってきて欲しいね。あの子達に・・・・・・」
ソシファは再び、透明な扉へと手を付き、ルフィア達の事を見つめ始めた。
額に汗がうっすらと滲む。
未だ、ルフィアは己の影を倒す事が出来ずにいた。勿論、そう簡単に己の影を越えられる筈も無いのだが、ルフィアは早く超えたいと思っていた。
今戦っている相手は、自分の影だ。当然、剣の流派も一緒という事になる。癖も、全く一緒だ。
(・・・・・・このままでは、いけない。何か、新しい攻撃方法はないでしょうか・・・・・・?)
突然型を変えるのは相当大変だ。今使っている剣術は幼い頃から使っており、戦い方を変えるのであれば、相当馴れたようでなければ無理だ。自滅するのが落ちだろう。
(・・・・・・何か、何かないでしょうか・・・・・・)
なるべく、慣れているもので。
考えていると、一つのアイディアが浮かんできた。
しかしこの考えは、無駄な動きが多い上、形を崩されてしまえば逆に此方が危険な状況にされるだろう。
(やってみるしか、ありませんね)
少しでも状況が変わるなら、とルフィアは剣を構えるのを止めた。
影が、不思議をそうに此方を見ていた。どうやら、ルフィアの出方を伺っているようだった。
一度深呼吸をすると、ゆっくりと、得意の舞を始めた。
舞いながら、ゆっくりと影へと近づく。影は剣を構えているだけで、まだ攻撃はしてこない。
舞いながら・・・・・・否。ルフィアはただ舞い続けた。
ルフィアの剣が、影へと自然に攻撃を仕掛けた。
思ってもみなかったのか、影は少し遅れて防御をする。
今度は右回りで回転しながら、剣を払う。流石にこれは簡単に受け止められてしまった。でも先ほどの攻撃で分かった。
(勝てる・・・・・・きっと)
確信はない。ただ、そう感じる。今は、自分を信じるしかない。
だんだんと、舞の速さをあげた。それに合わせて、影も速さを上げてついてきた。
動作一つをする度に、辺りには金属音が響き渡る。
やはり、舞だと疲れやすいが、慣れているし、今まで使っていた剣術を一緒に組み合わせ使いと、なかなか良いかもしれない。舞はリズムが取れ、スピードが今まで出せなかった分まで出せるようにもなった。
そんな事を考えていたら、影の動きが鈍くなっているのに気がついた。今のルフィアの速さに、ついてこれてきていない。
ルフィアはさらに舞を速くした。
疲れが出てきているが、でも、動きを止める程ではない。影を見る余裕もある。影を見てみると、もう剣の型は乱れ、ルフィアに止まない攻撃を必死に受け流しているだけだった。
舞を一旦止め、影と距離を取る。
影は荒く肩を上下させている。ルフィアも息を荒げてはいるが、すぐに収まってきた。
「・・・・・・これで・・・・・・終わりです!」
まだ影の息が調わないうちに、祈りの奇跡を影に向かって掲げ、躊躇わず振り下ろした。
呆気なく、影は縦に切られてしまった。
影が消えた途端、一気に疲れが押し寄せ、ルフィアはその場に倒れるように座った。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
目を瞑り、深呼吸をする。何度かそれを繰り返すと、荒かった息は落ち着いた。
ゆっくりと、目を開ける。瞳には、もう優しさの伺える瞳の色に戻っていた。
「・・・・・・勝った、のですね」
改めて安堵感が湧き上がってきた。
立ち上がり、周りを見渡してみた。
「・・・・・・?」
よく見渡してみると、水晶が敷き詰められる中、奥の方に真っ黒に染まった水晶が一つだけあった。
気になり、そちらへ近づいていく。
近くで見てみると、その黒い水晶が思っていたより大きい事が分かった。
これ以外にも無いかと探してみるが、どうやらこれだけのようだった。
(・・・・・・こんな、黒い水晶など、初めて見ました・・・・・・)
何故、この水晶だけが黒いのだろう?
素朴な疑問が浮かんできた。
確か、この場所は、ルフィアの心を表した場だ。つまりは、この黒い水晶もルフィアの心の一部と言う事になる。
(・・・・・・復讐心、などでしょうか)
きっとこの黒い水晶は、ルフィアの醜い心を表している。そう、思った。
黒の水晶に触れようとしたその時、一瞬にして場所が変わった。
「・・・・・・ルフィア」
名を呼ばれ、振り返ると、ソシファ、レキ、ルーガの三人が居た。どうやら戻ってきたみたいだ。目の前には、硝子の扉が聳え立っていた。
「おかえり、ルフィア」
「・・・・・・ただいまっ、です」
ソシファ達の顔を見るなり、安心した。
何故だかソシファも、ルフィアの顔を覗き込んで安心したような表情を顔に浮かべていた。不思議には思ったが、特に気になりはしなかった。
周りを見渡してみるが、ライム達の姿は無かった。
「ライム君達はまだ扉の中なの。でも、きっともうすぐ出てくると思うよ」
辺りを見渡すルフィアに気がつき、ソシファが苦笑いしながら教えた。
その言葉に、ゆっくりと胸を撫で下ろした。
「疲れたでしょ? 影と戦って」
素直に頷くと、やっぱりね、とソシファは言ってから笑った。
「私も入った事があってね。苦労したの」
その時は、今の貴方より時間がかかったよ、と続けた。
話を聞きながら、ルフィアは小さく欠伸をしてしまった。
疲れた所為か、先ほどから眠くて仕方なかった。
「すぐって言っても、ライム達が出てくるまで時間がある。寝とけ」
まだ起きてライム達を待っていたかったが、レキの声を聞いた途端、ふっと意識を失い眠り始めた。
眠りについたルフィアを見詰めながら、三人はずっと黙り込んでいた。
不意に、ルーガが口を開く。
『・・・・・・運命が、ついに動き出した。姫は、もうすぐ仲間となる』
ルーガの一言は、ソシファ達にほんの僅かの希望と、たくさんの悲しみしか生ませなかった。
後少し。それで、ルフィアは真の仲間となる。
それはソシファにとって嬉しい事であり、辛く悲しい事でもある。
戻れるならば昔に戻りたい。両親が元気でいて、守護神と皆遊んでいた頃に。でも、もうそれは遠い昔のような感覚になってしまっている。年々記憶が薄れていくのが、ソシファ自身でも感じ取る事が出来た。
寝てしまったルフィアの顔を見る。
「・・・・・・レキ、ルーガ。運命の神様は残酷だね」
ぽつりと出た言葉に、レキ達は俯いた。
『・・・・・・神は、想定外の者に、新たな運命をやらねばならぬ。なるべく、他の者と交わらぬようしなくてはいけない。それに、穴は埋めなくてはならない』
ルーガの言う穴とは、きっとあの事だと、ソシファはすぐに分かった。
「・・・・・・恨みたくなるの、たまに。『地』の属性の守護神を」
守護神には『火』『水』『風』『雷』『光』『闇』『無』の属性に分かれてそれぞれ居る。けど、昔は『地』の属性も居たのだ。ルフィアが生まれる前、ソシファが生まれてから三年後まで。
二人居た『地』の守護神は、死んだ。守護神トップの実力を持つ『無』の守護神、ゼノンの手によって。
本来、守護神は不老不死の存在。けれども、本当は不老ではあっても不死ではない。だからと言って、普通の方法では死ねないのだ。
守護神が死ぬ方法は、一つだけある。けれども、ソシファは知らない。知っているのは『無』のゼノン、『光』のオネン、『闇』のネオン、『火』のシーガ。つまりはレキ。『風』のルーガ、『水』の水生。つまりは水氷鳥。『雷』の雷生。つまりは電雷鳥。
この六人だけが、守護神が死ぬ方法を知っている。もともと電雷鳥は知らなかったが、自ら考え、方法が分かったらしい。
『地』の守護神が死んだのには理由がある。これは、ソシファがレキから聞いた話だ。
昔、『地』の守護神二人が、己の力を利用し悪用した。―――人殺しに。
その事を知ったゼノンが、『地』の二人を制裁した。
詳しい話までは知らない。けど、ソシファにとってそんな事は関係ない。
この二人は、己の優れている力を利用して悪事を働いた。それは許されない事。それに、『地』が殺したのは、まだ生まれたばかりの赤子だったという。
まだ、先にいくつもの未来がある赤子だ。それなのに、『地』の守護神はその赤子未来を奪った。
決して、許してはいけない。例え、理由がなんであろうと。
この『地』の守護神が抜けて、守護神の中で穴が出来た。だから、それを埋めなくてはならない。そしてその為に、新たな悲しみが生まれる。
「・・・・・・恨みたくなるのは当然だろうが、お前は人を恨む事が嫌いなんだろ? 復讐は何も生まない」
「ただ新たな悲しみを生むだけ」
レキの言葉に、ソシファが続ける。
この言葉は、ソシファが大都市カルディアでルフィアに対し言った言葉だ。
「まあ、復讐じゃねぇけどな。恨みだって一緒だろ?」
「確かに。恨みも復讐も、似たようなもの、だね」
恨みも復讐も、人に憎しみを向けるのには変わりない。
妹の、まだ幼さが残る寝顔を見て、ソシファは心の中で祈った。
(誰にも縛られる事のない自由を。誰かに愛される幸せを、この子に与えてあげて下さい)
叶わぬ願いだとしても、ソシファは祈り続けた。
少しの肌寒さを感じて、ルフィアは目を覚ました。
上半身だけを起こし、周りを見渡す。そこでやっと、まだ城の中に居たのだと思い出した。
「ルフィア!」
不意に名前を呼ばれて、声のする方に振り返る。振り返った瞬間、抱きしめられた。
「ルフィア! 私魔法使えるようになったのよ!」
抱きしめてきたのはティアだった。飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。
今此処に居るという事は、扉から出てこれたという事だ。
「おめでとうございます、ティア」
「うん! ありがと」
本当に嬉しそうに笑うティアに、ルフィアも笑った。
二人で笑っていると、今度はライムと煉が近づいてきた。
「ライム、煉ちゃんも。おめでとうございま・・・・・・」
そこまで言いかけて、止める。
「・・・・・・やっぱ、気になるか?」
ライムが居心地悪そうに、頭をがしがしと掻いた。
「その頭・・・・・・どうかしたんですか?」
その頭、とは、ライムの髪型の事だ。
前までは、適当に伸ばされたぼさぼさの髪だったが、今の髪は後ろ部分が肩につく程度だったり、腰まで伸びていたりとばらばらになっていた、耳の位置より前の方は前と変わっていない。
「影と戦ってた時、なっちまったんだ。避けてたりとかしたら、髪が矢に切られちまって」
別に気にする様子でもないが、ルフィアには気になって仕方がなかった。今すぐにでも整えたいという気持ちがある。
「良ければ、整えましょうか?」
申し出れば、ライムが目を丸くして驚いていた。ルフィアがそう言い出すとは思ってもいなかったようだ。
「いっ、良いのか!?」
「はい。別に構いませんよ」
そう言うと、ライムは何故か喜んでいた。
どうしてそんな事で喜ぶのかルフィアには分からなかったが、ティアと煉は分かってるように笑っていた。
ライムに座ってもらうように頼んだ。すぐに胡坐で座り、頼むぜ、と言った。
後ろに膝立ちになって、さっきライムから借りたナイフで髪を整えていった。
本当は別のナイフが良かった。このナイフはライムがいつも狩る時、獲物にどどめを刺す為に使っているものだ。血はついていないが、何と無く嫌と感じる。
「ライム、良かったわねぇ〜」
「顔がにやけてるぞ」
「う、うっせぇ!」
途中、何回かティアと煉がライムを茶化した。その度動くライムに、ルフィアが注意をすると、すぐに大人しくなる。
「終わりましたよ」
最後に、服等についた髪の毛を払い落としてから立ち上がった。ライムもその後に続けて立ち上がる。
「ありがとな、ルフィア」
少し照れたような笑顔を見せたライムに、ルフィアは顔を赤くした。胸がどきどきと鳴ってるのが分かる。
昔から、ルフィアはライムの笑顔が好きだ。見る度に、何だか胸が暖かくなる感じがする。
「さっきより、よっぽどましになったじゃない」
「当たり前だろ!」
今、整えた髪は、前の部分だけ長くて、後ろの方は短いという髪型だった。
前部分も切ろうと思ったが、此方の方がライムには似合うと考えたから、この髪型にした。
「それにしても、こうしてみんなで話していると、戻ってこれたと実感するな」
背伸びをしながら言った煉の言葉に、みんなして賛成だった。
「そういえば言いそびれてしまいましたね。改めて、ライム、煉ちゃん、おめでとうございます」
二人にも祝福の言葉を言うと、二人共からルフィアも、と返ってきた。
四人して笑っていると、ソシファ、レキ、ルーガが近づいてきた。
「喜んでいるところ悪いけど、守護神の主をそろそろ変えないとね」
真面目なソシファの声音に、ごくりと、ライムとティアが息を呑むのが分かった。
「どうやって、守護神を俺達が主とさせるんだ?」
正直、ルフィアもその事が気になっていた。
ルフィアはレキを従えているが、どうやって今の関係にしたのか覚えていなかった。だから非常に気になっていたのだ。
「っと、その前にな。ルフィア」
「はい?」
レキに名前を呼ばれ、一応返事はするものの、何故今呼ばれたか分からず首を傾げた。
「お前はもう一人、雷生を守護神として持て。煉には許可貰ってある」
「雷生・・・・・と言うと電雷鳥、ですか?」
「そうだ」
何故レキが居るのに。と思った。それに、そしたら煉の持つ守護神が一人となるのも気がかりだった。
「何故ですか? 私にはレキが居ますよ?」
「常に、雷生には出ていてほしいんだ。あいつは頭が回るからな」
それ程までに、雷生は頭が良いのは、ルフィアも覚えていた。
頭の回転が速く、作戦など練る時はもってこいの人物かもしれない。
「それなら。分かりました」
「おう。それじゃ、いよいよやるぞ」
無意識に、ルフィアは息を呑んだ。