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心捨てた蠍と紅き華の姫君



 ルフィア達は今、真っ暗な洞窟の中に居た。心が凍えてしまいそうな空間に包まれている。


「そろそろライトの魔法を使いますか?」

「ああ、そうした方が良いな」


 レキは自分の周りを見た後、ルフィアに向かって頼む、と言った。


「はい。≪我が行く道を 明るく照らせ・・・・・・ ライト!≫」


 ルフィアが何も無いところを指差すと、ルフィアの指先から突然光の玉が出現した。

 光の玉はあまり大きいとは言えない大きさだったが、それでも十分明るく辺りを照らした。


「・・・・・・結構眩しいわね・・・・・・」

「当たり前だ。先ほどまで暗闇に目が慣れていたのだからな」


 ティアは突然の眩しさに、目を細めた。皆が同じ様な仕草をしているのに対し、煉だけは平然と歩き続けていた。


「なんでお前はそんな平気なんだ?」


 ライムが不思議そうに尋ねると、煉は得意げに微笑んだ。


「あたしはどんなに周りが変化しても慣れるよう訓練していたんだ。これくらい出来て当然さ」

「流石、『流烏の民』だな。訓練も相当、辛かっただろう」


 レキは関心したように、煉に笑いかける。


「まぁ、確かに辛かったさ。けど、今となっては良い思い出さ」

「・・・・・・煉、あんた一体何歳よ」

「・・・・・・確か十八だ」


 煉は暫く頭を捻って考えていたが、思い出した様にぽん、と手を叩いた。


「十八歳だったんですか!?」

「俺と同い年!?」

「見えないわ!」


 煉の年齢は絶対自分たちより低いと考えていたルフィア達は、かなり驚いた。まさか、年上だったとは、ライムと同じ十八歳だったとはと。


「・・・・・・悪かったね、童顔でしかもちびで!」

 確かに煉の身長は低かった。このメンバーの中で一番低く、ルフィアよりも五cmくらいは低いだろう。

 それに煉は幼さが残る顔立ちで、とても十八とは思えなかった。せいぜい見えるとして、十四、五程度だ。


「ご、ごめんなさい! まさか、私より年下だとは・・・・・・。しかも、私煉ちゃんって呼んでましたし・・・・・・言い直したほうがいいですよね? ええっと・・・・・・煉、さん?」


 ルフィアは今まで煉の事をちゃん付けで読んでいた。それも、年下だと思っていたからだった。


「・・・・・・別に、今まで通りで良いさ。もう慣れた・・・・・・」


 煉はぽつりと呟く様に言うと、洞窟の中を進む足を速めた。


「ああっ! 待って下さい!」


 その後を、ルフィア達が慌てて追いかけた。唯一、普通に歩き続けていたのはレキとザックだけだった。

 ザックは珍しく、一言も喋らず、ただ黙々と歩き続けていた。ルフィア達はその事に気がついてはいたが、あえて黙秘していた。


「・・・・・・ザック、此処まで来ても、まだ話さないつもりか?」

「・・・・・・・・・」


 レキの言葉に対しての、ザックの返事はない。


「・・・・・・・・・ま、言わなくても言ってもそれはどっちでも良い。ただ、あいつ等を悲しませる事だけは止めろ。お前を信じているんだ。俺だって、お前の事を信じてる」

「・・・・・・・・・」


 レキはザックの方を見た。やはり、ザックからの返事はない。

 レキは黙って、ルフィア達の方へ向かった。


「・・・・・・レキ、俺は・・・・・・分らねぇよ・・・・・・・・・」


 ザックの小さな声が、ルフィア達の方に向かったレキに聞こえたかは分らない。






 ルフィア達はあれから暫く歩き、洞窟を抜けた場所に出てきた。

 周りは壁のように岩が盛り上がっていて、その中心に小さな一軒の小屋があった。小屋の周りの地面には、剣で傷つけたような後が無数に残っている。


「・・・・・・・・・いよいよ、ですね・・・・・・」


 ルフィアの声が、自然に震えてくる。

 ガイルはルフィアの居た国を滅ぼし、更にはリーネ村の皆も、リーネ村も、焼き払った。それに、大切な姉を目の前で斬られた。幼かったルフィアには、その情景はとても耐えられるものではなかった。故に、あまりのショックに記憶を失った。

 記憶を失っても、失わなくても、ガイルに対する恐怖心だけは変わりはしていなかった。いくら倒すと言っても、ガイルの強さをルフィアは身をもって知っている。無論、ライム達も同じだろう。煉だってそうだ。本当は、皆ガイルに恐れを抱いている。しかし、ルフィア達は今その恐怖心を抱いてる相手に戦いを挑むのだ。もしかしたら、勝てないかもしれない。

 いくらレキ達のような守護神が仲間に居るからといって、ガイルは守護神をも上回る力の持ち主。本当に誰もどうなるかなんて想像も付かない。


「・・・・・・約束、です。みんな、必ずガイルを倒し無事生き残る事。そしたら、村を造りましょう?」

「村、を?」


 ルフィアに聞き返してきたのは煉だった。


「ええ。私と、ライム、ティアとで前に約束したんです。ガイルの所為で傷ついた人々を集め、造ろうと。そうしたら、私達の帰る場所が出来るから、と」

「・・・・・・帰る、場所・・・・・・」

「はい。煉ちゃんも、『流烏の民』の皆さんも、そこを新しい帰る場所にすれば良いんです」


 ルフィアは、にこりと煉に微笑みかけた。


「・・・・・・そう、だな。そうしよう」


 煉はゆっくりと頷き、微笑んだ。だが、何故か悲しみが裏に隠れているようにルフィアは思った。


「煉ちゃん・・・・・・」

「・・・・・・! 危ない、みんな下がれっ!」


 ルフィアが煉に声をかけようとしたら、いきなりレキの声が響いた。

 皆素直にレキの言う通り下がると、いきなり小屋が吹き飛んだ。


「!? だ、誰です!?」


 小屋はすぐに火の気が上がり、燃え上がり始める。その中に、ゆらりと人影が映った。

 皆がその事に気がつき、それぞれの武器を構えると、燃え盛る炎の中の人影が、ルフィア達に近づき、その姿を見せた。


「・・・・・・ガイル・・・・・・!」

「ふん、話は終わったか? 俺はぁ、あんまり気が長い方じゃねえんだ。手間とかも嫌いだ。さっさと終わらせようぜ? 餓鬼共」


 炎の中から現れたのは、今からルフィアが倒すと決意した人物、ガイル・グレールだった。

 筋肉質の長身に、肩に付く程度の黒髪。傲慢さがのぞける、濃い紫の瞳。背中に背った大剣は、一振りで何もかもを圧倒してしまいそうな雰囲気をもっている。一体、どれくらいの血があの剣に吸い込まれたのだろう。考えただけでも、ルフィアは鳥肌が立ち、震えが止まらなくなってきた。


「おう・・・・・・? 誰かと思えば、煉じゃねぇか。そんなところでなにやってんだ? 早くこっちに来いよ。おめえの相手は俺じゃねぇだろう、煉?」


 ガイルはきっと裏切られたと分っているだろうに、煉ににやりと笑いかけ、手招きをする。

 煉は一瞬だが、びくりと身体を震わせた。しかし、本当に一瞬。すぐにガイルを睨み付けた。


「あたしの敵は、流烏の皆が捕まってから今日まで、ずっと変わらず貴様だ、ガイル。それは、この先どんなことがあろうと変わりはしない」

「ふん、つまらねえな。守護神四体も従えてるおめえは何かしら役に立つと思ったのによ。ちっとも役にたたねえしな」

「なんだと・・・・・・!」


 ガイルは睨みつけている煉に向けて、明らかな態度を示した。

 煉は思わずガイルに攻撃を仕掛けようと、背中に背負っている巨大な扇子に手をかけたか、ルフィアがガイルの方を見たままそれを制した。


「あまり、私達の仲間を侮辱しないでくれませんか? ガイル」

「おお、誰かと思ったら。・・・・・・これはこれは、ご機嫌麗しゅう。よく此処まで生きていられましたねえ? ルシファ姫様?」


 ガイルはわざとらしくルフィアを敬う風に話し、その場に跪いた。


「私の事を馬鹿にしているのですか? 貴方は、私が生きている事を知っていたから、煉ちゃんを私の前に現せ、私を殺そうとした。違います?」


 ルフィアはあくまで冷静にガイルと会話を進める。その会話には、誰一人として入り込もうとはしない。


「ええ、知っていましたとも。貴方様は、守護神の、火神シーガを従えていらっしゃる。少々、邪魔な存在になりかけませんのでね。・・・・・・そういえば、貴方はルフィア、火神シーガは今レキと名乗っていたのでしたかな?」


 ガイルは顔だけを上げると、ルフィアの肩に乗っている仮の姿のレキを一瞥し、ルフィアに視線を向けた。


「お前が俺の名を呼ぶな、胸糞悪ぃ」

「それは随分な言い方だな」

「それだけの事を、貴様はした」


 レキは吐き捨てるように言うと、ルフィアの肩から飛び降りた。


「・・・・・・ガイル、貴方に尋ねます。何故、貴方は人を殺すんです?」

「そんなの決まってるじゃねえか。人を殺すのが・・・・・・楽しいからだよっ!」


 ガイルが突然、腰の剣を抜き、ルフィア達に刃先を向けた。剣の刃は紅く光っており、まるで血の様にも見え、ルフィア達に緊張を与えた。

 ガイルの突然の抜刀により、ルフィア達はそれぞれの武器をガイルに向ける。


「おめえ等の仲間ごっこは今日で終わらせてやる。特に煉。俺を裏切った事、後悔するが良いさ」

「裏切るも何も、最初から貴様の味方に付いた覚えはない! ・・・・・・あたしはっ、皆を殺した貴様を許さないっ! 必ず、必ず貴様を殺してやる!」


 ルフィアは剣をガイルに向けながら、動揺を抑えるのに必死になった。

 煉は先ほど、皆を殺した、とガイルに向かって言った。ルフィア達は流烏の民の皆はガイルに捕らえられていると、煉から聞いていたのだ。それなのに、煉は殺した、と言った。つまり、本当は流烏の民はもう、煉を残して一人残らず死んでしまっているという事なのだ。

 きっとルフィア以外の全員、新しく聞かされた事実に驚いているだろう。しかし今は戦いの場。誰もその事を表情に出さなかった。


「覚悟しろ、ガイル!」


 煉がガイルに向かって扇子を仰いだのが戦いの始まりになった。

 煉の風は、風を切りガイルに向かった。ライムはその風に乗るよう弓を放った。ライムの放った弓は見事に煉の風に乗り、ガイルのもとまで更に加速し進んでゆく。


「ふん、案外つまらない」


 ガイルはとてつもなく早くなっている弓を、まるでたわい無いように、それを素手で受け止めて見せた。


「ほんの少しの間、時間を作って下さいっ」


 ルフィアは早口で言うと、レキの方を向き、手を翳した。

 その行動に気づいたガイルがルフィアに狙いを定め、歩きだした。


「させないわよっ! ≪聖なる守り、時に、封ずる力となれ!≫」


 ティアが、ルフィアに向かって歩いてゆくガイルに杖の先を向けた。すると、ガイルの周り全体にバリアーが張られ、ガイルの動きを封じ込めた。


「なんだと!?」

「≪我が身を守る神よ、偽りの姿を捨て、我の前に真の姿を示し給え。火神、シーガ!≫」


 ガイルがティアの張ったバリアーにより、動けぬ間にルフィアは唱終えた。

 紅い光がレキを包み込み、光が大きくなると光ははじけ飛び、レキの真に姿が現れた。


『ティア、その技いつの間に覚えた? なかなか良いアイディアの様だな』

「そうでしょ。もっと褒めて良いわよ、レキっち。洞窟を歩いている間、ぱっと思いついたの。・・・・・・でも・・・・・・長く持たないみたいね・・・・・・」


 ティアの呼吸がだんだん荒くなっていく。そして、ガイルの周りに張られたバリアーもだんだんと薄れていった。


「・・・・・・ティア、と言ったか? おめえ、なかなか良い想像力持ってるじゃねえか。技術もきっと伸ばせば良くなる。どうだ、俺の仲間にならねえか?」

『貴様っ・・・・・・!』

「いーよ、レキっち。落ち着いて」


 ガイルはティアを、戦いの場で、しかも敵なのに関わらず仲間にと誘ってきた。あまりの余裕さに、レキがガイルに攻撃をしかけようとするが、ティアがそれを制す。


「褒めてくれてありがとう、と言うべきかしら? けど残念ね、ガイル。私はあんたなんか大っ嫌い。まして、あんたに両親を殺され、村のみんなも殺され、村を焼き払われた。あんたの所為で、私の帰る場所は無くなったのよ」

「ふん、恨むならそこの姫様を恨みな。俺はあいつだけを狙っていたが、見つかんなかった。村の奴に聞いても誰一人として答えなかったから、殺したまでだ。ま、今考えるとあいつ等は、姫様の本名知らなかったから答えられなかったのかもなぁ。俺はルシファと名を出していたからな」


 ガイルは、まるで自分は悪くない。とでも言っているようだった。

 ルフィアは、胸が痛むのを感じた。きっと、あの村にガイルが来た理由はなんとなく、分っていた。けれども、自分の所為で皆が死んでしまったという事を、認めたくなかったのだ。けれども、先ほどのガイルの言葉で確定されてしまった。やはり自分の所為なのだ。

ルフィアは、必死で涙と胸の痛みを耐えた。


「ルフィアはなにも悪くないわ。なんで私がルフィアを恨まなきゃいけないのよ?」


 ティアの言葉に、少しだけだが、ルフィアは胸の痛みが少し治まった気がした。だが完全に収まるわけではなく、ルフィアはそっと右手を胸の中心に添えた。


「私は、あんたに土下座されたって仲間にはならないわ。死んでもごめんよ。あんたみたいな最低な奴、私にとっては生きてるだけでも許せないの。・・・・・・あんたは、人の命の重さも分らないんでしょうね。死んでしまう事が、どれだけ辛く悲しいかなんて、あんたには分らないでしょうね」

「ふん、分りたくもねえな、そんなつまらん事。・・・・・・俺の仲間になるのは死んでもごめんと言ったよな? じゃあ、おめえに生きる価値はねえ。死ね」


 ティアのバリアーが完全に消えると、ガイルはティアに刃先を向ける。しかし、ティアは一気に大量の魔力を消費したので、今にも倒れそうな勢いだ。息を荒くし、杖で自分の身体を支えている。

 ティアの魔力が回復するまで、すくなくとも少しは時間かかるだろう。それまでは、回復魔法も簡単なものしか使えなそうだ。

 そんなティアをガイルから庇う様に、レキがティアの前に立ち、ガイルから隠す様にした。


『貴様などに、人の価値など分るまい』


 レキはガイルに向かって右手を翳した。すると、レキの爪が徐々に伸び始めた。とても人間には出来ない真似だ。守護神という名があるものしか出来なそうな事だ。


「ふん、人の価値だぁ? んなもんあるかよ!」


 ガイルはレキに向かい、飛び掛った。

 ガイルの剣がレキの顔に当たる前、なんとかレキは爪でその攻撃を凌ぐ。


『一人一人に、価値はある!』

「だからねぇっつってんだろ。・・・・・・なぁ、火神シーガ。なんでおめえはそんな弱い奴等を守るんだ? そいつ等はおめえがいねえと、即死んじまうくれえぇ弱いんだぜ?」


 ガイルはレキに剣を押し付けたまま話す。


『俺が居なくて即死ぬのだったら、なおさらだ。俺はこいつ等を守る。・・・・・貴様の様な奴等からな!』


 レキはガイルの剣を弾き、拳を構える。

 ガイルは弾かれた剣を上手い具合に持ち直し、再びレキに刃先を向ける。


「俺には分かんねぇなぁ。んな雑魚、ほっとけばいいじゃねえか。どうだ火神シーガ、俺の仲間になんねえか? おめえは強いから大歓迎だぜ?」

『ふん、貴様の仲間になるくらいだったら、こいつ等守り抜いて死ぬ方がよっぽどましだ』


 レキは感情の篭っていない声で、ガイルに言い放つ。ガイルは気にする風も無く、レキに再び話しかけた。


「確か、守護神は一度死ぬと記憶を失い、それから再び生き返るんだよなぁ? だったらおめえを一度殺して、俺の仲間にさせてやろうか?」


 ガイルのにやにやとした笑いは、ルフィアに恐怖心しか与えなかった。

 流石、とでも言うべきか。此方には仲間がたくさん居る。しかしガイルは一人だ。なのに、怯えも怯みもしない。むしろガイルは、この不利な状況を楽しんでいる様にも見えた。


「なあ、そうしてやろうか?」


 ガイルは何も言わないレキに、再び言った。


「・・・・・・そんな事は、させません!」


 ガイルの言葉を返したのは、レキではなくルフィアだった。身体が小刻みに震えるのを隠すため、ルフィアはガイルに向けて剣を構えた。


「レキの記憶を消すなんて、絶対にさせません! 記憶が無い事がどんなに辛いかなんて、貴方に分かるんですか!?」


 ルフィアは、記憶が無い事がどんなに辛く悲しい事か知っていた。以前、ルフィアも記憶を失っていたからだ。

 記憶を失ってしまうと、何もかもが分からなくて怖い。自分が誰なのかも、此処がどこなのかも、周りに居る人すらも分からなくなる。何を信じて良いか分からなくなる。本当に信じて良いか悩んでしまう。優しさが、恐怖にしか感じなくなる。何を考えて良いか分からなくなる。

 何もかもが分からなくなる。それは、幼い時に記憶を失ったルフィアにとっては辛い事でしかなかった。ルフィアはつい最近、記憶を取り戻したばかりだ。それまでは自分は本当は誰で、どんな風な暮らしをしてきたか、家族は誰か。何もかもわからなかった。

 レキは、そんな事を何回味わってきたかなど、ルフィアにも、勿論生き返るたび記憶を失うレキ本人も分からない事だった。でも兎に角ルフィアは、そんな事よりも何よりも、自分達を忘れてほしくなかったのだ。


「はあ? 記憶が無くて辛いかなんて、俺が分かる訳ねえだろ? 俺は記憶喪失になった事はないんでね」


 ガイルはひゃっひゃっと下品な笑い声を上げた。


「・・・・・・っ! ガイル、貴方は、最低です!」

「最低で結構です、姫様。俺は別に他人にどう見られようが関係ありませんからね」


 ルフィアを馬鹿にするよう、敬意を払っている風なそぶりを再びガイルは見せた。

 その瞬間、ルフィアはガイルに風の様な素早さで斬りかかる。しかし、ガイルはルフィアの考えなど分かっていたように、ひょいとける。


「≪炎闘っ! ―えんとう―≫」


 ガイルの避けた先に、ライムが炎を纏った矢を放った。しかしそれも簡単にガイルに避けられる。


『≪炎惨爪! ―えんざんそう―≫』


 今度はレキがティアを後ろに庇いながら、ガイルに攻撃を仕掛ける。ガイルは身体を仰け反らせ避けたが、少しかすったらしく、服に細いレキの爪痕がついていた。


「≪女神流すは悲しみの紅き涙・・・・・・今、我に刃向かう者共に、その苦しみ、天から降らせん!≫」


 ガイルの声が空に響いた瞬間、女性の悲鳴のような泣き叫ぶ声がルフィア達の耳に届いた。


「・・・・・・あ・・・うっ・・・・・・! み、耳がっ・・・・・おかしくなるっ!」


 女性の声は、だんだんと大きくなり、ルフィア達を苦しめた。しかし、それだけでは終わらなかった。

 これ以上無い、と思うほど女性の叫びが高くなった瞬間、空から紅く尖った針が、ザックが居る方向にだけ降り注いだのだ。


「ザックッ! ≪バリアー!≫」


 針が空から降ってこようというのに、ザックは平然とした表情でそのまま立っていた。ティアが慌てて光の盾をザックの周りに張り、なんとか攻撃を凌ぐ。

 針はまだまだ空から降り続いていたが、急にぴたりと止んだ。その事を不審に思ったルフィアがガイルの方を見てみると、ガイルが愕いた様な顔をし、ザックを食い入るようみつめていた。 


「・・・・・・ザック、だと?」


 ガイルが驚いた表情のまま、呟いた。ザックの位置からは、ガイルの呟きなど聞こえるはずが無いのに、ザックはまるで今のガイルの呟きが聞こえていたかのように、口の端を上げるだけの笑みを顔に浮かべた。ルフィアは思わず、その笑みに寒気を感じだ。


「やっと気づいたか。今まで気配を消し攻撃しなかった甲斐があったか?」


 ルフィアは、先ほどのザックの言葉に耳を失った。そしてそれと同時に、疑問を抱く。

 いつもなら、真っ先に攻撃を仕掛けるザックが、今まで何もしなかったのだ。ルフィアはガイルに気をとられすぎていて、その事に気が付かなかった。きっと、ルフィア以外の人もそうだろう。誰もザックが動いていないことを気が付かなかった。


「・・・・・・そうか、そういう事か。 ・・・・・・ふはは・・・・・・ふははははは!」


 ガイルは突然、愉快そうに笑い始めた。ルフィア達は何がなんだか分からず、ただ呆然と立ち尽くす。


「なんだ、ザック。 それとも親の仕返しか? それとも右目の仕返しか? それは俺がやったんじゃないぞ。魔術研究の奴等だろう? ま、原因は俺か! はははは! まさかお前が生きていたとはな! 気づかなかったぞ! ふははははは!」


 ガイルは狂ったように笑い始めた。けど、そんなのルフィアにはどうでも良かった。

 ガイルは今なんと言った? 親の仕返し? ザックの両親は病気で死んだと聞かされたはずだ。では何故、仕返しという言葉を、ガイルに使う? それに右目の仕返し? 確かザックは怪我しただけと言っていた。だけどその怪我の理由は、ザックが働いている魔術研究の人の所為? けれどその原因となったのはザック?

 ルフィアはもう、新しく知らされた事があまりにも多すぎて、混乱してきた。


「ザック、どう言う事なんだ!? ザックの親父さんとお袋さん、それにお前の右目はガイルにかかわってんのか!?」


 ライムがザックに聞き返す。しかしザックは口の端を上げたまま、何も言わない。


「そこの弓使いの餓鬼。俺が変わりに教えてやるよ」


 ガイルの語りだした話を簡単にまとめると、こうだ。

 ザックの両親は、大都市カルディアの中でも最も強いところに属していた。ガイルもその二人に一目置くほどで、相当な魔術師だった。

 ガイルは勿論、二人を仲間に誘った。しかし、二人は断った。だからガイルは、二人を殺してしまった。しかし、流石最も強いところに属する者。ガイルでも苦戦した。しかし、勝った。久々に強い相手と戦い、喜んでいた。そして、魔術に興味も多少持った。

 そこでガイルは、魔術研究所の最高責任者を殺し、自分が最高責任者になった。

 そう、語ったのだ。


「そ、んな・・・・・・! おじさんやおばさんまでガイルにっ・・・・・」


 ティアはあまりのショックに、唇を強くかみ締めた。あまりにも強くかみ締めたので、血が滲み始めた。


「なかなか、強かったぜ? それに、魔術とか以外にも研究で出来て楽しいぞ、研究所っつうのはよ。な、ザック」


 ガイルがザックに下劣な笑みを浮かべて言った。


「俺にとってあそこは、地獄でしかない」


 そして今度は、ザックが語り始めた。

 ザックは、ザックの両親が殺された直後に魔術研究所に働きに来た。

事実を知らされたザックは、悲しみと怒りのあまり、ガイルの前に出て、父ちゃんと母ちゃんを返せ、と言った。しかしガイルはその時何故か笑った。ザックはその笑みに恐怖を感じ、その場から逃げようとした。しかし、ガイルにつかまってしまった。

 その時から、永遠と思われる地獄がザックを苦しめた。

 ガイルが笑った理由、それはガイルの実験台を探し、見つけたからだ。そう、実験台として ガイルに見つかったのは、ザックだったのだ。

 ガイルは魔術研究所の奴等に、ザックに色々な事をさせた。兎に角、死にたくなるような事ばかりだった。

 そして、ガイルはある事をザックで試した。それは、魔物を体内に居れ、操る事が出来るか、などと言う、前代未聞の実験だった。

 ザックの中に、巨大な蠍の魔物を魔法の力で小さくして体内に入れた。

 最初ザックは死ぬかと思うほどの痛みに襲われた。その体内に入れた蠍の魔物は、事もあろうか毒を持っていたのだ。しかも、少しでもその毒に触れただけで死んでしまうほどの強力な毒だった。けれど、体内に蠍後と取り込んだからか、気絶もできなければ死ぬ事を出来ない様になったしまった。

 蠍を体内にとりこんでから暫く経つと、ザックの右目に異変が起きた。

 なんと、右目が取れたのだ。そしてそこから新しく出来たのは、紫色をした瞳の目だった。

 そしてザックは、右目が紫の瞳になってから、死にたくなるような痛みが消え、二つの能力を手に入れていた。その能力の一つは、近くに居る魔物がどのくらい居るか、どんな種類か、何に弱いかなどが一瞬にして分かる能力と、もう一つは、右目で相手を殺意をこめて見つめると、その人の体内に、ザックの中に居る蠍の毒が発生し、死ぬという能力だった。


「う、そ・・・・・・」


 ザックの話を聞き終えたティアは、口元を手で押さえた。


「嘘なんかじゃない。・・・・・・証拠だ」


 ザックは、右目についている眼帯を、自分で剥ぎ取った。

 眼帯の下から見えた瞳の色は、紫だった。ザックの左目は茶色。先ほどの話は、瞳の色により証明されてしまった。


「ガイル、貴様だけは絶対に、許さない・・・・・・! ≪我が声に応えて舞い踊れ、堕ちた天使達の羽よ!≫」


 ザックは突然呪文を発動させると、突風が吹き荒れた。ルフィアは思わず目を瞑り、両腕を顔の前に出した。


「いっ・・・・・・!」


 ルフィアは突然の痛みに顔を顰める。突風が吹き荒れる中、何かがルフィアの腕に細い傷跡を作った。

 ルフィアは突風の中、なんとか目を凝らし、自分に傷をつけた物の正体を見ようとした。風に乗り、ルフィアの身体を傷つけたものは、紅い色をした羽だった。先ほどザックの放った術のものだと、すぐにルフィアは判断できた。

 周りを目を凝らしながら見ると、ライム達にも傷が付いているのが分かる。レキは自分に傷が付こうが構わずティアを守っていた。


「皆・・・・・・っ!」

「≪我が声に応えよ。風花鳥、水氷鳥・・・・・・≫」


 煉は青色の符と緑色の符を空高く掲げた。

 符から青い煙と緑の煙が立ち上がり、晴れていくにつれて、大きな鳥の形が見えてくる。


『≪鎮まれ、風よ≫』


 風が吹き荒れる中、はっきりと聞こえた。風は、先ほどまでが嘘の様にぴたりと止む


『≪水の癒しよ、彼等に安らぎを・・・・・・≫』


 優しい声と共に、ルフィア達の傷を、水が包み込んだ。


『ふふ、私が必要みたいね〜』


 完全に晴れた煙から、水氷鳥の、この場に似合わない明るい声が響いた。


「風花鳥、水氷鳥、援護を頼むよ」

『承知』

『任せて頂戴〜。ティア、貴方は此方にきて私の手伝いをしてね〜』


 水氷鳥はのんびりした口調で言うと、風花鳥と共に後衛へと下がった。ティアもその後を追い、後ろへ下がる。


「回復役が二人。しかも一人は守護神ねぇ。厄介じゃねぇか。・・・・・・そう言う訳でもなさそうだな」


 ガイルは笑い、煉を見た。

 ガイルは知っているのだろう、煉が守護神を出すと、大量の魔力が煉の事を襲うと。

 煉はすでに荒い息をし、苦しそうに顔を歪める。それでも、ガイルの事を睨み付けるのは止めなかった。


「もって、10分ってとこか? それ以上やると死ぬな」

「っ黙れ! 貴様などに言われずとも、分かっている! それまでに蹴りをつけてやる・・・・・・!」


 ガイルと煉が無言で睨み合っていると、ザックの苛ついた声が響く。


「俺も居るんだ。無視されちゃ困るな」


 ガイルが再び笑う。


(・・・・・・傷、一つ無い)


 ガイルが再び顔に笑みを浮かべたとき、ルフィアは気づいた。

 さきほど、サックの攻撃を受けたにも拘らず、ガイルは無傷だった。まるで、ルフィア達に攻撃が向いたように、不自然なほど、傷がついていない。レキに付けられた傷まで消えていた。

 その事に気がついたのはルフィアだけでもなく、レキもだった。


『・・・・・・! ガイル、貴様はもしかして・・・・・・』

「ん? ああ、気づいたか? 火神、お前が思ってるように、俺は法術が使えるぜ」


 ガイルはその事を気にもかけないのか、軽く言うと自分の剣を眺めた。


「な、何であんたみたいな人間が使えるのよ! 法術は、他の法術師の洗礼を受けなければ使えない筈よ!? それに、悪用をしたら即使えなくなる筈なのに!」


 ティアの話通り、法術は、他の法術師達の洗礼を受け、始めて簡単なものから出来るようになる。訓練などを重ね、術の効力をあげるのが基本なのだ。

 もしも法術をなにか良からぬ事に使おうものならば、術が前触れもなく、突然使えなくなってしまうのだ。何故、使えなくなるかは未だ調査中の事だが、大半の人は神様の罰、として考えているらしい。それと術が使えなくなる以外に、もう一つの罰が下されるのだ。それは、法術が効かない、薬なども効かなくなる身体になる事だった。

 ティアが睨みつけているにもかかわらず、ガイルは普通に話しかけてくる。


「俺は洗礼を母親だった奴から受けたんだよ、それに、悪用なんかしてねえぜ?」

「嘘よっ! あんたは何かしら、この力を悪用してるわ!」


 ティアが問い詰めても、ガイルは何も言わずただ笑っているだけだった。


「ティア、そいつは魔術を研究してるんだ。特殊な魔術を使って、力を失わずに、これまで法術を使ってきたんだろ。・・・・・・だろう、ガイル?」


 ザックがティアに自分で立てた仮説を説明し、ガイルの方を向いた。


「おう、その通りだぜ、ザック。お前は本当に頭が冴えてる」

「お前に褒められずとも、知っている」


 ザックは不敵に笑い、再び右目に眼帯をつけた。


「なんだ? 能力を使わねぇのかよ」

「そんなもの、使わずとも良い」


 ザックはガイルを睨みつける。

 ルフィア達は何も言えず、ただ黙っている事しか出来ない。


「・・・・・・≪水柱よ、敵を巻き込め!≫」


 長い沈黙が続く中、真っ先に動きを表したのはルフィアだった。

 得意の水属性魔法を使い、ガイルへと攻撃をしかけた。

 ルフィアの呪文により、ガイルの周りには数本の水柱が生じ、ガイルへと向かっていく。


「≪炎帝、我に力を貸してみよ≫」


 水柱に飲み込まれる前、ガイルが呪文を唱えた。

 すると水柱がすっと消えてしまった。ガイルの火属性魔法により、一気に蒸発させられたのだ。


(水柱が一気に蒸発した・・・・・・! ・・・・・・悔しいですけど、半端無い魔力です・・・・・・)

「≪雷よ、敵の自由を奪え!≫」


 今度は雷属性魔法を唱えた。

 ガイルに向かって、一筋の稲妻が走る。しかしこれは、ガイルにあっさりと避けられてしまった。


『≪鉄爪! ―てっそう―≫』


 ガイルがルフィアの攻撃を避けた隙をつき、レキがガイルの間合いに入った。

 レキの、鋼のように硬くなった爪が、何度もガイルを掠るが当たりはしない。


「レキ、下がれっ! ≪烈風! ―れっっぷう―≫」


 レキがガイルから離れた瞬間、ガイルの風の様に素早い矢がガイルへと向かう。


「・・・・・・ぐっ!」


 矢は見事に当たり、ガイルの右腕へと深く刺さる。


「はぁあっ!」


 ガイルが回復する前に、ルフィアがガイルへと斬りかかった。

 寸のところでガイルは避けるが、ルフィアは更にガイルを追い、剣が見事に方に突き刺さった。


「ぐあっ・・・・・!」


 流石のガイルも、苦しそうに唸る。ルフィアは目を深く瞑り、更に深くへと剣を突き刺した。

 ガイルの手から、紅い刀身の剣が滑り落ちた。

 ルフィアは、ガイルから剣を抜く。聖剣祈りの奇跡が、ガイルの血よって赤く染まった。


「これでっ、剣は使えません!」


 ルフィアは息を荒くしたまま、ガイルに言い放つ。

 ルフィアは、これを狙っていたのだ。

 ただでさえ、ガイルは魔法、法術が使える。そして、剣も凄腕だ。だからガイルの利き手を潰し、剣を使えなくしたのだ。

 けれども、法術で回復するだろう。だからルフィア達は油断が出来なかった。

 再びルフィアがガイルに剣を構えた。


「≪全てを呑み込み苦しみを与えよ!≫」

「!?」


 ザックが突然、呪文を唱えた。

 ガイルと、ガイルの近くにいたルフィアまでもが、突然出てきた巨大な水の玉の中に入ってしまったのだ。


(・・・・・・い、息が、出来ないっ・・・・・・!)


 ルフィアは、水に包まれた際、息切れもしていたので、すぐに苦しくなってきた。


「ルフィア!」


 ライム達が、ルフィアの名を呼んだ。ライム達は、ルフィアの事を助けたいのに、何故か身体が動かなかった。

 ザックだけが、笑っている。


(もうっ・・・・・・!)


 ルフィアが諦めかけた瞬間、ルフィアの目に紅い、綺麗な色が映った。


「≪炎の精霊王イフリート。今その力、守るべき者の為、貸せ!≫」

――良かろう。


 早口での、呪文が聞こえる。その後に、低い声が聞こえた。

 その瞬間、水が一気に消えてしまった。


「ごほっ、ごほごほっ!」

「かはっ!」


 ルフィアは水の玉が消えると、地面に落ち、激しく咳き込んだ。ガイルも助かったらしい。


「ルシファ、遅れてごめん」


 ルフィアが座り込み荒い息を繰り返していると、頭上から声がした。

 凛と、澄み渡る綺麗な女性の声だ。しかし、その声はティアでも煉でも、水氷鳥のものでもなかった。

 ルフィアは顔を上げ、自分の事を昔の呼び方で声の主を見た。

 驚きで、目を見開く。


「・・・・・・貴方、は・・・・・・」


 真っ先に浮かんだ紅。ルフィアは、瞳から涙が流れたのが分かった。

 女性が、優しくルフィアに微笑んだ。


「ただいま、ルシファ。・・・・・・今はルフィアだっけね」

「ソシファ、姉様・・・・・・!」


 紅の髪を持った女性。それは、ルフィアの姉のソシファだった。ルフィアはずっと死んでいたと思っていたのだが、間違いなく、女性はソシファだった。


『ソシファ! お前、なんで此処に・・・・・・!』

「レキ、私が此処にいちゃおかしいっての?」

『おかしい!』


 レキはソシファが生きていた事を知っていたらしく、言い争いを始める。この場に似合わぬ

雰囲気が流れた。


「ルフィアの・・・・・・姉貴?」


 ルフィアと同じく、ライム達も驚いていた。ザックも驚いており、ガイルはただ口元に笑みを浮かべていた。


「姉様・・・・・・生きて、いらっしゃったのですか・・・・・・?」


 ルフィアは未だ信じられなくて、レキと言い争いをしている女性に尋ねた。


「生きてたよ、ルフィア。ずっと、貴方に逢いたかった・・・・・・」


 ソシファは、ルフィアに静かに微笑む。しかし、それを邪魔するかの様に、ルフィアとソシファの間に雷が落ちる。

 ソシファはルフィアを押しのけ、自分も雷を避けた。


「・・・・・・姉妹水入らずを邪魔する奴が居るのを忘れてた」


 ソシファは、雷を落としてきた人物に目を向ける。


「それは、俺の事か?」


 その視線の先には、おかしそうに笑っているガイルが居た。


「・・・・・・ルフィア、よく聞きなさい」


 ソシファは、ガイルに聞こえない音量でルフィアに囁いてきた。


「今の貴方達では、到底ガイルには勝てない。此処は一旦引きなさい」

「そんな・・・・・・!」


 ルフィアはソシファが言いたい事は良く分かる。しかし、今此処で諦めてしまえば、今までの努力が無駄になる。


「お願い、理解して。今より強くなってガイルに戦いを挑むの。今の貴方達では、正直言ってガイルのお遊びにもならない」

「・・・・・・っ!」


 ルフィアは、薄々気づいてはいた。

 今はまだレキ達守護神が居る。だから、ガイルとも戦える。しかし、レキ達が居なかったら、到底戦いあえず、あっさりと負けていただろう。


「ルフィア、分かって」

「・・・・・・・・・っ、分かり、ました・・・・・・っ」


 正直言うと、引きたくなどなかった。しかし、ライムやティア、煉やザックの事も考えると引くしかった。


「それで良いの。貴方は賢い。・・・・・・私が移動魔法を唱えるまで、時間がかかるの。時間稼ぎをして」

「はいっ!」


 ルフィアが返事をするのを確認した後、ソシファは静かに詠唱を始めた。その間に、ルフィアは再びガイルへと向かった。

 いつの間にか、ガイルの傷は完全に回復してしまっていた。しかしルフィアはそんな事を気にする事もなく、時間稼ぎに意識を集中させた。

 剣と剣がぶつかり合い、金属音が辺りに響いた。


「元気な事で」


 すぐに剣を弾かれるが、諦めず再び剣を交える。


「黙りなさい!」


 ルフィアは一旦間合いを取ると、レキの方に合図を送る。

 レキはルフィアの合図に気が付き、ガイルへと向かって行く。


『はぁあっ!』


 レキの拳の周りに、炎が纏わりついた。炎を纏った拳のまま、ガイルへと殴りかかる。


「おおっと!」


 ガイルはわざとらしく声をあげると、身体を仰け反らせ、攻撃を避けた。長い髪が微かに炎に掠り、微かに焼ける。


「やっぱやられたら・・・・・・やりかえさねえとな! ≪さぁ、剣よ。黒に染まれ! 惨淵刃!―ざんえんとう―≫」


 ガイルが剣の刀身をすっとなぞった。すると、紅かった刀身はたちまち黒い闇色に染まっていく。


「≪虚弓! ―こくう―≫」


 黒く染まった刃先を、ルフィアに突きつけた。刃先から、全ての色が黒い矢が出現し、

ルフィアへと襲い掛かる。


「っ!」

「≪光弓! ―こうくう―≫」


 矢が後数センチでルフィアに当たる、というところで、ガイルの矢とは正反対の白い矢が黒い矢へと飛んで行った。白い矢は見事に黒い矢に当たり、二本共音を立てて地面へと落ちた。

 勿論、白い矢を放ったのはライムだった。矢をガイルへと向け、ぎりぎりまで引いている。


「面白い。だが、甘いんだよ! ≪惨刀! ―ざんとう―≫」

「≪バリアー!≫」


 再びガイルはルフィアへと攻撃を仕掛けてた。しかし、ティアの張った防御壁によって攻撃はそしされてしまう。


「・・・・・・皆下がりなさい!」


 ガイルと睨み合っていると、ソシファがルフィア達に下がるよう命じた。どうやら準備が出来たらしい。

 ルフィア達は素直に指示に従い、後ろへと下がる。


「≪我、滅びし城へ行く事を望む!≫」


 凛としたソシファの声が辺りに響き渡り、ぐらりと視界が揺れた。立っていられないくらいの衝撃が身体を襲った。


「・・・・・・っ!」


 ふっと、身体が揺れなくなった。

 恐る恐る目を開けると、ルーガが居た。辺りを見回してみて、改めて此処が何処だか分かった。

 此処は、ルーシャ国だった。ソシファが言った滅びし城と言うのは、ルーシャ国の事だったらしい。


「皆無事にいる?」


 ソシファの声に、ルフィアは辺りを見渡してみた。

 レキ、ライム、ティア、煉、風花鳥、水氷鳥。皆揃っている様に思えたが、しかし、ザックだけはいなかった・・・・・・。


「! 姉様、ザックが!」


 ルフィアが慌ててソシファに報告をすると、ソシファは顔を少し暗くした。


「あの子は・・・・・・ザックと言う子は置いてきた。ガイルと一緒に」

「・・・・・・・! 何故ザックだけ置いてきたのですか!?」


 ルフィアは、ソシファの言っている意味が良く理解出来なかった。何故、ザックだけをガイルのもとへ置いてきたか考えられなかった。


「あの子は、貴方を殺そうとしたから」


 ルフィアの問いに、ソシファは毅然と答えた。


「ですがっ!」


 毅然と言い放つソシファに、ルフィアは納得がいかなかった。

 確かに、ザックはガイル共々ルフィアを殺そうとした。しかし、それでもルフィアにとってザックは大切な仲間なのだ。今すぐにでも、ザックのもとへ向かいたいくらい、ザックが生きているか不安になる。


「あの子が、貴方をガイル共々殺そうとしたのは揺るぎ無い事実。ルフィア、貴方は甘すぎる。そんな心じゃ、人を・・・・・・ガイルすら、殺せない。大切な人も、守れない。その甘い心は、捨てなさい」

「・・・・・・っ」


 ソシファは、ルフィアに現実を突きつけるように、言い放った。ルフィアは、言葉を濁す。


「私だって、こんな事は言いたくない。その優しさは、ルフィアらしさでもあるから。でもね、貴方には死んで欲しくないの。でも、貴方のその甘さが消えなれば、この世界では生き残れない」


 ソシファは、ルフィアに納得させるよう言うが、今のルフィアには聞き受けられなかった。

 つい最近になって、再び会えた親友ともいえる友達だったザック。いくら自分の事を殺そうとしても、やはり大切な存在であった事には変わりなかったのだ。


「でも、ザックは・・・・・・!」

「・・・・・・あの子は、貴方が知っているような子じゃなくなってる。蠍を体内に入れてしまった時から、心を、捨ててしまった。貴方達に見せていたのは全てあの子の偽りなの」


 ソシファの言葉を聞き、ルフィアは思った。

 あの時のザックの笑顔も、偽り。あの時のザックの言葉も、偽り。

 ルフィアは、そう考えても、どうしても納得できなかった。それに、あの時の全ては偽りではないとルフィアは思っていた。


「・・・・・・偽りなどでは、ありませんでした! ザックは全てを偽っていた訳ではありません! それに、ザックが私の、大切な仲間だった事には、変わりありません・・・・・・! もし、ザックが死んでしまったら、私は、私はっ・・・・・・! 一生、後悔だけが残ります・・・・・・!」


 必死に、ソシファに訴えた。

 今此処で、場所を移動させる力を持つ者は、ソシファだけだからだ。


「・・・・・・貴方がどんなにあの子を信用してようと、私は、信用出来ない。再びあそこへ行く事は、させない」

「何故っ!」


 ソシファの口調は頑としたもので、決して折れそうになかった。ルフィアは、僅かな苛立ちを感じた。

 何故、助けに行かないのか。

 何故、助けに行ってはいけないのか。

 ・・・・・・何故、ザックを信じれないのか。


「言ったでしょう。ルフィア、それにライム君にティアちゃん、煉ちゃん。貴方達は、弱すぎるの。言ったでしょう、今の貴方ではお遊びにもならない、と」

「っ・・・・・・!」


 ルフィアは、唇を強く噛み締めた。それはライム達も同じで、皆が悔しそうに握り拳を作る。


『姫。ザックを助けたと思うのならば、強くなれ。・・・・・・ザックはまだ、生きている。なにか素早い物に乗って移動している・・・・・・』

「本当、ですかっ!?」


 ルーガの言葉に、ルフィアは漸く落ち着きを取り戻し始めた。

 ザックは、生きている。

 今のルフィアには、それだけでも十分だった。


「・・・・・・私達は、どうすれば強くなれるのですか?」


 一度深呼吸をして、完全に冷静を取り戻してからソシファに尋ねた。

 今のままでは、到底ガイルに勝てない。助けたい、と思う人も救えない。レキ達、守護神の邪魔にしかならない。

 ルフィアは、強くなりたいと願った。


「まず、一つ。ライム君、ティアちゃん。守護神を持ちなさい」

「!」


 ライムとティアが、驚きで目を大きく見開いた。ルフィアも、そう言ってくるとは考えていなくて、驚いた。


「守護神は、貴方達に必要な存在。レキは三人守れない。だからと言って、煉ちゃんが何体か守護神を出しているのは危険なの」


 煉は、無意識に懐にしまっている、符に手を当てた。


「まず、ライム君。貴方は、風の属性と相性が良い。ルーガを守護神となさい」

「ルーガを?」


 ライムはルーガの方を見て見た。

 目元が鉢巻で隠されている所為で、その表情が良く分からない。


『姫、しかし私はこの国の番人だ』


 ルーガが静かに言った。

 ルーガは、もう自由になれば良いのに、とルフィアは思った。


「そう。じゃあ、今から貴方にこの国の姫として命ずる。もう、この国を守らなくて良い。どうせもう、廃虚と化している。こんなところを守ったって、良い事なんて何もない」

『・・・・・・承知致しました』


 ルーガは静かにソシファに跪いた。

 ソシファは困った様に笑い、跪かないで、と言った。


「で、次はティアちゃんなんだけど、貴方は回復系の水属性が合ってる。煉の水生を従えなさい」

「水生って事は・・・・・・水氷鳥を?」

「そう。良い、煉ちゃん?」


 ソシファは煉の方を向き、確認を取った。

 煉は無言で頷き、ソシファに歩み寄り、水氷鳥の入ってる符をソシファに渡した。


「・・・・・・これで良いかな」


 ソシファはルーガと符を見ると、ふわりと微笑んだ。


「あの・・・・・・どうやって私の守護神にするんですか?」


 ティアが遠慮がちにソシファに聞いた。するとソシファはまたもやふわりと微笑んだ。


「簡単な事だよ」





 

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